仮面と桜
はるより
異邦人
「遅ぇな、アイツらまだかよ……?」
桜の帝都、そこに佇む呉服屋の軒先。
アーセルトレイ出身のネージュには随分とレトロな佇まいに感じられるこの街並みは、この世界の人間にとっては千年も親しんだ光景だ。
ネージュは長い髪をまとめて学生帽の中に隠し、濃いグレーの羽織袴を身に纏っており、その装いからはこの世界に馴染もうとする努力が感じられる。
帽子の下に覗く、ブロンドの髪と宝石のようなブルーの瞳は誤魔化しようもなかったが……都合の良いことに、この世界と接するもう一つの世界、「霧の都」に住む人々はネージュと似た髪や瞳の色をしていることも多いらしく、町民からは彼方の世界からの観光客だと解釈されたため、今のところ問題は起きていない。
強いて言えば、男子学生にしては随分と小さな体躯が違和感となっていたが……わざわざそれを指摘するような人物は居ないだろう。
「なぁ裁貴、俺達も別の店に……裁貴?アイツ、どこいった……?」
ネージュは退屈げに隣に目をやったが、つい先程まで隣にいたはずの後輩の姿はそこにはなかった。
そして、ほぼ同時に少し離れたところから子供たちの歓声が湧き上がる。
「うぉー!すげぇ!!3枚同時にひっくり返した!!」
「ま、まさかこのオレが……!?」
「兄ちゃん、最初はめちゃくちゃヘタクソだった癖にこの戦いの中で成長してやがる……!?」
「ふふ……何を隠そう、僕は正義のヒーロー!悪者との戦いでは相手を知り、常に自分をアップデートし続ける必要があるからね!」
「何言ってるか全然わかんねぇ!けど強ェ!」
目を向けた先にはやはりと言うべきか、ネージュの想像したままの景色が広がっていた。
道路に広げられた御座の上に、子供たちが様々な形のカード……めんこと呼ばれる玩具を並べて遊んでいたようだ。
四、五人の子供が大はしゃぎで遊んでいる姿は微笑ましい、が……その中に明らかに子供ではない男性がポーズを決めながら混じっているのが見える。
「おいコラ裁貴!何やってんだお前!」
「あ、ネージュ先輩!先輩も一緒にやります?楽しいですよ!」
「やるかバカ!」
ネージュは正義が手にしていためんこを力づくで奪い、近くにいた少年に手渡した。
少年たちはキョトンとした顔で二人の様子を見ている。
「お前なぁ、遊びに来てるわけじゃねーんだぞ?」
「分かってますよ、でも現地の人たちと交流するのもきっと大事だと思いますし!」
「それは、否定はしないけどよ……」
ちらりと子供たちを見渡すネージュ。
彼らは困惑したように黙っていた。
その姿に、彼らの和気藹々とした空気を壊してしまった自分こそが悪者のように感じられて、ネージュは言葉に詰まる。
そのうち、眠たげな瞳をした少年がネージュを指差して言った。
「チビ」
「……んだとコラァ!?」
ネージュは自分よりもふた周りも体の小さい子供にコンプレックスを指摘され、頭から煙を噴き出す。
「めんこ下手だから、悔しくて俺らの邪魔するんだろ」
「ちげぇし!そもそもやった事ないから下手も上手いもねぇよ!」
「絶対ウソだ。自信ないから『テキゼントーボー』すんだ」
「誰が逃げるか!おい、裁貴!ルール教えろ!」
「良いですよ!」
そんな風に、やんややんやと場が温まり直してきた頃……彼らの背後に、二つの人影が現れた。
「ネージュ、随分と楽しげだね」
「ん?ああ……エルか。ちょっと待っててくれ、これは男の沽券に関わる戦いなんだ」
「やれやれ。何があったのか分からないけど、これはしばらく動きそうにないな」
エルと呼ばれた人物。
その人は正義やネージュとそう変わらない男装をしており、すらりとした長身ではあるが、れっきとした女性である。
彼女の言葉を聴いて、その隣に立っていたもう一人の女性はくすくすと笑った。
「その口振りの割には、エルシーさん嬉しそうじゃないですか」
「まぁね。僕の可愛いネージュが楽しそうにしているんだから、嬉しくもあるさ」
「うん、気持ちは良く分かります」
「僕はここで彼のことを待つから……奏多ちゃん、君はパートナーとどこかに行っておいで。」
様々な花柄のあしらわれた着物に小豆色の袴。編み込みで飾られた黒髪に、大きな赤いリボンが映える。
そんな装いの奏多は、どうせ正義も子供たちの中に混ざっているのだから自分も一緒に待つ、と言おうとしたが……ふと、自分の方に目を向けていたらしい正義と目が合った。
ぽかんとした表情を浮かべていた彼だが、奏多と視線がかち合うと、所在なさげに視線を逸らす。
「それとも、僕とデートするかい?」
「あはは、それも良いですけど……また今度にしましょう」
「残念、振られてしまったようだ」
ちっとも残念そうじゃないエルの言葉を聞き届け、奏多は正義の方へと歩み寄った。
自分の暮らしていたアーセルトレイの、過去の時代を題材としていた作品……その中に出てきた世界観と似ているため、ある程度は馴染みがあり、誓約生徒会として貸与されている仮面のおかげで言葉も問題なく通じている。
とはいえ異世界であるこの地では、全く緊張するなというのは無理な話だ。
そんな中でも、やはり長く見知った親しい人の顔を見れば安心するものだな、と奏多は思った。
「お待たせ、ジャスくん。退屈させてごめんね」
「ああ、うん。大丈夫」
そんな奏多とは裏腹に、正義にしては歯切れ悪くそう返す。
そんな二人の様子が気になったのか、御座の上に目を落としていた子供たちのうち数人が、彼らの方を見やった。
「なんだ、逢引か!?」
「男と女がイケナイことするやつだ!」
「助平か!?」
「なっ……そんなんじゃないって!」
子供たちの言葉を正義は慌てて訂正するが、この年頃の子供たちにそれが通用するはずもなく。
逢引だ、逢引だ、と囃し立てる子供たちに、正義は困り果て、奏多の手を取った。
「あっちに行こう、奏多。ネージュ先輩、また後で連絡します!」
「おーう、またな」
ネージュは正義には一瞥もくれずに、じっとめんこを睨みつけたまま、そう答える。
この去り方は、余計に逢引き臭いのでは?という思いが奏多の頭をよぎったが、今更どうすることもできない。
やはりと言うべきか、子供たちの嬉しそうな話し声が、その場を後にした二人の背にも届いていた。
「チビも、父ちゃん来てくれて良かったな」
「親子じゃねぇよ!あとチビって呼ぶな!」
……子供たちではない、嬉しくなさそうな怒声も共に届いていた。
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