reloaDream_再会は、異世界にて

智依四羽

第1章 ユノは勇者に憧れて

ユノ、異世界へ

第1話 ユノ、異世界へ#1

 桜の舞う、麗らかな春の日。

 陽射しが肌を焼く、暑すぎる夏の日。

 木枯らし吹く、寂しげな秋の日。

 雪の降る、暗く寒い冬の日。


 春夏秋冬、四季折々の彩りの中、物語の主人公は、あっけなく死んでしまう。

 ある時は、桜に凭れる。

 ある時は、焼けたアスファルトに倒れる。

 ある時は、積もった枯葉の上に転がる。

 ある時は、雪に埋もれ凍える。


 物語の主人公が、終盤ではなく、序盤も序盤で死んでしまえば、奇跡とも言える不思議現象が発生する。

 それは、異世界との邂逅である。

 死後、何らかの力に導かれた主人公は、導かれるままに異世界へと向かう。大抵、人外が人の言葉を使っていたり、現実では有り得ないような髪色の人物がと歩いていたり、モンスター等から身を守る為に街が壁で覆われていたりと、見るもの見るものが元々居た世界とは大きく異なる場合が多い。

 異なる、と言えば、異世界へと飛ばされた後、自らの容姿が変貌する場合もある。年齢が変わったり、性別が変わったり、そもそも人間ですらないこともある。とは言え、元々の自分自身を維持していたならば、それはそれで不便な部分もある。




「ねぇねぇ、異世界転生しちゃったとして、どんな自分になってみたい?」


 窓も、カーテンも締め切った、エアコンが冷風を吐き出す、薄暗くも快適な室内で、ユノが言った。ベッドの上で転がっているユノの隣には、親友のエルが転がり、大した柄の無いシンプルで面白味に欠けるシングルベッドは、酷く狭く感じられた。

 ユノの問いに、エルは「んんん……」と少し悩み、至った答えを声へと換えた。その声は、高めで可愛らしいユノの声よりも、少し低い。


「顔とか体とかは今のままがいいかな。けど髪色とか、の色は変えたい。そんでもって、いつかは魔王になりたいね」


 エル、こと日向ヒュウガ依瑠エルは、普通の女子高生である。抜きん出た才能がある訳でも無く、ただありふれた、ただのアニメ好きの1人の少女である。女子高生らしく、髪は染めていない。肩よりも少し下に伸びたミディアムロングの髪も、校則にはギリギリ抵触していない。これ以外にも、校則に抵触するような行為や部位は無く、話だけ聞けば優等生にも思われがちだが、少しツリ目で、無表情で居ることが多いからか、初対面の相手からは劣等生であると思われがちである。

 そんなエルは、学校やら人間関係やらのストレスの捌け口として、アニメを見るようになった。数多あるアニメを幾つか視聴し、いつしか、悪を討つヒーローよりも、ヒーローと戦う悪役側に感情移入してしまうようになった。そして今、異世界転生後の自分自身のイメージという問いに、魔王になりたい、と答えた。

 魔王というものは、勇者と敵対し、やがては討たれる存在。物語に於いて、倒すべき目標として位置している。何故、そんな魔王に憧れてしまったのか。それは、魔王が魔王となった経緯を考えれば容易に理解できる。

 人は皆、この世に生まれ産声を上げた時点では、善でも悪でもない。しかし時間の流れに身を任せ、世界を知り、自らがどのような道を歩んできたかによって、人は、善にも悪にもある。

 ありがちな英雄ヒーロー像としては、魔族に家族や友人を殺され、その復讐の意味を込めて武器を握る。或いは、然るべき家の然るべき指導のもと、英雄になることが義務付けられていることもあるだろう。大抵、英雄側には、英雄になるまでの経緯があり、その経緯を踏まえて仲間が増え、読者や視聴者は「それ」が「その作品」に於ける英雄、主人公であると理解する。

