異世界転生した少年による、ただただありふれた王道の物語

アキちゃんズ!

第1話 始まり

 普通。

 人生十七年で一番言われ続けた言葉だ。

 高校生をしている現在、何か比べられることがあるとすれば三つほど挙げられるだろう。

 勉強と運動、そして見栄えだろう。

 見栄え。スタイルや顔の造形、話す内容に声のトーン。仕草にこれまでの人生。他に挙げればキリがないこれを皆は見栄えと呼んでいる。これには『映え』の意味も含まれているらしい。

 その見栄えについては顔つきは比較的良い方なのに、眼下にある隈のせいで台無しになっている。それはそれで細身で筋肉質ならばいいものの、一般的より少し大きい筋肉質の為、顔と身体が合っていない。

 だが総評してみると一概に悪いとは言えないので普通。これが俺の見栄えだ。

 勉強は平均よりも少し上。運動も然りだ。

 普通と言われたから努力したからやっとなれたのが、普通ちょっと上。

 上・中・下で言えば中。そしてその中にある上・中・下だと上。中の上が今の現状だ。

 だけど他人から見ればただの中らしい。今日持って帰ってきた成績表を見て両親は言っていた。


「相変わらずお前は普通だな」


 と。

 悪いとは言わないけど、もう少し何か尖ってくれたりすれば反応できるけど……少しずつでいいから上に伸ばして頑張ってくれ。

 付け加えて言っていた。

 これでも頑張って勉強して、テストでいい点取った方だと思ったんだけどな。

 全ての科目で平均点から十点ほど上で、平均点ばかりの頃よりかはいい方なのに。だから成績も僅かに平均よりかは上だ。だけれどその努力、そして成果を誰一人として褒めてくれない。

 それには一つ、大きな理由があった。


「はい父さん、母さん。僕の成績表ここに置いておくね。ちゃんといつもと『同じ』だよ」


「智也は今から勉強か? なら静かに見るとしよう」


 成績表を置いて自室に入ったのは兄の智也だ。誰よりも一番が好きで、成績表は全ての項目で最大評価となっている。

 それは今回も『同じ』ようで、父さんと母さんは成績表を広げて感嘆の声を漏らしていた。


「本当、智也は凄いな。いつも努力して結果を出している。点数のあるものなら何でも満点で見ていて清々しい。俺や母さん、智也と秋人あきひと、みんな家族なのにここまで違うなんて不思議だな……」


