Ⅻ
麗らかな春の日差しの下。君は栞ちゃんと二人、園内の桜の木の脇で青いビニールシートの上に座っている。その周りにもぽつぽつと同じようにビニールシートを敷いて陣取っている家族連れやサラリーマンたち、大学生や高校生とおぼしき集団がいくつかある。
「つーかーれーた」
一升瓶と酒入りの紙コップを手にしてくだをまく栞ちゃんに、君はあからさまな面倒くさそうな目を向けてる。
「なにさ、たいちゃん。その文句ありげな目はぁ」
「いやぁ、酔っ払いだなあって」
「酔っ払いでなにが悪いのさ。っていうか、たいちゃんも飲もうぜ!」
「まだ、全員集まってないのにできあがるのはちょっと……」
「もぉ、普通すぎてつまんないよ」
瓶とコップをシートの上に置き直してからじたばたする栞ちゃんに、君は呆れ顔で応じる。
「ねえ、たいちゃん。ヒマだからなんか面白いことして」
「いきなり言われても……」
「やっぱ、つまんなぁい」
再びコップを拾いあげ酒をあおった栞ちゃんは、シートの上にごろんと寝転がる。君は苦笑いを浮かべて、桜を見上げた。視線の先にある枝から一枚の花弁がはらりはらりと飛んでいって、滑り台の辺りに落ちた。
「そう言えばさぁ、たいちゃん」
「なに?」
「今日来る佐藤くんって、昔たいちゃんとケンカして子だよね」
「……そんなこともあったな」
「なんだかんだ、友達になったんだね」
左脇腹を下にしたままニヤニヤする栞ちゃん。君は青汁を飲んだみたいな顔する。
「ただの腐れ縁だよ」
「ええ、それだけかなぁ~」
「俺は栞ちゃんや佐藤みたいに友達いないんで」
「またまた、照れちゃってぇ」
ぐいっと手を伸ばして、ばんばんと君の肩を叩く栞ちゃん。君は、うぜぇ、なんてすぐそばにいる幼なじみの専売特許みたいな口癖を呟いた。
「そういう栞ちゃんも、彼氏さんと仲直りしたんだね。今日、呼んでるんでしょ?」
「元々、ケンカしてないよ。常に、細々とした不満があるだけで、全部嫌いになったわけじゃないしね」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんだよ」
薄く笑う栞ちゃんの言葉を、君はいかにも理解不能といった面持ちで受けとめる。そんな君を、栞ちゃんは優しげな眼差しを向けた。
「それに……たぶん、もうちょっとしたら、結婚するし」
「……マジか」
「うんうん。マジマジ。大マジ」
半身を起こし、肩を抱いてくる栞ちゃん。君は呆けたような顔をしている。
「まだ、具体的にいつになるかは決まってないけど、そん時は盛大に祝ってくれると嬉しいな」
「まあ……適当にやるよ」
複雑そうな顔で答えた君は、すぐそばにあった包装から紙コップを取りだしてから、一升瓶に目を向ける。
「それちょうだい」
「飲まないんじゃなかったっけ」
「気が変わった。一杯、ちょうだい」
「じゃあ、注いであげるね」
君の紙コップに栞ちゃんはゆったりと酒を注いでいる。君は君で、容器内で競りあがってくる水面をじっと眺めている。
「栞ちゃん」
「なに? 急に話しかけられると手元が狂いそうなんだけど」
「おめでとさん」
「……気が早いって」
照れくさそうにする栞ちゃんの姿を、君はどこか寂しそうに眺めてる。
程なくして、なみなみに注がれたコップを見た君は、ありがと、と告げて、酒をぐいっとあおった。目を見張る栞ちゃんの前で、酒はすぐさま無くなった。
「ごちそうさん」
「いい飲みっぷりだね。もう一杯いる?」
「いや、後にするよ」
そう応じたあと、君はまた滑り台を見る。栞ちゃんもまた同じ方に目を向けた。
「たいちゃんはたぶん、覚えてないと思うけどさ。お母さんとはよくあそこで遊んでたんだよ」
「……らしいね」
深く目をつむる君。
今でも、薄っすらとしか記憶が残らない頃までしか、たいちゃんと一緒にいられなかったのが、残念でならない。
「たいちゃんがあそこ好きなのも、そういうのを覚えてるからかもしれないね」
「そうだと……いいな」
うん。私もそうだと、いいなって、願ってる。
「おおぉい!」
公園の出入り口から両手をぶんぶんと振る佐藤くんの姿。その傍らには、どこか自身無さげな顔をする小柄な女性の姿がある。
「あれ、佐藤くん?」
「うん。ってか、あれあいつの彼女か? どっかで見たことある気がするけど……」
「あっ、彼氏も来た!」
程なくして五人が合流して、シートの上で挨拶をかわしあう。栞ちゃんと佐藤くんを含めて、比較的口数の多い人たちの圧に押された君は、どことなく面倒くさそうに愛想笑いを浮かべているけど、時折、なんでもない会話の端がつぼに入ったりするのか、本気で笑ったりする。
そんな心からの笑いを目におさめる。できるだけ、生きている間は、たくさん笑ってくれればいいなぁ。心から願いながら、たいちゃんたちの花見をずっとずっと見守る。
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