第15話・魔法馬鹿

 夕食の時間だとリンダに魔法紙を取り上げられるまで、マリスはケインの描いた魔法陣に夢中になっていた。以前にマリスが北の領地へ風魔法を使って声を送った時には相手へ届くまでのタイムラグもあったし、何より音が掠れてしまって肉声からはかけ離れて聞き取り辛かった。


「薄い結界で音を保護して送るなんて、考えつかなかったわ」


 風に打ち消されないよう護りながら声を飛ばす。そして、時差が生じないレベルでの高速化。若い魔女の気まぐれの魔法も、ベテラン魔導師にかかればこれほど精度が上がるものかと感心する。

 ただ、構造が複雑なおかげで、魔力消費量は半端なかったが……。


 魔法に関する豊富な知識と、それらを行使できるだけの魔力を持つケイン・グリージス。間違いなく彼はこの国で一番の魔導師だとマリスは確信している。

 王都での研究職を辞退した後、故郷である北の辺境地へと戻った彼は、領主の娘と結婚して名だけはグリージス領主となっている。実際に領主職を行っているのは女傑と呼ばれている彼の妻で、ケインは結界塔の管理をする傍らで変わらず魔法研究に没頭した毎日を送っているのだという。


「衣食住を保証してくれるというからね。向こうも守護獣付きを領に置いておくメリットもあるだろうし、互いの利害が一致しただけだ」


 領主息女との結婚が決まってグリージスへ戻る時、ケインは悪びれながらそう言っていた。まるで愛のない政略結婚をするかのように聞こえるが、ただの照れ隠しなのをマリスは知っている。彼が常に手に抱えている書籍には、妻となる女性から送られて来た手紙が栞代わりに挟まれていたし、手が濡れた時は風魔法で乾かしてしまうくせに、彼のポケットの中には刺繍入りのハンカチがいつも入っていたのだから。


 夕食を口にしながらも、マリスの頭の中は魔法陣の修正案のことで一杯だった。遠隔地とのリアルタイムの通信が気軽に行えるようになれば、間違いなく国益に繋がるし軍事力も上がる。そうなれば発案者であるケインの名は国中に轟くだろうが、きっと彼はそんなことは望んではいない。勿論、マリス自身もただ単に物珍しい魔法が目の前にあるから、それを弄り倒してみたいだけだ。


 魔法馬鹿。王城の研究棟でマリス達が灼熱した魔法議論をぶつけ合っているのを見て、他の魔導師達は陰で二人のことをそう呼んでいた。守護獣を引き連れていて目立つ彼女らへの妬みも込められているのだろうが、魔術研究に没頭する様は同じ国家魔導師の称号を持つ者達の目からも、かなり浮いていたのかもしれない。


「馬鹿で結構だ。こっちは楽しくてやってるだけなんだから」


 馬鹿呼ばわりされて腹を立てるマリスを、ケインはいつも笑いながら宥めた。周りの言葉に即反応できるのは若さ故だと、微笑ましく思っていた。どんなに馬鹿にされようが、このマリスに魔力で勝てる訳はないのにと、周りに同情の感情すら抱いているくらいだった。


「あ、美味しい……」


 食後に出されたお茶を一口飲んで、思わず声を漏らした。香りからして薬草茶のようだが、ほんのりと甘く、とても飲み易い。初めて飲む味だが、身体に沁み渡る不思議な感覚を覚えた。


「コーネリア様がお持ち下さった土産の中に入っていたのですが、中央街に最近出来たばかりの薬草茶専門店の物だそうです」


 給仕に付いていた侍女から茶葉の入った瓶を受け取って、そのラベルに目をやる。教会で預かっている子供達へと教える為に、薬草のことも多少は勉強したつもりだったが、ラベルへ記載された薬草の中には初めて聞く種類もいくつか含まれているようだった。


「あら、魔力疲労に効くお茶なのね。珍しいわね」

「マリス様の為に選んでくださったのですね」


 普段は粗雑に見える姉の、意外な気遣いが嬉しかった。魔力を持たないコーネリアには無用な効能だが、妹を想ってこのお茶を選んでくれたのだろう。同僚との通信で魔力を大幅に使ってしまった今は特にありがたい。

 飲み易さのあまりに一気に飲み干すと、給仕の者がすぐに二杯目をカップへ注ぎ入れる。湯気の立つカップを両手で持ち、ふぅっと息を吹きかけて二口ほど口に含む。


 そして、改めて透明の瓶を手に取り直すと、マリスは貼られたラベルの説明書きを興味深く読みながら、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。


「――育てる薬草の種類は、もっと増やした方がいいのかしら?」


 教会裏の畑では、今は子供達が調薬で扱える種類だけを栽培しているが、加工せずに薬草のままで卸せる物も育ててみるのも良いかもしれない。院には薬を作れる子の人数はそれほど多くはなく、それに合わせた量だけの栽培では他の子達が物足りなさそうにしていることには気付いていた。子供達の負担にならない量を確認して、アレックス神父へ相談してみることにする。

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