第43話 魔王対勇者その弐(中編)

 

「……お前、魔王ガイだろ?」


 ザンッ!


 俺の眼前に突きつけられるバトルアックス。


「何のことか分かんねぇな……それより腹減ったんだが」


 俺はバトルアックスの刃を払いのけ、屋敷の建物の方に戻ろうとする。


「おっと、まちな!」



 ドンッ!



「…………」


 目の前の地面に深々と突き刺さるバトルアックス。


「道化者を気取っていても、アンタの全身から溢れる”魔”の力は隠しようもないさ。

 それにその剣……」


 デニスの視線が、腰に下げた剣を向く。


「名のある”魔剣”とみたが、どうだ?」


「……ほう、この世界にもちったぁ出来る奴がいんじゃねぇか?」


 ここまで見抜かれているのなら偽装は無駄だろう。

 俺はデニスに向き直り、にやりと笑みを浮かべる。


「俺様の完璧な偽装を見破るとは、なかなかやるねぇ!!」


「「えっ!?」」


 何故かレナノナが背後で驚きの声を上げているが、コイツは少々手ごわい。

 俺だけで相手をした方がいいだろう。


「レナ、ノナ、それに手下ども!

 少し下がってろ!」


 ザンッ!


 俺は魔剣カオスブリンガーを抜き放ち、バックステップでデニスに対し間合いをとる。


「久々に本気が出せそうだ、期待してるぜ魔王サン」


「ふん、あまり調子に乗るんじゃねぇぜ?」


 あまり騒ぎを大きくしてもいけねぇ。

 一瞬で終わらせてやるぜ!!



 ***  ***


「ちいっ!?」


 ガキインッ!


 地面をえぐりながら、掬い上げるように首を狙うでっかい斧の一撃を、魔剣で弾くガイ。


 凄く強そうなおじさんだけど、ガイなら一瞬でノシちゃうんじゃない?

 そう思っていたんだけど、戦いが始まってすでに10分以上……ガイとデニスは一進一退の攻防を繰り広げていた。


「す、凄い!

 悪鬼のデニスに一歩も引けを取ってないぞ!?」


 冒険者さんたちはガイの戦いぶりに驚いているけど、あたしたちの感想は違う。


「ど、どうしたんだろうガイおにーさん……どこか調子が悪いのかな?」


 不安そうにあたしの右手を握るレナ姉。


「うん、おかしいわね」


 最初は相手の出方を見ながら虐待ポイントを探してるのかなと思ったんだけど……。


「やるじゃねぇか!」


「ほう、オレの戦斧乱舞をここまで凌いだ奴は初めてだ!」


「そりゃどうもだぜ!」


 ギインッ!

 ギインッ!


 凄いスピードで切り結ぶ二人。


 一見デニスの攻撃をすべて防いでいるように見えるけれど、ガイの表情に余裕がない。

 いつもなら活力に満ちた壮絶な笑みが見られるのだけれど。


「それに……」


 ブワンッ……


「させるかぁ!」


 ドオッ!


 先ほどから何度も魔法を使おうとしてデニスに邪魔されている。

 いつものガイなら一瞬で極大魔法を発動させてしまうのに!


「ガイおにーさん! がんばれっ!!」


 レナ姉の必死の声援が響く。



 ***  ***


(どうなってやがる……!)


 ガインッ!


 デニスの戦斧をカオスブリンガーで弾きながら、俺は内心焦りを感じていた。

 コイツのレベルが高いと言っても、所詮はGランク世界での突然変異体。


 俺が少々本気を出せば鎧袖一触で倒せる相手のはずだった。


(それに……)


 魔術を使おうとしても、魔力の集積が異常に遅い。

 この世界は魔界に比べマナの量が少ないが、俺自身は魔界と繋がっており上位魔術を使うのに支障はない。

 現に、今までは問題なかったのだ。


「まさか……女神共の調かっ!?」


 オヤジから聞いた昔話を思い出す。

 複数世界の脅威となりうる魔王を検知した場合、派遣先の世界のランクに応じて強制的にレベルの調整が行われることがあるという。


 大魔王ゲイザーもこの”調整力”の犠牲になったという噂だが……。


(それにしちゃあ、効力が強すぎじゃねぇか?)


 自分で言うのもなんだが、俺はオヤジに比肩するほどのレベルだと自負している。

 少々調整を食らったとはいえ、デニスレベルの相手と互角になるほどレベルが落ちるとは考えられない。


「「ボス! 何事ですかい!?」」


「ちっ……!」


 騒ぎを聞きつけ、デニスの仲間と思しき連中が集まってくる。

 デニスほどではないが、そこそこのレベルだ。

 強くなったとはいえ、レナノナには荷が重い相手だろう。


「ガイおにーさん! がんばれっ!!」


「そんな奴、さっさとぶっ飛ばしちゃいなさいよ!!」


「!!」


 俺の耳に、大事な相棒たちの声援が届く。

 俺がコイツを倒すのに時間を掛ければ、デニスの仲間はふたりを捕まえて強制的に犯す”善行”をするかもしれない。


(クソが……!!)


 何故かそれは、


「レナノナを虐待していいのは俺様だけだぁ!!」



 ゴウッ!!



「なっ!?」


 俺の頭の中で何かが切れた。

 普段は封印している力の扉を開く。


 真の強敵に出会った時のみ使う俺様の切り札。

 女神の調整力が影響しているのなら、自分のレベルを更に跳ね上げればいい。


「後悔……すんなよぉ!!」


 ドウウウウウウッ!!


 俺は魔王としてのすべての力を解放する。

 体の表面を紫色の魔力が覆い、カオスブリンガーの刀身が怪しく輝く。


 ぐんっ!


 吹き上がるはずのレベルが抑えられるのを感じる。

 ちっ……思ったより調整力が強い!

 だが、攻撃に全部を集中すれば、コイツを倒すのはたやすいぜっ!


「くらえっ!!」


 ダンッ!


 俺は魔剣を大きく振りかぶると、大上段から一気に切りつける。

 小細工無しの正面攻撃で粉砕してやる!!


「……っっ!」


 焦りの表情を浮かべたデニスが腰を落とし、戦斧を下段に構える。

 見たことのない構えだが、この攻撃の前にはそんなことは関係ない。


「貰った!!」



 ズバアアアアッ!!



 カオスブリンガーの刃が、戦斧ごとデニスを両断する。


「……なにっ!?」


 勝った!!

 そう思った瞬間、死角から繰り出された小太刀が俺の脇腹に突き刺さる。


「……カウンター……技だとっ!?」


 攻撃にすべての力を注いでいる今、防御力は大幅に落ちていた。



 にやり……



 地面に倒れる瞬間、デニスのヤツがわずかに笑った気がした。


(マズい……!)


 相手の力を利用したカウンター技らしく、思ったよりダメージが大きい。


「ガイ!?」


「ガイおにーさん!?」


 ……。


 とっさにそう思ったものの、俺の意識はそこで途切れた。

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