第41話・エバの告白2
長らく秘匿とされていた森の集落の位置が判明したことは、シードと隣領サズドールとのこれまでの関係が大きく変化することを意味する。シード側が思っていた以上に、集落がウーノに近かったこともあり、石壁の修復作業は当初の予定よりも人員を増やし、急ピッチで施行されることとなった。戦闘集団と噂される狩人の脅威は少しでも遠避けるべきだと判断されたのだろう。検問所での警備もさらに強化されることが決まっている。
三女のマリスより報告を受けると、すぐにルシーダの別邸には女性文官が送り込まれ、エバはさらに細かい尋問を受けることとなった。エバの告発の一部はサズドール領主へも情報共有され、それを元に隣領では狩人達の儀式への取締りがなされたらしい。
「ご主人は聴収を受けただけで、すぐに釈放されて集落へ戻ったそうよ。ユリアのことはまだ実行前だったから」
「そう、ですか……まあ、もう私達とは関係のない人ですし」
「エバの言ってた通り、儀式は遺跡で行われていたらしいわ。周辺からたくさんの遺体が見つかったそうよ」
朝一で本邸から届けられた報告書に目を通しながら、マリスはホールのソファーでエバと向き合っていた。当事者としても、情報提供者としても、エバには事の行方を知る権利がある。
森の遺跡裏に複数の遺体が埋められていたという報告文を読み上げながら、マリスは居た堪れない表情を浮かべた。森の奥深くで小さな盛土が並ぶ光景を想像すると胸が苦しくなる。
「あと、離縁の手続きは完了したら連絡があるはずよ。向こうには拒否権は無いから、大丈夫とは思うけれど」
「何から何まで、ありがとうございます」
座ったまま頭を下げるエバは、少しばかり顔色が良くないように見えた。見知った名がずらりと並んだ報告書はあまりにも現実味が無く、頭が追いつかないのだろう。傍に控えていた侍女長に温かいお茶を淹れるよう指示すると、マリスは先にソファーから立ち上がった。
まだ若い辺境の魔女には、今のエバに掛けるべき言葉が思いつかない。後はお願いとリンダへ目配せすると、侍女長は静かにエバの隣の席に腰掛け、その背を励ますように撫でる。
「娘の為に、強くおなりなさい。あの子にはあなたしかいないのよ」
屋敷の中庭から馬車に乗り込んだマリスは、膝の上に置いていた鞄から布袋を取り出し、そこに入っていた拳大の石を掌に乗せてみる。日の光が差し込む窓の近くに掲げて、その黄色の半透明の石に傷など無いかを確かめる。まだ魔力が入ったことが無い真っ新の魔石は馬車の中へと、黄色く透き通った光の道を描き出す。
マリスに付いて来たエッタはその黄色い光から目を背けるように、座席の上で二本の前脚の間に顔を隠して丸くなった。その様子にくすりと小さく笑むと、マリスはまた布袋の中に魔石を大事にしまい込む。
このサイズの魔石が発掘されるのは滅多になく、市場には一切出回ることは無い。国家魔導師の権限で、王都から取り寄せたばかりだった。
シード領の最北の街エルグは険しい鉱山に囲まれている為、ルシーダから向かうにはかなりの迂回が必要となる。なので、塔への巡回はつい後回しになりがちだった。けれど、設置している石がどこよりも古くなり、交換の時期が近付いていたことが気になっていた。
塔での新しい石との交換は、マリスにとって初めての経験だ。新しい石に結界用の魔法陣を書きこんだ後、古い石から陣を消去して残った魔力の取り消しも行う。作業工程はそれほど多くはないが、空の魔石への魔力補充だけでも相当な力を要する。
本来なら数日に分けて行うべきだろうが、マローネの存在があるのでそう何日も屋敷を離れることはできない。
ふぅっと気合いをいれるように息を大きく吐くと、マリスは背凭れへと身を預けてから目を瞑った。塔での作業に支障が出ないよう、今の内に少しでも身体を休めておかないと。
鉱山の麓にあるエルグは鍛冶と鉱石に関わる者が集まる街だ。街中のどこにでも金属を打つ音が響き渡り、工房の煙突からはモクモクと煙が立ち上っている。小洒落た建物などは見当たらず観光には向かないが、幌を被せた商人の荷馬車が頻繁に行き来する、そんな活気溢れる街だった。
街から少し離れた小高い丘の上に建つ塔は、領内にある全ての結界塔と同じく石造りで、高く細い塔の中は最上階の結界の小部屋まで螺旋階段が続いている。
連日の雨の影響で苔むして滑り易くなっていた石段を、マリスは慎重に上っていく。前を駆け上がる黒猫の足取りは軽かったが、途中で何度も振り返ってはマリスのことを待ってくれているようだった。
壁も天井も積み上げられた石で出来ている為、塔の内部はひんやりと冷たい空気が流れていた。階段でバランスを崩しかけて思わず手を付いた石の壁の、じっとりと湿った感触。手を振り払いながら、マリスは嫌悪感を露わに眉を寄せる。
きっと、この塔への巡回を後回しにしてしまう理由は、こういうところもあるのだろう。塔の屋根の上で泣き喚いている野鳥の声にもウンザリする。
「どうして、こんなところに建てたのかしらね……」
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