第50話 落ち延びたフェリシアとザンガの秘策

 

「うあっ……はあっ、はあっ」


 混濁していた意識が覚醒する。


 辺りを見回すと、身に着けていた白銀の鎧が粉々に砕けて散らばっている。

 どうやら、この鎧が命を守ってくれたようだ。


 周囲を見回すと、荒涼とした岩山が広がっている。

 どこまで飛ばされたのか見当もつかない。


「もう少しで……魔王を斃すことが出来ましたのにっ!」


 ドゴッ!


 憤激のままに叩きつけた拳が、眼前の岩に大穴を穿つ。

 これだけの力を手に入れたのに……魔王が弱ってるという、千載一遇のチャンスを女神から頂いたのに仕留められなかった。


 なんという失態だろう。


「それに……魔王ガイは何という残酷な事を!」


 そう、フェリシアに刃向かってきた獣人族の少女たち。

 可哀想に……完全に洗脳されてしまったのか、何か弱みを握られているのか。

 それでいて少女たちの表情は正気を保っており、強い意志を内包しているように見えた。


「もう、手遅れかもしれませんね……」


 あそこまで”改造”されてしまったのなら、せめて楽にしてやるのが慈悲かもしれない。


「気は進みませんが……」


 これも勇者としての業だろう。

 フェリシアはそっとため息をつき、よろよろと立ち上がる。


「麗しの王都……必ず取り戻して見せます!」


 力及ばず、王都はガイに占領されてしまった。

 その罪は、魔王を斃すことで必ず返す……血がにじむほど唇をかみしめるフェリシア。


 そのためにはもっと力が欲しい。


「頼りになる仲間も……あらっ?」


 そこではじめて気づくフェリシア。


 真っ二つになっていたデニスさんが、いつの間にか引っ付いているではないですか。

 それどころか、いつの間にかいなくなっていたゲウスさんたちも戻って来てくれています。


「ああっ!!

 女神様!!」


 信じられない奇跡に涙を流すフェリシア。

 神はまだボクを見捨てていない。


 パアアアアアアッ……


 地面に跪き、神に祈るフェリシアをまばゆい光が包んだ。



 ***  ***


「うっ、うえええええっ~。

 この人間の女、ちょっとキマリすぎてな~い?

 キモッ!」


「ふん、それがいいんだろうが」


 ザンガとミラージュがいるのはオルカディア家の屋敷、地下25階。

 祖父から正式に家督を譲り受けたザンガは、オルカディア家の最秘奥ともいえる場所の扉を開いていた。


 はるか向こうまで広がる大部屋の床には精緻な魔法陣が描かれ、青白く明滅している。


「…………」


 目の前に跪くのは、世界GHにいるはずの勇者フェリシア。


「ま、魔王派遣済みの世界から、勇者を呼び出すとか、理破壊チートにも限度があるんじゃ?」


 ミラージュの顔もさすがに青ざめている。

 女神の神託を受けたはずの勇者を魔界に召喚するなんて無茶苦茶だ。


「まあ、精神体だけだがな」


「え? そうなの?」


 よく見ると、フェリシアの姿は僅かに透けている。

 彼女の実体はまだ世界GHにあるらしい。


(ガイは危険だ)


 女神の調整力とザンガの呪いが効いた状態で、イレギュラーな勇者の力をもってしてもなお、ヤツを仕留めきれなかったのだ。

 世界GHを征服するのも時間の問題だろう。


 魔王候補は1つの世界征服を完了すると正式な魔王として認められ、一定の政治力を授与される。

 大魔王ガルドの息子で女神の調整力をも跳ね返す過去最高レベルの魔王の誕生。


 ザンガの工作は上手く進んでおり、間もなく長老連を掌握できる見込みだが、既得権益を侵される事を嫌う一部の老害共がガルドに秋波を送っていると言う噂もある。


(急ぐ必要があるな)


 ブワン!


 ゴゴゴゴゴゴ……!


「な、何が起きるのぉ?」


 ザンガが魔法陣に魔力を込めると、魔法陣は赤黒く変色し、部屋ごと振動し始める。


「勇者を改造してやるのだ……さらなる高みへとな」


 召喚出来たのは精神体だけの為、直接コイツのレベルを上げる事は出来ない。

 だが、トリガーを埋め込むことならできる。


(取り急ぎ、”感度”を上げておくか)


 ”悪”の”魔”の力に反応し、女神の力をその身に宿す。

 勇者に与えられるというソイツの感度を大幅に上昇させるのだ。


『あっ……あああああああああああああああっ!?』


 バチバチバチッ!!


 与えられる激しい刺激に絶叫するフェリシア。

 彼女には神の啓示だと感じられているだろう。


「次に勇者と出会った時……その時こそお前の命脈は尽きるのだ!!」


 ドンッ!


 シュウウウウウ……


 激しい閃光と共に”改造”が進んでいく。

 今度こそ勝利を確信するザンガなのだった。

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