第四章, 【土地喰い】
第1話 助言の言葉(1)
一
「ちょ、ちょっとあんたたち何やっとるんさ」
「何って、これから祭りなんすよ」
「祭りィ?」
「そうそう。新しい年明けを祝う祭り。お岩の上にいる大妖怪様が年に一回起きる大事な日なんだべ」
「お嬢さんも、去年一緒にお祝いしただろうに」
妖怪のうちの一人にそう言われ、少女は顎の下に手を当てた。
あぁ〜、確かそんなこともあったような、なかったような………。
少女というには、大人びていて、女性というには幼すぎるその子は、妖怪の群れに混じって歩いていた。
妖怪たちの参列は山の中まで続き、ひたすら山の上へと続く道を歩いている。中には、お祝いものを担ぎ、手に抱え、複数人で支えて持つような大きなものを持つ者もいる。女の子は、落ちそうになるお祝いものを共に支えて持って隣に並んで歩く。空はどんよりとした曇り模様だった。新年を迎えたというのにこんなスタートでは気分も浮かばれない。
少女は一度空を仰ぎ見て、考える。
「まぁ……こっちの街に被害をもたらされたら困るし………様子を見るだけなら私も手伝おうかな………」
小さく独り言を呟いて、再び妖怪たちを和気藹々と会話を続ける。
「そんで、お嬢さんは、何を持ってきたのかい?」
「はい?」
「まさか、手ぶらで大妖怪様の御目覚めを迎えるわけじゃないだろうに。何か持ってきているんだろう?」
「あ〜………」と気まずそうに顔をかく少女は、今自分が持っているものの中で何か捧げられるようなものがないか考えた。自分が今持っているのは、学校へ行くときに使うリュックだけだ。中身は大したものは入っていない。今の期間は冬休み中で学校のものをリュックに入れていないし、入っているのは自分の趣味のために使う些細なものだ。
「あっ」と何かを思い出した女の子は、背中に背負っていたリュックを前に持ってきてチャックを開けた。空いたチャックのところから中へ腕を突っ込んで、手探り次第取りたいものを取り出す。
取り出したのは、色とりどりの絵の具が揃えられている絵の具セットだ。
「なんですかい、それは?」
「これね、絵の具っていうの。まぁ、なんというか、わかりやすく言ったら、色んな色を塗ることができる道具ね」
「ふむふむ。随分と興味深いものをお持ちなんですなぁ」
歩きながら、こちらに興味を示してくる妖怪に対して、「前向いて歩いて。転ぶよ」と注意喚起をしながら、女の子は喋り続ける。
「それで、この列はどこに向かっているの?もう随分と山の中を歩いているように見えるけど………」
女の子は、森の中を歩く彼らを見つけた時から参列に参加したので、どこからこの列が続いているのか知らない。飛び入り参加のような気分である。しかしどこか見たことのある様な道筋に首を捻らせる。
すると、牛のような顔をした妖怪が言った。
「このずーっと先に大妖怪様がいるべさ。そこの近くに小さな祠があるんだべ。その祠には、陰陽師たちの結界が張られていてな。普通の時は破ることはできんけど、この一月二日だけ、その結界が弱まるんよ。そこへ、われわれの注ぎものをお供えすれば大妖怪様の力が蘇り、ほんの一時だけ、目覚めることができんだし」
「それでそれでな」ともう一人の妖怪が身を乗り出して話に割り込んでくる。
「その大妖怪様が助言する言葉を、おいらたちは信じて一年を過ごすんだべ」
「助言する……言葉?」
問い返すと、妖怪は空を仰ぎ見て、思い出していた。
「確か、去年は“要らぬことには首を突っ込むな…厄災を持ってくるな”だったから、おいらたちは静かに暮らしてたんだべ!………まあ、そのお陰で死んでいった仲間たちは沢山いたけれど、それが大妖怪様のいうことだから、仕方ないんだ。破ると更なる厄災が降りかかるって言われているからな………」
「でも……っ!」と隣にいる妖怪は拳を握りしめて、憎しみの顔を思い浮かべる。
「あの、陰陽師たちはここぞとばかりにおいらの仲間たちを殺してきたんだ!許せねーべ‼︎」
いわずもがな、彼からだけではなく、周りの妖怪たちからも、人間に対する禍々しい恨みの念が感じられた。女の子はこれ以上その士気が上がらないように、まあまあと宥める。
