第42話 魔王対勇者その弐(前編)

 

「ご協力いただき、ありがとうございます!!

 こんなにたくさんのお仲間を連れておられるなんて……どこかの傭兵団の皆さまですか?」


「まーな! 普段は戦争の手伝いでもモンスター退治でも何でもやる冒険者崩れだが……。

 レンド王国が大変だって聞いて、たまには世の中の役に立とうかと海の向こうからはせ参じたってわけよ!」


「!! 素晴らしい心意気ですっ!!

 我が国の腰抜け冒険者ギルドに聞かせてやりたいですね!!」


「こう言っちゃなんだが、稼げるチャンスでもあるからな!

 下世話な話で済まねぇが、報酬の方も期待しているぜ?」


「もちろんです! 銀行様から大量の融資を (強制的に)頂きましたので、ご期待に沿えると思います!」


 集団を先導する形で歩くガイは、あたしたちをスカウトしてきたフェリシアさんとにこやかに話している。

 内容はほぼでたらめだ。


「あ、あはは……」


 なんでガイはあんなに堂々としていられるの?

 あたしなんかいつバレるか内心ひやひやしてるのに。


 ……って、腰に下げた魔剣は隠しなさいよっ!

 あの剣、フェリシアさんの前で抜いたことがあったようなっ。


「それにしてもその剣……凄い業物とお見受けします。

 私も家宝の聖剣ゲイボルグを使っていますが、それを上回るオーラを感じますね」


「あ? これか?

 これは魔剣カオスブリンガー!

 空間すらも切り裂くぜ!!」


 じゃきん!!


 調子に乗ったガイは、魔剣を抜き放つと空に向ける。


(あっ……ばかっ!?)


 顔料を塗って人相を変えているとはいえ、太刀筋を見られたらバレるかもしれない。

 あたしは思わず首をすくめたのだけれど。


「わあっ♪ 魔王ガイはたぐいまれな防御力を持っていますからね。

 ボクのゲイボルグでも毛ほどの傷しかつけられませんでした……とても心強いです!!」


「って、気付かんのか~いっ!?」


 思わずこけるあたし。


「ぬふっ……ツッコんだら負けだよノナちゃん」


 勇者の力に目覚めたフェリシアだったが、スキルはあっても知識は素人のため、剣の特徴など覚えていないのであった!!


「……ありがとうレナ姉。

 もう気にしないことにするわ」


 レナ姉に助け起こされたあたしをどっと疲労感が襲う。


「それより、悪の幹部らしい振る舞いをしようよ!」


「くくっ……これがこの国の王都か、大した力を持った奴はおらんな!

 わたし……我らの主に掛かればがいしゅういっしょくよ~っ!」


 ぴしぴし


「「ひいいっ!?」」


 物騒なセリフを吐きながら鞭をぺしぺしするレナ姉に恐れおののく王都の人たち。


「……最強軍団のお通りだー。 図が高いぞー」


 あたしも感情を消してロールプレイしてみた。

 ううっ、どこからどう見てもあたしたち魔王の手下よね。

(実際にそうなんだけど!!)


 大通りの両側で土下座する住民たち。

 奇妙な一行は無事レグニス家のお屋敷に到着したのだった。



 ***  ***


「それでは私はへのご挨拶がありますので。

 本当は一気呵成に攻めたかったのですが、急いては事を仕損じますもんね」


「ゆ、ゆーは抜身の剣を持ってどこへ?」


 わたしたちをレグニス家の屋敷に案内した後、フェリシアさんはどこかへ出かけてしまいました。


 剣を抜いたまま。


 絶対、挨拶 (意味深)をヤリに行ったに違いありません。


「やべぇ、お嬢様やべぇ……」


「私が王都を脱出した時よりさらにおかしい……まるで何かに憑りつかれたかのようです」


 ニーナ姉さんは顔を両手で覆い、震えています。


「……姉さん」


 わたしはニーナ姉さんにそっと寄り添いますが、出来ることは背中をさすってあげることくらいです。


「それにあのお嬢様の目……お嬢様はサファイヤのように美しい碧眼だったのに、あんな禍々しい……」


「ふお?」


 フェリシアさんの目は青色だったという事でしょうか。

 でも、わたしたちが見たフェリシアさんの目は黄土色に近い金色で……。


「ふむ……」


「ガイおにーさん、何か心当たりが?」


「あまり例がねぇが、信心深過ぎる勇者候補が女神共に”侵食”される事があるらしい。

 それにしても少々様子がおかしいがな」


 めずらしく、ガイおにーさんも思案顔です。


「し、侵食っ!?

 ガイさん、何とかなりませんかっ!?」


 不穏な単語に、血相を変えたニーナ姉さんがガイおにーさんに縋りつきます。


「ま、勇者様を虐待するってのも面白いしな!

 ただ、俺もほとんど見たことがない現象だから、少々手荒い治療になるかもしれないぜ?」


 思案顔からいつもの不敵な表情に戻り、にっと笑うガイおにーさん。


「お願いします!!」


「ま、ガイはあんなだけど頼りになるから安心して」


 額を地面に擦らんばかりに礼をしたニーナ姉さんを励ますノナちゃん。

 むふ~、”頼りになる”とか、ノナちゃんもすっかりおにーさんにデレましたなぁ!


「……なによレナ姉」


「ちょろかわっ!」


「なっ!?」


 ザッ……


「よお、お前らが姐さんが連れて来た新人どもか?」


 わたしがノナちゃんといつものじゃれ合いを始めようとした時、威圧感のある声が辺りに響き渡りました。



 ***  ***


「あ? お前は?」


 俺たちがレグニス家の門の前でたむろしていると、声を掛けてきた男。

 身長2メートル近い俺よりさらに頭一つ大きい。

 巨大なバトルアックスを持っており、全身に入れ墨を入れている。


「デニス。

 姐さんのフェリシア正義傭兵団の隊長を務めているもんだ」


「ちっ」


 値踏みするような視線で俺たちを睨みつけてくる。

 俺様は見下ろしてくるヤツが嫌いなのだ。


 だが……。


(コイツ、そこそこやるな)


 魔界基準でもB+~Aランクはあるだろう。

 Gランク世界にはありえないレベル……突然変異体ってところだろう。


「な……なっ」


「マジですか……」


 俺の背後で、レナノナが息を飲む気配がする。

 なまじ強くなった分、コイツのレベルが分かるのだろう。


 俺の相棒をビビらせやがって……いつもならブッ飛ばしてやるところだが、今回の目的は屋敷への侵入。

 慎重派な俺様は、まずは敵の全貌を把握する事を優先するのだ。


「くくっ、よろしくだぜ」


「ふうん……ま、ついてきな」


 一瞬興味深げな表情を浮かべたデニスは、何かを得心したのか俺たちを先導して屋敷の中に足を踏み入れる。


「…………」


「「…………」」


 お互い一言も発しない。

 門をくぐり、広い中庭を横切る。

 屋敷の建物の裏側、表から見えない位置に来たとき、おもむろにデニスが口を開く。


「……お前、魔王ガイだろ?」


 ザンッ!


 俺の眼前に突きつけられるバトルアックス。


「なに!?」


「「じょ、常識人がいた~っ!!」」


 驚きの展開に、何故かほっとした声を上げるレナノナなのだった。

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