「秋人も頑張ってお兄ちゃんに負けないぐらい勉強しなきゃ!」


「うん、頑張るよ」


 母さんは兄の智也みたいに優秀でいて欲しいらしい。言葉の隅々からそれを感じる。

 みんな違ってみんないい、なんて言ってはいるが、結局のところ優秀な方がいいに決まっている。表面上では聞こえのいいことばかり言って、その実は優秀な人の奪い合いだ。

 仕方のないことはわかっているけど、拙劣、劣等の人からすれば騙された気分になってしまう。僅かな希望を与えるのなら最初から無理だとはっきりと言って欲しいものだ。

 だから俺は素直な人物でありたい。

 嘘で飾って人を不幸にするなら正直に話せる。真実を知って喜ぶ嘘であるならば、その時だけは嘘を言える人物に。

 だから俺は高々に宣言した。

 山奥、誰もいない、聞こえない場所。木々や草花の緑の匂いに、鳥の声や風の音しかないそんな場所で。

 一人の人間が宣言したのだ。


「俺は最上の最上になってやる!!」


 その宣言が嘘じゃないように、必ず守って、最上に辿りついてやると。秋人は宣言したのだ。

 ――その直後だ。

 何かによって背中に衝撃が走り視界が揺らいだ。

 その衝撃に驚きつつも、転ばないように反射で前傾姿勢をとって、なんとか耐えようと踏ん張る。

 数秒踏ん張り続けることでなんとか耐えきった。


「危ね……なにかがぶつかったのか」


 後ろを確認しながら姿勢を戻そうと、腰と背中に力を入れた、それと同時だった。


「なっ!?」


 先程以上の衝撃が両肩に走った。

 それが明らかに悪意のある『人間の手』による犯行なのが嫌でも分かった。

 五指で肩を押された感触がある。助けようとしたのではなく、悪意のあるのがはっきりと伝わった。

 その悪意に逆らうことが出来ず、押された勢いのまま身体は崩れていく。頑張って耐えようと肩や腰を前にするが耐えることはできない。

 むしろ耐えようとしたのが悪かった。

 何者かの白の髪が見え、次に青い空。その次は――。


「あ、う……」


 頭の中が白く染まっていく。

 考えていたことが遠ざかる。

 これからしようとしていたこと、誰が押してきたのか。そして自分は無事なのか。

 耐えようと必死だったから背や腰から地面に落ちるのではなく、頭から硬い何かにぶつかった。

 衝撃と共に黄色と赤色が点滅し眼球を刺激した。目を抑えたくなるほどその色は強く痛い。目を抑えたいのに腕が動かない。

 足もなぜか動かないしまぶたも閉じることが出来ない。僅かに全身が震えている気がするのがやっとの思いでわかる情報だ。

 吐き気もする上に汗が止まらない。首筋に何か嫌な感触の液体が流れている、寒気がする。

 それが流れてきた場所を考えたくはない。首よりも上から流れてはいけないものが流れている、その事実に気づきたくない。

 だが、それの正体は無意識に理解していく。

 それによって一番上にくる感情は恐怖だ。

 怖い。今どうなってる、震えが止まらない、気持ち悪い、どうしてなぜこうなった。怖い怖い怖い――。

 思考が止まる。そんな時が終わりだと、秋人は自覚していた。だからずっと巡らせていた。けれどそれは時間が経つほどに止まっていく。

 頭の中の白が少しずつ広がっていくからだ。

 どうして? なぜ? 押された? ぶつけたのか? 痛い? どこが? どうなる?

 巡らせていた思考はやがて理解できない現状を振り返っているだけ。それを何度も何度も悪足掻きの様に満足するまで繰り返す。そして、頭の中で否定していた一つの答えへと繋がった。

 ――もしかして、しぬ?

 血の味がする口内は泡で溢れ始めて、やがて口から漏れ出した。

 ヤバイ、なんて危機意識を持つのにはあまりにも遅い。遠ざかっていく意識の中で何を考えて行動を起こそうとしても、僅かな痙攣を繰り返しているばかりで動かないのだ。

 その事実が秋人を恐怖へと連れて行く。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、怖い……。

 だけどその恐怖さえも広がっていく白にゆっくりと染まり、思考が段々とゆっくりになって。

 怖い怖い怖い、怖い……あっ。

 死がもうすぐそこにいて、全てを白で染め上げていく。

 頭を割り、中にあった内容物を垂らし血を流している。泡を口から漏らし、瞳孔を開いた。身体は痙攣し、素人にはまだ息があると思わせるその挙動は、知識ある人からすれば残念な結果になることを知っている。

