第13話・姉コーネリア3
「次に帰って来る時は、ちゃんとエッタも連れて来るのよ」
「それはエッタに聞いて貰わないと」
マローネのことを報告しに本邸を訪れた時に、猫が一緒でなかったことをコーネリアは言っている。妹が帰って来ていると聞いて、嬉々として父の執務室を覗いてみるも、お目当ての黒猫の姿は無く、姉はガックリと肩を落としていた。
「しばらくはシエルのお世話に忙しいみたいだから」
「それは分かってるわ。でも、猫を愛でることができるのも、あと少しなのよ」
嫁ぎ先の領に猫付きの魔術師がいるという話は聞いたことがない。コーネリアが大好きな猫を堪能できるのは、今しかないのだ。
「もし許されるのなら、マローネ達をうちの子にしたいわ……」
「それは無理な相談よ、領からは出せないもの」
分かってるわ、とコーネリアは嘆きに似た深い溜め息を吐いている。彼女が嫁ぐことになっているルバーナ領はここシード領の西隣に位置する。決して遠い訳でもないが、次期領主の妻となる身がそう頻繁に里帰りなど許される訳もない。しかも猫に会いたいが為など……。
膝の上ですっかり眠ってしまった三毛猫をそっと両手で包み込んで抱き上げると、その小さな鼻に自分の鼻の頭を触れさせる。鼻先のひんやりした感触に満足すると、マリスの隣で丸くなっている黒猫の傍にシエルを置いてやった。
急に腹の横に置かれた子猫をちらりと見たエッタは、三度ほど子猫の顔を舐めた後、また両手で顔を隠すようにして眠り始める。寄り添って眠る二匹のことを目を細めて見守ると、コーネリアは気合いを入れ直すように大きく頷く。
「おかげでしばらくは頑張れそうだわ」
「準備は大変?」
「そうね、張り切ってるお母様を押さえつけるのが大変ね。姉さまの時の心残りを私にぶつけてるって感じで」
コーネリアがワンピースにべったり付いた猫毛をパンパンと手で払い始めると、侍女達が慌ててブラシやタオルを持ち寄ってくる。黒猫のエッタを構うつもりで濃い色の服を着てきたらしく、シエルの毛色は想定外だったようだ。紺色にシエルの白い毛はとても目立っていたが、三人掛かりで振り払って何とかキレイになった。
コーネリアよりさらに5つ上の姉フローラが嫁ぐ際は、まだ健在だった父方の祖母が婚礼の主導権をガッツリと握っていた。だから、実の母親なのに長女の時には思うように出来なかった反動が、次女であるコーネリアの式へと全身全霊で向けられているのだという。
面倒なことは簡単に済ませたいコーネリアとしては、必要最低限の簡素な式を望んでいるが、ヒートアップしている母がそんなことは許さない。ルバーナでも手に入る物をわざわざこちらから持って行かなくてもと思うのだが、そういう訳にはいかないと日を追うごとに婚礼の荷物が増えていくのだ。
ハァと大きく息を吐いている姉へ、マリスは同情を含んだ視線を送る。国家魔導師という立場上、結界から離れる訳にはいかないから、隣領で行われる挙式にマリスが参加する予定はない。母の思いの丈が詰まった式が見られないのは残念だと少しばかり思うが、その堅苦しい場に居なくて済むのは正直言ってありがたい。
「来月の食事会にはちゃんと来るのよ。エッタのことも紹介したいから、必ず一緒にね」
「ええ、分かってる」
玄関扉を前に、名残惜しいとばかりにコーネリアは妹をぎゅっと抱き締める。淑女の挨拶としては失格だが、仲の良い姉妹には礼儀作法などは関係ない。こうして触れ合える機会はもう幾度と無いのだから。
姉が乗り込んだ馬車が門を出ていく後ろ姿を見送ると、マリスは屋敷の中へと戻った。そして、ソファーテーブルの上に置かれたままの、白い封筒を手に取る。本邸の郵便物に紛れていたという、彼女宛の手紙だ。
グリージス領の魔導師ケイン。マリスと同じように辺境領の結界を管理する国家魔導師だ。王都にいる時に出会ってから同じ仕事に従事する者同士、たまに手紙で魔術について相談し合っている。彼は兎の守護獣を伴う高魔力保持者だが、結婚もして学舎に通う息子が二人いるという話を聞けば、きっと驚く者も多いだろう。守護獣付きでも普通の幸せを追い求めても許されるのだ、と。
丁寧に蝋封された封筒の中から出て来たのは一枚の便箋と、一枚の魔法紙。便箋の方にさっと目を通すと、マリスは何度も折り畳まれた魔法紙を開き、そこに描かれた大きく緻密な魔法陣を確認する。
「すごい……」
一辺が50センチほどある紙は、魔力を通すことが可能な魔法紙と呼ばれる物。これに魔法陣を描き、魔力を注ぐことで特定の魔法を行使することができる。
魔法紙上に細かくびっしりと描かれた魔法陣をゆっくり目で追っていく。風魔法を中心に、様々な魔法構造が積み重ねられ、とてつもなく複雑な魔法を構築しているのが分かった。
「――これは、魔法を使った通信回路ね」
以前にマリスは遊び半分でケインに向けて、自分の声を風魔法に乗せて飛ばしてみたことがあった。その時に使った魔法構造が魔法陣の一部へと組み込まれているのに気付いた。しかし、その時の応用というには複雑で規模が違い過ぎる。
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