麗らかな春の日差しの下。君は栞ちゃんと二人、園内の桜の木の脇で青いビニールシートの上に座っている。その周りにもぽつぽつと同じようにビニールシートを敷いて陣取っている家族連れやサラリーマンたち、大学生や高校生とおぼしき集団がいくつかある。

「つーかーれーた」

 一升瓶と酒入りの紙コップを手にしてくだをまく栞ちゃんに、君はあからさまな面倒くさそうな目を向けてる。

「なにさ、たいちゃん。その文句ありげな目はぁ」

「いやぁ、酔っ払いだなあって」

「酔っ払いでなにが悪いのさ。っていうか、たいちゃんも飲もうぜ!」

「まだ、全員集まってないのにできあがるのはちょっと……」

「もぉ、普通すぎてつまんないよ」

 瓶とコップをシートの上に置き直してからじたばたする栞ちゃんに、君は呆れ顔で応じる。

「ねえ、たいちゃん。ヒマだからなんか面白いことして」

「いきなり言われても……」

「やっぱ、つまんなぁい」

 再びコップを拾いあげ酒をあおった栞ちゃんは、シートの上にごろんと寝転がる。君は苦笑いを浮かべて、桜を見上げた。視線の先にある枝から一枚の花弁がはらりはらりと飛んでいって、滑り台の辺りに落ちた。

「そう言えばさぁ、たいちゃん」

「なに?」

「今日来る佐藤くんって、昔たいちゃんとケンカして子だよね」

「……そんなこともあったな」

「なんだかんだ、友達になったんだね」

 左脇腹を下にしたままニヤニヤする栞ちゃん。君は青汁を飲んだみたいな顔する。

「ただの腐れ縁だよ」

「ええ、それだけかなぁ~」

「俺は栞ちゃんや佐藤みたいに友達いないんで」

「またまた、照れちゃってぇ」

 ぐいっと手を伸ばして、ばんばんと君の肩を叩く栞ちゃん。君は、うぜぇ、なんてすぐそばにいる幼なじみの専売特許みたいな口癖を呟いた。

「そういう栞ちゃんも、彼氏さんと仲直りしたんだね。今日、呼んでるんでしょ?」

「元々、ケンカしてないよ。常に、細々とした不満があるだけで、全部嫌いになったわけじゃないしね」

「そんなもんかねぇ」

「そんなもんだよ」

 薄く笑う栞ちゃんの言葉を、君はいかにも理解不能といった面持ちで受けとめる。そんな君を、栞ちゃんは優しげな眼差しを向けた。

「それに……たぶん、もうちょっとしたら、結婚するし」

「……マジか」

「うんうん。マジマジ。大マジ」

 半身を起こし、肩を抱いてくる栞ちゃん。君は呆けたような顔をしている。

「まだ、具体的にいつになるかは決まってないけど、そん時は盛大に祝ってくれると嬉しいな」

「まあ……適当にやるよ」

 複雑そうな顔で答えた君は、すぐそばにあった包装から紙コップを取りだしてから、一升瓶に目を向ける。

「それちょうだい」

「飲まないんじゃなかったっけ」

「気が変わった。一杯、ちょうだい」

「じゃあ、注いであげるね」

 君の紙コップに栞ちゃんはゆったりと酒を注いでいる。君は君で、容器内で競りあがってくる水面をじっと眺めている。

「栞ちゃん」

「なに? 急に話しかけられると手元が狂いそうなんだけど」

「おめでとさん」

「……気が早いって」

 照れくさそうにする栞ちゃんの姿を、君はどこか寂しそうに眺めてる。

 程なくして、なみなみに注がれたコップを見た君は、ありがと、と告げて、酒をぐいっとあおった。目を見張る栞ちゃんの前で、酒はすぐさま無くなった。

「ごちそうさん」

「いい飲みっぷりだね。もう一杯いる?」

「いや、後にするよ」

 そう応じたあと、君はまた滑り台を見る。栞ちゃんもまた同じ方に目を向けた。

「たいちゃんはたぶん、覚えてないと思うけどさ。お母さんとはよくあそこで遊んでたんだよ」

「……らしいね」

 深く目をつむる君。

 今でも、薄っすらとしか記憶が残らない頃までしか、たいちゃんと一緒にいられなかったのが、残念でならない。

「たいちゃんがあそこ好きなのも、そういうのを覚えてるからかもしれないね」

「そうだと……いいな」

 うん。私もそうだと、いいなって、願ってる。

「おおぉい!」

 公園の出入り口から両手をぶんぶんと振る佐藤くんの姿。その傍らには、どこか自身無さげな顔をする小柄な女性の姿がある。

「あれ、佐藤くん?」

「うん。ってか、あれあいつの彼女か? どっかで見たことある気がするけど……」

「あっ、彼氏も来た!」

 程なくして五人が合流して、シートの上で挨拶をかわしあう。栞ちゃんと佐藤くんを含めて、比較的口数の多い人たちの圧に押された君は、どことなく面倒くさそうに愛想笑いを浮かべているけど、時折、なんでもない会話の端がつぼに入ったりするのか、本気で笑ったりする。

 そんな心からの笑いを目におさめる。できるだけ、生きている間は、たくさん笑ってくれればいいなぁ。心から願いながら、たいちゃんたちの花見をずっとずっと見守る。

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