 しかし魔王に、魔王と成るに至った経緯、もとい物語が存在しないとは限らない。

 人は、英雄に討たれる悪よりも、悪を討つ英雄の方を見る。故に、魔王の背景にある物語よりも、英雄の背景にある物語に惹かれる。

 エルは違う。元々は善も悪も抱かずに生まれてきた1人の子供が、一体どんな環境で、一体どんな教育を受け、一体どんな出来事がきっかけで魔王へと至ったのか。それが酷く気になり、それに酷く惹かれた。

 惹かれたが故に、エルは、魔王に憧れた。異世界転生などしてしまえば、きっと、魔王になる為に奮闘するのだろう。


「ユノは……やっぱり勇者?」

「うん。魔王ってのもいいけど、私は断然勇者派だなぁ」


 ユノ、こと友利トモリ唯乃ユノも、エル同様に普通の女子高生である。エルと同じでアニメを愛し、死後は異世界に行ってみたいと日々願っている。ユノも髪は染めておらず、艶のある黒いボブヘアーで校則への抵触はしていない。ただ、前髪が少しばかり長く、分け目の都合的に、左目だけが髪で隠されている。視界自体はあまり宜しくはないが、友人や教員からの受けが良く、且つ、本人的にも気に入っているため、長さを調節する気は無いらしい。

 タレ目、という程でも無いが、ツリ目気味のエルに比べると少し下がり気味で、何だか人の良さそうでもあり、気弱そうな印象を受ける。しかしいざ話してみれば、高めで可愛らしい声で、且つ元気もあり、どんな相手とでも大抵打ち解けて話せる、決して気弱とは言えないような性格をしている。

 そんなユノはエルとは違い、魔王ではなく、勇者になりたいと願っている。元々、エルをアニメ好きへと変貌させたのがユノであり、ユノは、幼少期からのアニメ好きである。アニメを好きになったのとほぼ同時に、特撮も好きになり、主人公が悪と戦い、打ち勝つその姿に魅了され、いつしか、英雄になりたいと願うようになった。そんなユノが異世界転生を果たせば、きっと、英雄やら勇者やら、誰かを守れるような存在になろうと奮闘するのだろう。


「髪は……勇者らしく金髪にして、武器は剣……あー、いや、日本刀とか?」

「剣じゃないの?」

「悪を殺すだけなんて、思い描いた勇者じゃないの。だから峰打ちができる、刃を使っても殺さずに済む日本刀なら、私の理想に近付けるかも」

「お優しいこと。じゃあ、魔王になった私も、殺さずに峰打ちで倒すの?」

「んー……まあ、状況次第? 取り返しかつかないくらいにイカれた魔王に成ってたら、私は全力を以てエルを殺すかな」

「ユノに殺されるなら至上、てね」


 少し動けば、互いに肌が触れてしまいそうな距離で、エルとユノは、異世界転生を果たした自分達の理想像を語った。お互いの体の熱と、僅かに汗が混ざったお互いの香りを感じながら、鬱陶しいほどに気温の高い1日を、のんびりと、ベッドの上に寝転がって過ごしていた。

 さて、そんな中、エルがふと、天井を見上げながら呟いた。


「ねえユノ、ちょっとだけ?」

「えぇ? 下の階に弟くん居るんでしょ? 声聞かれたら、ってか見られたら、私達終わるよ?」

「だからなの。分かった、ちょっと舐めるだけ、ね? それならいいでしょ?」


 エルの発言を真っ向から否定することなく、渋々、それでいて少し恥ずかしそうに、ユノは「もぅ……」と、頬を少し紅く染めながら答えた。いいでしょ、という質問に対して、ユノがYesかNoで答えず、どちらとも取れる曖昧な答えで返した場合。これは、完全にYesである。ユノは、ちゃんと断る場合は断るが、エルがこうして頼む時は、大抵、許してくれる。

 さて、エルがユノに対して何をお願いしたのか、という話になってくるのだが。「しない?」や、「見られたら終わる」や、「舐めるだけ」等の発言と、僅かに赤面するユノの態度や声の落とし具合から、察しのいい方々ならとっくに拝察して頂けていることだろう。

