言の葉

第1話

いつからであったであろうか

時より変な夢を見ることが増えていた

のどかな山道を走っていると突然視界が真っ暗になり気づいたら水の中をもがいている

そして必ず聞こえる

「助けて。」


「はっ。」

紗英子っは跳び起きた

「ゆ、夢。」

紗英子は辺りを見渡した

いつも通りの自分の部屋

そしていつも通りの私

特に何も変わってはいなかった


「古都の羽って知ってる?」

学校では古都の羽の話で持ち切りだった

何でもどっかの大学教授が古都の羽について論文を雑誌に掲載したらしく、マスコミが見つけ、たちまち大きな話題となった

古都の羽に行けば何でも自分の願いが叶う

「そうそう、何でも願いが叶う見たいだよね。」

「どんな願いをしたい?」

「うんん、私だったらやっぱり成績が上がりますようにとか。」

「でもそこまでどうやって行くの?」

「何か場馬車に乗って行くみたいだよ。」

「じゃあ、お迎えでも来るって言うこと?」

「多分そうじゃないのかな。」

女学生の一人が友達にスマホを見せている

「本当に来てくれたらいいなー。」

「ほんとそれね。」

同じクラスの女学生たちの話を片耳に聞きながら紗英子は一人黙々と宿題をやっていた

「はいはいはい。皆さん、いいですか、古都の羽の話で持ち切りなのは分かりますが、そもそもあんなデマのようなものを信じて何になるんですか、個々は学校です、休み時間はともかく授業中に関係のない話をすることは今後一切認めません、いいですね。」

「はあーい。」

「先生。」

一番後ろの女学生が手を高く上げた

「何ですか。」

「先生だったらどんなお願い事を言いますか?」

「そうねえ…私だったら少しでも皆さんの成績が上がりますようにとか、いい大学に入れますように、それよりも何なんですか今回の期末試験の点数は、平均が50を切るってそんなことがありますか、では返していきます、番号順に取りに来てください。」

先生の鼻息がどんどん荒くなっている

「一番石原さん。」

「は、はい。」

紗英子はか弱く返事した

紗英子は答案を受け取ると制服の袖で隠すようにしながら点数を見た

”28点”

紗英子は答案をくしゃくしゃに丸めながら席に着くと、スクール鞄の奥底にねじりこんだ

「次、宇島さん。」

「はい。」

先生や他の女学生たちの話し声が後ろに聞こえていく

紗英子の家は以前出稼ぎに東京に出た父がそのまま行方知らずになってしまい、代わりに母が一家の大黒柱になっている

パートだけでの給料では食っていくのだけでもやっとであるのに、母は紗英子を村で一番頭がいい高校に入れた

女も学がないと食っていけない、それが母の口癖であった

いつも苦労を掛けている母にこんなひどい点数を見せたらどんなに落ち込ませてしまうことか

塾にでもとなったらますます生活は苦しくなってしまう


紗英子は家への帰路についていた

横を大声で騒ぐ女学生たちが通り過ぎていく

「古都の羽に行くには模様があって、それをたどって迎えが来るんだって。」

「へえー、何の模様?」

「蝶だって。」

「それでどうすればいいの?」

「何かね、アンパピロンアパレートて唱えるんだって。」

「へえー、書けばいいのかな。」

「どうやらそうでもないらしいよ。」

「でも蝶の模様何てどこにあるの?」

紗英子は自分の左手を甲を見た

紗英子がまだ小学校に入る前に誤って囲炉裏に落ちてしまってその時にできた傷が今も残っている

”薄い白で蝶の形”