 だから、聞こえてはいないだろうけど、こんな残酷な結末に招いた人物は涙ながらに呟いたのだ。


「こうするしかなかったの。ごめんなさい」


 最後に聞こえたのは女の声の謝罪だった。






 終わったはずの人としての生。

 なのに次第に聞こえてくる僅かな音。

 それが何なのかを考えられる脳。それは生が続いている証拠だった。

 何かを書くために尖ったものを動かしている音だ。紙の音と妙に懐かしい鉛筆の音だ。

 意識を覚醒させ、眼を開けて現状を確認する。


「知らない天井……いや、夜空だ」


 黒の天井にポツリポツリと光っている点。視界一面に広がるそれに、最初は夜空の壁紙かと思った。

 星の光具合の違いや大きさが妙にリアルじみていて、そこからこれが本当の夜空だと推察する。もしかしたらプラネタリウムかもしれないが。

 それを正面に見ている秋人。

 身体を横に倒してベッドの上で寝転がっている形だ。タオルケットを掛けて寝ている。

 寝起きで頭が上手く働かないし、なんだか気怠い。

 身体を起こすが船を漕ぎながら微睡んでいて少しだけ気分が良い。

 しばしの間微睡んでいると、ゆっくりとしか動いていなかった頭が正常に動き始め、記憶が、体験が思い出されてくる。


「がっ、うぅ……」


 頭と目を抑える秋人。

 白く染まっていく意識に、目が痛くなるほど点滅していた視界。それに悪意ある白髪の誰かに押されたその事実。

 頭を割った痛みこそはなぜか全くなかったが、割ったことによる作用が気持ちが悪い。

 思い出すだけで目が痛む、そんな点滅の景色を我慢しながら恐る恐る後頭部を触る。

 続きであるならばここをぶつけたはずだ。

 触って確かめるが、帰ってきた答えは正常、いつも通りということ。

 目を抑えていた右手も後頭部を触り、事件の跡が無いのを確認した。つまりこれは――。


「夢……」


 そんな楽観的に考えていた事が気に触れたのだろうか。

 先程から何かを書いていた音の正体が、それを止めてこちらを見、答えを言葉で発した。


「夢じゃないわよ」


 それは透き通った女性の声だった。

 眼の焦点をゆっくりと合わせながら声がした方向を見ると、場に不似合いな赤の椅子に座っている女性がそこにいた。

 これも不似合いなのだが、シスターが着ているウィンプルを身にまといながら、羽を集めて作られた大きな翼。手には白の紙とペンを持っていて、先程までそれを記入していたことは想像に難くない。

 だが秋人が最初に思ったのは不似合いな見た目なんかではなく、女性の周囲に無造作に置かれた本と紙だ。置かれた、と形容したが正確に言うと浮いているのだ。

 漫画なら『ぷかぷか』とでも擬音を付けたくなる、そんな浮遊している物体に人物よりも先に興味を惹いた。


「寝ぼけているなら意識がはっきりしたら声をかけて頂戴。今、書類仕事で忙しいんだから」


 言いながらも女性はペンを忙しそうに動かしていた。

 寝ぼけているのか? だからあんな風に物が浮いてる風に見えてる、のか。

 秋人は目を擦って、僅かに溜まっていた目脂を落とすと今一度女性を見る。

 しかし、何度見ても本は浮いているし、不似合いな格好をしている。

 今だって、女性が書き終えた紙が宙に置かれて、他の浮遊物と混ざって仲良く浮いている。そうして黙ってみていると、本や紙がダンスをしている錯覚に陥ってくる。今、腕や足が生えて踊っていても別に驚かないだろう。--いや、流石にそれは驚く。


「その、本や紙が浮いて見えるのって、まだ俺が寝ぼけているからか?」


「あら、思ったよりも立ち直りが早かったじゃない」


 少しズレた返答をしてくる。

 会話はキャッチボールとよく例えられる。最初は相手がキャッチしやすいように、ミット目掛けて優しい放物線を描いたボールを投げる。それが初対面での会話の基本だ。

 だが、投げた質問というボールに対して、彼女から返ってきたのは変化球入りの球速を意識したボールだった。

 そんな変化球も、秋人は勝手に想像でカバーして彼女へと返した。


「そんな浮遊マジックを見せられたら誰だって意識がそっちに行く」


「単純か天然ね。いいわよ、それで。考えて思い返したって今は意味がないもの」


「……変化球で勝手に締められた」


「野球の話? 変化球ならフォークが一番好きかしら」


 あぁ、だからそんなに会話のネタを落としてくるのね。

 これ以上この話を続けても意味がないのがわかった、あと一応会話はできることも。


「あー、ダメって言っても勝手に質問させてもらう。ここはどこだ? 君は誰だ? 自分はどうなった? あと、余裕があるならなんでその紙と本浮いてるの?」


「ここは天界の神殿、私は女神キャノル、君は死ぬ直前に魂だけここに連れられてきた、紙と本が浮いてるのは魔法ね」


「ってまともに会話できるのかよ! ってか天界、魂……? なんの話だよ!」


 全ての疑問に対して返ってきた返答の数々。しかもその内容が天界だの魂だの魔法だの。生きていて考えもしない内容だけに秋人の頭はパンクしそうになった。

 だが、キャノルと名乗った彼女の眼は真剣そのもので、あり得ないと頭ごなしに否定することを許さなかった。

 

「まぁ聞きなさいな、これから長きに続く冒険の説明だよ」


「長きに続く冒険……」


 その言葉を最初は冗談か何かだと思っていた。

 魂だけ呼び出して何が始まるんだと。始まったとしてもすぐに終わると。

 だって、それが本当だと気付いたのはもっと、もっと先のことなのだから。

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