第2話 大掃除(2)
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縁側で一人、座っているハルの隣に天人は腰を下ろした。
「あのさ……」と遠慮気味に天人は口を開いた。ハルは首を傾げて、天人の方を見つめる。
「何?」
「その……この間はありがとう。助けてくれて………」
「あぁ、そのこと?礼には及ばないよ。ハルはただ佰乃に言われたことをきちんと守っただけ。感謝されることなんて何一つやっていないしね」
それでもきっと、お前がきていなかったら俺は死んでいた。俺がお前に救われたという事実は覆せない。
いや、なんか言い方が違うな?覆せなっていうと、覆したいように聞こえるかもしれないが、俺は覆したいわけではなくて………結論的にいうと、ものすごく感謝している!
天人は、勢いよく頭を下げた。
「ごめん!やっぱりきちんとお礼と、色々と嘘をついたことの謝罪がしたい!お前が嘘をつく奴が嫌いなのは知っている!だからこそ、散々細かい嘘をついて偽ってきたことを謝りたい」
些細な嘘とはいえ、それは立派な嘘だ。相手を欺くための行為に過ぎない。ハルはそんなものを心底嫌っており、軽蔑している。にも関わらず俺は、今まで自分を偽るために些細な嘘でさえもついてきた。これからは、自分に正直になりたい。ハルのように、正直に生きてみたいと思った。
ハルはそんな天人を見て、微笑んで見せる。
「もう嘘をつかないって約束するならいいよ。許してあげる」
「約束する。絶対に嘘はつかない」
天人はハルが差し出してきた手を握った。
あ、とハルは云う。
「ちなみに、ハルは約束を破る奴も大っ嫌いだからね」
「分かった。絶対に破らない。それも約束する」
天人とハルはお互いの顔を見合わせて笑ってみせた。二人は初めてきちんと目を見て笑った。
「ちょっとー、男子―。なぁに二人でイチャイチャしちゃってんのー」
「ばっか!イチャイチャなんてしてねーよっ!」
突然聞こえた舞子の声に驚き、天人は隠すようにハルから手を離した。
ニヤニヤして近づいてくる舞子と、額に手を当てて深い息を吐く佰乃は対照的なオーラをまとっていた。
舞子は天人の近くで腰に手を当てて止まると、顔を隅々まで覗く。天人は身を引いて、自分の顔が熱くなっていくのを感じた。いつまでもジロジロと見てくるので、耐えかねた天人は、
「な、なんだよっ」と手を払う。
「いやぁ、別に。ただ、なんか顔色変わった?って思ってね。前よりも良い気がする」
顔色………?
そういえば、と天人は数日前洞窟で死にそうになっていた時のことを思い出す。
「そういえば、ハルが俺に血を分けてくれたからかな?なんか、半妖盤輸血、みたいな形で」
本来、輸血をするときには人間が同じ血液でタイプも同じじゃないと死亡するのだが……。
天人とハルは自分の血液型が何か分からずに、その場の応急処置として輸血を行なった。故に、天人は今こうして生きている。
「血の件も……本当に、ありがとう。ハル」
「だぁから、感謝されるようなことじゃないんだってェ。ねぇ?佰乃?ハルは、佰乃に……――ってどうした?」
ハルに笑顔を向けられた佰乃は驚きのあまり、一瞬表情管理することを忘れていた。ハルの血のことを聞いて表情が固まった。その数秒の間に幾千もの思考が頭の中を巡るのだが、やがて、佰乃はいつも通り微笑む。
「ううん。何でもない。ちょっと驚いただけ。ハルの妖力にそんな力があるなんて知らなかったから」
「そーだよね。ハルも実は初の試みでしたァ」
「はぁ⁈」
天人は思わずハルの方に身を乗り出す。
「お前っ、初めてやったのかよ!何の確信もなしに!」
「そう」
「まじかよ………。失敗してたらどうなってたんだよ………」
「でも、成功したからいいでしょ?」
「そういう話じゃねーよ………」
天人は頭に手をついて、身を引いた。
こんなメチャクチャなところは変わらない。ハルの性格は、天人にとって理解不能で、多分源郎の封印事件(もはや、天人の中では、あの夏の出来事が事件である。故に事件と言わせてもらう)がなければ、絶対に友達になっていなかったタイプだ。しかし、貧乏神の件以来、ハルが天人へ向ける眼差しは、以前のような敵意ではなくなっていた。
売り言葉に買い言葉みたいな会話を交わしていたのに、今となってはそれがない。天人は調子が狂うのが、何だか妙に嫌でもなかった。
「まあ、はーくんとあーくんが仲良くなってくれたなら、私たちはそれで満足かな。ね、くのんちゃん?」
「う、うん。そうね。大人になってくれて嬉しいわ」
「ちょっ、それどういう意味だよ。俺たちが幼稚だったって言いたいのかよ」
「え、違うの?」
キョトンとした顔をして佰乃は天人と舞子を見た。
天人としては違うだろ、と反論したいところだが、そうもキョトンとした顔で純粋に言われると否定できなくなるじゃないか…………。
と、四人が和気藹々としていた時、
ドンガラガッシャーンッ!
どこかで、金属のもの同士が当たった音が境内に響き渡った。正確には、金属だけではなく、何かがぶつかり合って落ちた音がした。その音が響き渡った後には、再び境内に静寂な音が残る。葉が揺れ、風の吹く音がした。
四人は一度お互いの顔を見合わせて、各自、四方八方を見る。天人は、音のした方が源郎のいた方向だと思い出した。
「…………おーい、源郎…………?」
その方角へ向けて呼びかけてみるが、これと言って返事は返ってこない。ひょっとして今の音は源郎が原因なのだろうか?
天人は重たい腰を上げて、「探しに行こう」と三人に声をかけると、三人も頷いて天人と境内を歩き出した。
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