一
あの日から三日前のことを話したい。
エアコンに宿る冷涼の気が肌に迫り、暑さを忘れさせていた昼過ぎのことだった。五限目は私の好きな音楽で、唯一不快なのはあのエアコンがない。何故かない。――そりゃ、音楽室が老朽しているんじゃ? ――しかし、去年辞任した常に婆心を保ってくれたあの教師とは違う。今の音楽教師に何となしに訊くなんて恐ろしい。とても論理的ではなく、耳を噛み砕くほどの怒号が授業中に何百回響いたのやら。あれは仕掛地雷だ。そして、我ら生徒は地雷撤去に集められた紛争当事国の兵士みたいだ。――大袈裟じゃない? じゃあ、去年クラスが別だったクラスメートに聞けば分かるかもしれないのに、お前はそれさえも億劫なのか。――いや、私にはその話を他愛もなく放り込める友がいないんだ。というより、友達を作らないからいない。
私はそのエアコンについて何千文字も縷々として語るわけではない。――なら、早う話せ。――話を戻すと、その授業で暑さから逃れるために、僧侶のように心を真空にしていると突然、弾きなさいと言われた。教師の指示だが、これは私からすれば命令だった。謙遜気味に頭を少し下げながら、ピアノに向かう度に、恋をしたように胸が高鳴った。私は昔から母の英才教育で弾かないと自室には戻れない、と峻厳な内面が映し出されていた。いや、私は映し出されたと表白したが、実際のところ、私はテトロドトキシンのように麻痺していたというのが正しいだろうか。さて、そんな私がピアノを弾いた。弾いた曲は……今ではもう覚えていない。あまりの興奮で忘れてしまった。たしかクラシックだったが、周りの人間は呆然とその曲を聴いていた。今思えば、真面に聴いていたのか、時計の針ばかり見つめていたのか定かではないが、授業が終わるとほぼ全員から称賛された。個人主義の私でも、これは嬉しい限りだった。
だが、一つ気に食わないことがあった。
称賛を浴びている中、私は見回すが、私の幼馴染はすでに音楽室から消えていた。
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