1話完結の3~5分で読める超短編小説「Green life - ありふれた日常」
一ノ宮
第1話 万能スーツ - これさえあれば何でもできる
介護ロボットと別れる日が来るなど夢だと思っていた。
足の力が弱まり、一人で立ち上がることがやっとで、数メートルさえも自分の足で歩くことができなくなった。介護ロボットの世話になりはじめたのは、もう十数年前のことである。
今では手の力もなくなり、茶碗と箸よりも重いものを持つことができなくなってしまった。介護ロボットなしの生活は成り立たない。介護ロボットを利用するのは、少し割高ではあるものの、人に頼るよりは気兼ねもなく、助かっていた。
だが、やはりできるものなら自分の力で歩き、物を運び、昔のように何でも一人でできる生活に戻りたいと思っていた。それが現実になろうとしていている。いや、もう目の前にあるのだ。男は縦80センチ、横1メートルはあるダンボールの箱をじっと見つめていた。
朝、届いたばかりの夢の箱だ。
介護ロボットは昨日の夜、介護サービスセンターへ返却したので、ダンボールは配達してくれた若いスタッフに運び込んでもらった。ベリベリと引っ張って開けるダンボールということもあり、ダンボールのフタを開けるのは難しくはなかった。
男はしみじみとダンボールを眺める。
体の一部となる腕と足は、精密機器のため厳重に梱包されているようだ。蓋のようになっている緩衝材を持ち上げると、そこには待ちに待った腕が見えた。男はぐいっと背を伸ばし、そっと腕を触ってみた。
「これが腕用か。表面は思っていたよりも金属っぽくないな。どちらかというとシリコンなどの素材に近い。いや、それほどソフトな素材でもないか。」
両腕と両足で、500万円。介護保険を利用しても100万円。レンタルはないので買い取りのみだが、何でも一人でできるようになるのだと思えば決して高くはない。政府が介護用品として認定している商品なので、騙されているということもない。購入前に一度、試着してサイズも確認済みだ。
「少し大きいように見えるけど、確か試着したときも、手足に装着してから自動的に密着したのだったな」
介護ロボットに世話になり始めた頃、これほどすごい製品ができるなど思ってもみなかった。いや、介護スタッフの動作を補助するパワースーツは存在していたので、いつかはできるとは思っていたが、まさか自分が生きている間にできるとは思ってはいなかった。
これで自分の足で歩き、買い物に行き、料理をすることができるようになる。働くことだってできるようになるかもしれない。何よりも一人でトイレや風呂に自由に入ることができるようになるのが嬉しい。腕と脚に使われている素材は、水に強く、湯船に使っても問題がないのだ。
まさに、万能スーツだ。
男はダンボールを前に夢を膨らませ、大きなため息をついた。
問題は、どうやってこれを装備するかだ。
腕を取り出そうとしたが、どうにも重くて持ち上がらない。
介護ロボットは月契約となっており、月のうち1日でも利用すれば、一ヶ月分の利用料がかかるシステムだった。そのため、万能スーツが届くと知った昨日の昼に、慌てて契約を解除してしまったのだ。今朝、届いたこのダンボールとすれ違いに介護ロボットは回収業者に引き渡してしまっていた。
介護ロボットがいれば、今頃、腕を装着できていたはずだった。
腕を装着できれば、脚は自分で装着できたはずだ。
なぜ、僅かな費用を惜しんだのだろう。
男はもう何度ついたかわからない、大きなため息をついた。
これさえあれば何でもできる。だが、装着できなければ、何もできないのである。
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