 エルとユノは友人同士、ではない。恋人同士なのだ。知人でも、友人でも、親友でも、2人は満足できず、出会って何ヶ月としないうちに、互いに愛し合い始めた。Like、ではなく、Love、なのだ。出会った当初から、2人は互いに劣情を抱き始めていた。しかし同性での結婚が法的に許されておらず、且つ同性愛が完全に受け入れられていない現代に於いて、2人は、酷く不自由な日々を過ごしている。エルは、ユノが恋人であると。ユノは、エルが恋人であると。他人には言えないのだ。他人に漏らせば、途端に嫌な目で、まるで穢らわしく醜怪何かを見るような冷たい目で見られてしまう。そんな気がして、2人は、人前では親友未満の友人を演じている。故に人前で手を繋ぐことも、腕を組むことも、キスをすることもできず、触れ合えないストレスを日々抱いている。

 今日のように、2人は休日にどこかへ集まり、誰の目も気にせず、2人だけの時間を過ごす。その度に、日頃のストレスを捌ける為、交わる。交合う度に、人前では晒せない愛を証明し、交合う度に、互いを愛してしまう。仮に2人の体が風船で、愛が空気であったとするならば、2人の体はもう、愛が溢れてとっくに破裂している。

 そして現時点、エルは、我慢の限界を感じていた。故に、ほんの少しだけでも性欲を発散したいと考え、ユノに発散として「ちょっと舐めるだけ」という行為の承諾を得た。


「服、脱がなくてもいいんだよね?」

「寧ろ、服、着てるままの方がいい」


 ユノは、アニメのキャラクターがプリントされた私服のTシャツの左袖を少しだけ捲り、寝転がったまま左腕を上げ、肘を曲げて、手の甲を額へ軽く乗せた。そして体を少しだけ動かして、右半身が上向きになるように体勢ポーズを変えた。それに伴い、紅みを増した顔と、露出した二の腕と腋が、隣で寝転がるエルの前に晒された。その体勢と表情、そして汗ばんだユノの腋を見たエルは、強く脈打ち始めた鼓動さえも無視して、嬉しげに口元を少し緩めてユノへと接近した。


「いい?」

「……うん……」


 エルは、少しだけ体を下(とは言え寝転がっている為、厳密にはではなく、足を向けた壁の方である)へ動かし、晒されたユノの腕の真正面に顔を移した。そして直後に、エルは躊躇いもせず、ユノの腋を舐めた。

 エルのピンク色の舌はまるでナメクジのように、ゆっくりと、ねっとりと、ユノの汗ばんだ腋の表面を這いずり回る。全体的にぷにぷにと柔らかく、皺のある部分は特に魅力的な感触。体臭と汗の匂いが混ざった、としたその香りは、どんな香水よりも魅惑的で、どんな香りの花よりもエルの鼻腔と心と脳を刺激した。そして、汗が溜まっていたおかげで、少し塩味が感じられる。そんな腋を、エルはじっくりと、時折キスを交ぜながら、愛でるように味わった。

 くすぐったいのか、恥ずかしいのか、或いは性的に興奮しているのか、ユノは時折ピクリと体を動かし、その度に甘い吐息を漏らす。実際、少し前にバニラアイスを食べたため、ユノの吐息は本当に甘い香りがした。

 腋と、汗と、バニラ。3つの匂いは、ひたすら腋を舐めるエルの思考能力を徐々に奪っていき、気付けば、エルの表情は恍惚とし、艶めかしさが出てきた。


 ぺろぺろ。

 レロ。

 んちゅ。

 あむ。

 んん。


 腋を味わうエルが漏らす声に、ユノの性欲が更に刺激されていく。そんなユノがたった今、脳内で考えていること。それは、


 可愛い……♡


 である。

 同い年のエルに心から甘えられているような、そんな気になり、母性が刺激されたのか、ユノの脳内はエルを愛でる気持ちで埋め尽くされていた。

 エルは、ユノの腋を味わい、陶酔。

 ユノは、エルを愛で、陶酔。

 互いが互いを陶酔させる、所謂、ウィンウィンな関係となった。


「はぁぁあ…………うん、大満足」

「……熱くなっちゃった」

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