「それでね、何か迎えが近づくとその蝶の模様が赤く光るんだって。」

「元の色は?」

「白。」

紗英子は左手の甲をまじまじと見た

「まさかね。」

紗英子は制服の袖に左手を隠した

鞄の中にはひどい点数の答案がある

紗英子は奥底から引っ張り出すと丁寧にしわを広げた

「こんな点数どうしよう。」

紗英子はちいさな透き通るような小川の上にかかる橋を歩いていた

「どうしよう。」

紗英子が欄干にもたれかかった時、欄干を小っちゃな猫が歩いているのが見えた

「猫?」

紗英子は猫をじっと見つめた

おぼつかない足取りで欄干を歩いている

「お、落ちないのかな?」

紗英子が猫に近づいておろしてあげようとした時、猫は紗英子の答案を口にはさむと川に飛び込んだ

「ちょ、ちょっと待って、猫ちゃん、戻ってきなさい。」

でも猫は振り向きもせず、川を泳いでいた

「お、泳いでいる?」

猫は確か水が嫌いなはずだ

でもその猫はしっかりと水面を泳いでいる

紗英子は首を傾げながらもその場を後にした


その夜

紗英子は布団の中で一人なかなか眠れないでいた

母はまだ帰ってきてない

紗英子には帰り道での会話が気になっていた

「白い蝶野形をした模様、それがあれば古都の羽に行ける可能性がある、もし仮でも行けたなら私はどんなお願い事を言うんだろう。」

紗英子は布団にうつ伏せになった

「やっぱりお父さんが戻ってきて欲しいかな、そしたらまた前みたいにお母さんは大変な思いをせずに済むのかな。」

紗英子は左手の甲の白い蝶の模様を優しくなでた

「アンパピロンアパレート。」

紗英子は辺りを見渡した

特に何も変わっていない

「何だ、深く考えて損した。」

紗英子がもう一度布団にもぐろうとした時声が聞こえた

「本当にひっどい点数だなあ。」

「だ、誰よ。」

紗英子は布団を頭までかぶって目だけで辺りを見渡した

「ど、どこにいるのよ。」

「見えねえのかよ。」

「ど、どこにいるって言うのよ。」

「外を見て見ろ、もう来てるぞ。」

「え‼」

紗英子はカーテンを恐る恐る開けて外を見た

家の前の道のずっと端に二つのゆらゆらと揺れている灯りがある

「ど、どういうこと?」

「お前が呼んだんだろ。」

「わ、私何にも呼んでないわよ。」

「さっき言っただろ、アンパピロンアパレートって。」

「そ、それは。」

紗英子は遠くの方をよおく見ていた

二つの灯りがだんだんと近づいてくると段々と全体像が見えてくる

灯りが二つから四つ六つとなり、持っている生き物の全体像画次第に見えてくるようになり

ようやく行列が家の前まで着いた時、紗英子はたくさんのお化けが家の前にいるのが見えた

「な、何?」

「とうとう来ちまったがな。」

「あ、あなたは誰?」

紗英子は真っ暗な自室を見渡しながら叫んだ

「俺の名前はラフラシソン。」

「ラフラシソン?」

「お前の名前は?」

「私は紗英子よ。」

「そうか…願い事は?」

「願い事?」

「お前の願い事は?」

「あの恐ろしい生き物たちを追い出してよ。」

「追い出す?」

「よくわかんないけど何か怖い。」

紗英子はカーテンの隙間から家の門をじっと見た

すでにたくさんのお化けたちが集まっている

「つまり古都の羽には入りたくないと?」

「そうよ、だって怖いもの。」

「お願い事はいいのか?」

「いいわ。」

「お前のお父さんに戻ってきて欲しいって言うのは?」

「だって、もしお父さんが私たちのことを覚えてきたらまたどこかで会えるもの。」

「そうか、じゃ、古都の羽に入りたくないというそちの願いしかと承った。」

紗英子は目を丸くして部屋を見渡した

「待って、願い、じゃああなたはみんなが言っていた古都の羽のこと?あれは本当だったの?じゃあだったらもっと違う願いをいうから。」

紗英子は部屋を見渡した

でももうすでに声はしなかった

「あーああ、何かもっと違う願いでもしたかったな。」

紗英子は門を見た

「まだたくさんいる、どうしよう、さっきの願いちゃんと聞いてんのかな。」

ピンポンピンポン

紗英子は一匹の猫の形をしたお化けが玄関のベルを押しているのを見た

「こ、こっちに来ないで。」

紗英子は布団に深くもぐりこんだ


「紗英子様、紗英子様。」

紗英子は声に起こされた

「だ、誰?」

「もう、ご自分でお呼びになっておいてなんてことを言うんですか。」

紗英子は恐る恐る布団から目だけ出した

「な、何。」

「起きて下さい。」

布団が持ち上げられた

紗英子は恐々顔を上げると目の前にはさっき門のところにいたはずの猫のお化けが立っていた

「お、お化け。」

紗英子は叫んだ

「紗栄子様、ご自身で呼んでおいてお化けって言う言い方はないでしょ。」

「だって本当に怖いんだもん。」

紗英子は立ち上がって電気をつけて辺りを見渡した

いたるところに猫のお化け

机の上にもベッドの上にも本棚の上にもカーペットの上にも

「ど、どうして?」

「いくらベルを鳴らしても全然出てくれなかったので、開いている風呂場の窓から中に入らせていただきました。」

「で、でも私呼んでない。」

「ご自身でさっき呪文を唱えられたではないですか。」

「で、でもどうしてこの私が古都の羽に行かなければならないの。」

「ですからこれは間違いです。」

「間違い?これが?」

紗英子は窓の外を見た

豪華な馬車がある

「そんな風には全然見えないけど。」

「ですから婆やが勘違いをしている。」

「婆やって誰?」

紗英子はお化けをまじまじと見た

外見の割にどこか懐かしさを感じる

「どこかであったことない?」

「ない。」

お化けはきっぱりと首を横に振った

「そ、そう。」

「お前さ、戻りたいか?」

「戻りたいって?」

「こっちの世界に戻りたいかって聞いてんの。」

「もちろん当たり前でしょ。」

「だったら俺の言うことを聞け、これから俺はお前を古都に連れて行く、そこでまず婆やと会う、もし名前を聞かれたら違う名前を名乗れ。」

「違う名前?どうして?」

「どうしてって戻る時に必要だろ。」

「う、うん。」

「ならいい。」

「ねえ。」

「何?」

「どうしてその婆やって言う人は私を勘違いしたの?」

「そりゃお前、あの呪文を使ったからだろ。」

「あの呪文?」

「自分でさっき言ったやつだよ、それを聞いて婆やは今こうして迎えをよこしているじゃないか。」

「ど、どうやってそこに行くの?戻り方は?」

「向こうの人達ができないことをすればいい。」

「向こうの人達ができないこと?」

「眠る。」

「眠る?眠るって寝るって言うこと?」

「そうだ、他に何があるって言うんだ?」

「でも生き物は皆寝なきゃ。」

「だからお前は寝る。」

「あなたはその婆やって言う人に言われて今ここに来ているんでしょ。」

「そうだ。」

「だったらどうして不利になりそうなこと言うの?」

「俺は式神だ。」

「式神?」

「式神は主人を守るのが仕事なんだ、だからだ。」

「そ、そうなのね。」

「分かったらさっさと出るぞ。」

「わ、分かった。」

式神が指パッチンをすると紗英子たちは馬車に乗っていた

「それじゃ出発。」

式神の合図に馬車は動き出した

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