第1話

   

 東京生まれの東京育ち。旅行以外では関東から一歩も出たことすらない、という人生を送ってきた。

 それなのに東京ではなく京都の大学を選んだのは、私の希望する研究室が、京都の大学にあるからだった。

 私は将来、タイムマシンについて研究したいのだ。特に、未来ではなく過去へ行くタイプのタイムマシンを作りたい、というのが私の夢だった。


 しょせんタイムマシンなんてSFの存在。世間では、そう思っている人々も多いだろうが……。

 理論的には、タイムマシンは不可能ではないらしい。

 ベースとなるのは相対性理論だ。速く動けば動くほど、時間の流れは遅くなるので、それを利用するのだ。

 光速に近い宇宙船で一年間の宇宙旅行をしてから地球に戻ると、十年も百年も経過している。つまり十年後、百年後の未来の世界へ行く形になる。

 これはSFではよくある話だし、SFのたぐいに疎い人々でも、日本人ならば「浦島太郎」の昔話くらいは知っているだろう。竜宮城から戻ってみたら遥か未来の世界だった、という逸話は、まさにこの相対性理論と同じ。「浦島太郎」を思い浮かべれば、わかりやすいに違いない。


 もちろん「光速に近い宇宙船」というのは極端な例であり、非現実的な存在だ。しかし「速く動けば動くほど」というだけならば、いくらでも実例を挙げられる。

 例えば、私が東京から京都までの移動に使った新幹線もその一つ。私が読んだ本によれば、時速三百キロで東京から博多まで移動するだけで、十億分の一秒という時間が遅れる。つまり、十億分の一秒ほど未来の世界へ移動できるという。

 東京から京都までならば、博多までの距離の半分くらいだろうか。そう考えると、私は既に二十億分の一秒くらい未来の世界へ来ている、という話になるのだが……。

 正直、自分が時間移動した実感は皆無であり、これではタイムマシンの意味がない、とすら感じてしまう。


 そもそも未来へ行くだけならば、相対性理論の力を借りる必要はない。これもSFでは頻出の概念だが、冷凍睡眠コールドスリープを利用できるからだ。

 例えば百年間の冷凍睡眠コールドスリープから目が覚めれば、そこは百年後の世界。これこそ簡単な時間移動だ。

 冷凍睡眠コールドスリープとは少し違うけれど、クマやリスのように冬眠する動物は実在するし、液体窒素で凍らせた金魚を解凍すると元気に泳ぎ出す、という実験もある。

 クマやリスは凍っているわけではないし、液体窒素の金魚も凍っているのは表面だけだから大丈夫。しかしSF的な冷凍睡眠コールドスリープを現在の科学技術で遂行しようとしたら、体内の水分が凍結の際に膨張して、細胞を破壊してしまうという。この問題を解決しない限り、冷凍睡眠コールドスリープは実現できないという。

 その問題を解決するのは、分子生物学の分野だろう。つまり、相対性理論を使ったタイムマシンで未来へ行くのか、あるいは冷凍睡眠コールドスリープをタイムマシンとして使うのか。どちらを研究するか次第で、物理系に進むべきか、生物系に進むべきか、私の進路も大きく変わってくるのだ。


 しかし、考えるまでもない。生物系を進路に選ぶ気持ちは、私には皆無だった。

 この冷凍睡眠コールドスリープの方は、私の興味を引かなかったからだ。「眠ることで未来へ行く」という考え方自体が、まず面白くないではないか。

 例えば、夜の十一時に眠って、朝の七時に起きた場合。本人の感覚では、十一時の世界から七時の世界へ、つまり八時間後の世界へ瞬間的に移動したことになる。

 ……とは、誰も考えないだろう。

 そんな無自覚な時間移動には、意味がないのだ。


 このように、専門知識のない私でも理解できる範囲で、少しでも実現の可能性があるタイムマシンは、未来へ行くタイプばかり。

 ならば、過去への移動は不可能なのだろうか?

 そう思い始めた時……。

 ネットのニュースで見つけたのだ。過去へ向かうタイムマシンを研究している、という物理学者を。

 それが京都の大学の教授だった。

   

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