「私達は、人間と共存していくしかないんだからさ、ここは我慢しなくちゃ」
「お前は、悔しくないのか?」
「え?」
「お前は、陰陽師などという、我々から全てを奪っていく人間たちに肉親を殺されたことはないのかと聞いている」
「ええ……?殺されたも何も……………」
だって、私は……――――。
「我は今でも思い出す。あの時、目の前で我を産んだ母が人間たちに祓われ、消えていったところを。我の母が何をしたというのだ?我の母は、家族と共に平穏に暮らしていただけなのだ。なのに、あやつらは、会った途端に喜び、我の母を祓った。これのどこが正義だというのか。これのどこが、平和のためだというのか。人間は、我らとの共存なんて微塵も考えておらぬ。我らは奴らにとって邪魔者でしかないのだ」
「そ、そんなこと言わずにさ………」と宥めようとするけれども、次に探す言葉が出てこない。何を言えばいいのか、どうすれば彼らの気持ちを和らげることができるのか、女の子には術が見つけられなかった。
なんだか、微妙な雰囲気になってしまい、少女は参列したまま山の上まで歩き続けた。途中で抜けることも考えたのだが、ここまでついてきてしまうと―――聞いてしまうと、気になった。その予言をする、大妖怪様というのがどんな者なのか気になった。
再び沈黙になった参列に入って歩いているうちに、少女は見たことある景色を目にし、自然とさまざまな記憶が蘇ってきた。それは、他人のものではなく、確かに自分の目を通して見ていた記憶だ。
着物姿の若い男の人と喋っている自分の姿。
そうだ!思い出した!大妖怪様っていうのは―――。
「着いたぞ」
「うげっ」
急に頭を上から抑えられ、少女は反射的に潰れた蛙のような声をもたらした。
「あまり顔を見てはいけないぞ。大妖怪様の顔を拝めるのは限られた者のみなのだ」
「そ、そうなの………?」
でも、と少女は思う。
少女は自分の頭の上から、押さえつけられていた手が離れたことを確認して、チラリと目玉を上に動かした。
「大妖怪様のお目覚めだぁー!」
岩の近辺に立つ妖怪が言った途端、地鳴りのような大きな振動が体の芯を揺さぶった。思わず胃が震えて、中身が出てきそうなところを抑える。良かった。何も食べてなくて………いや、食べれなかったというべきかと、少女は自分自身を嘲笑うように笑みをこぼした。
「おい!誰だ!今笑ったのは!」
少女は自身の口元を抑え、再び地面に顔を近づけた。細かい砂利が目の前に迫る。
ゴゴゴゴゴという音と、振動が続き、やがて、止まった。
「皆のもの。久しいな」
全身の毛の穴が沸騰するように、鳥肌の立つ声。低く大人の声なのに、心にスッと入ってくるような声が、どこか懐かしさを感じさせた。
少女は、どんな見た目の妖怪が言葉を発しているのか気になって仕方がない。そして、心と葛藤するまもなく少女は顔を上げた。
大妖怪と言われる者は、割れた岩の目の前に立っていた。
二つの足で立ち、ガタイは良く、身長もおそらく二メートルは超えているであろうその風格。顔の骨格はゴツゴツとしており、髪の毛は野生のオオカミのように坂がっていた。そして、服装は着物の上に動物の毛皮を羽織っているような感じである。
少女は、目の当たりにしたあまりにも衝撃的な絵面にアホウケた声を漏らす。
「は………………?」
「そこの者!頭を下げろ!大妖怪様をその目で見るとは何と無礼な!」
強引に頭を上から押さえつけられ、少女は大人しく頭を下げた。地面を向いたままいくつもの考えが頭を巡る。
大妖怪様とうたわれる、その人物は、私と目があった時「あ、やべ」という顔をしていた。私がその人物を見たときに動揺したように、相手も私を見て動揺したはずだ。
少女は手元に生えている貧弱な草を掴んで、下唇を噛んだ。
あれは、あの人は大妖怪様じゃない……。
私の知っている土地喰い様じゃない……ッ!
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