一, アケマシテオメデトウ

第1話 大掃除




 手前に突き出した屋根の向こう側に広がる冬晴れの空を、天人は眺めていた。

 ふわっと優しく冷たい風が吹いて眉の上で前髪が揺れる。キリッとした眉と対照的に垂れ下がった目尻。角ばった鎖骨を風が撫でにきて、天人は鳥肌が立った。

 軽くため息をつく。軽くため息をついたはずなのに全身から重たい気が抜けて深い息を吐いた。

 今日は12月31日。

 高校へ入学して初めて年を越そうとしている前日だ。

「おらぁ。働け、くそぺてん師野郎」

「ごふっ」

 背中を勢いよく蹴られて、天人は蹴られたところをさする。振り返ると、両手で大きな段ボールを抱えて、こちらを見下ろすハルの姿があった。相変わらず整った顔立ちに透き通った白い肌。おまけに身長もある。

「はいはい」と、天人は重たい腰を上げる。そばにあったタオルを手に掴んで、先を歩くハルの後ろに続いた。

 本殿の中はすでに多くの段ボールで溢れている。

「おっ、サボり魔。戻ってきたかァ。これ運んでくれ」

 全開に空いている障子の向こう側から源郎はブンブンと手を振った。天人は気前よく駆けつける。

 天人の前に置かれたのは、大きな段ボールだ。中身は何が入っているのだろうか。

「これ何が入ってるの?」

 持ち上げてみると、腕にずっしりとした重さが乗っかった。思わず落としそうになる。

「ぱそこんの色々だ」

「パソコンの色々って………」

「五月蝿い。つべこべ言わずに運べ。脆弱な奴め」

「…………」

 天人は黙ってダンボールを運ぶ。

「いや、待て待て待て。どう考えてもおかしいだろう⁈」

「何が、だ」

 せっせと段ボールに物を詰めていく源郎。天人の方を見ようともしない。

「みんなして何なのさ⁇俺、悪口言われるようなことしたか⁇なんでさっきから、名前で呼ぶんじゃなくて、悪口半分な名前で呼ぶんだよ!悪意しか感じないぞ!」

「嗚呼。悪意を含めていないと言ったら嘘になるからな」

「おい」

 源郎はぷいっとそっぽを向くと、今しがた物を詰めた段ボールを持って外へと運び出す。

 天人は、なんだかやるせない思いを抱いて段ボールを運ぶ。

 なぜここにいるのかと聞かれれば、理由は簡単。

 靁封神社の大掃除に来たのだ。いや、正確に言ったら源郎の雑用として呼ばれたのだけれども。

 源郎が封印から目覚めてはや半年。何もなかったと言えるほど、ガラ空きだった本殿の中にはいつの間にか源郎の所持品で溢れかえっていた。今日は、その荷物達を一旦外へ出して、本殿の中、外、全ての大掃除をしようという試みだ。

 勿論、そんなに広い本殿というわけでもないのだけれども、一人で掃除するには広すぎ、かと言って東家全員で掃除する必要性も感じられないので、こうして四人が赴いたということになる。

 天人は、靴を履いて慎重に一段二段と階段を降りる。

 外では、荷物を受け取り、ホコリを叩く佰乃と舞子の姿。天人とハルは力仕事であり、ダンボールの運搬と障子の取り外し・取り付けだ。

「にしても、前日に掃除って……」

「しょうがないじゃん。私たち時間なかったんだから」

 不満をこぼす天人に舞子は鋭く指摘する。

「年明けは、家族と過ごして、その後すぐに突男のいる岡山へ行くんでしょう?だったら冬季休暇に学校から出された課題を早々と終わらせておかないといけないんだよ」

 天人は、頭が回る勢いで首を捻る。

 南高校の休暇期間課題はえげつないほどの量が出される。覚悟して取り組んだ三人は、早々と課題を終わらせることに成功した。

 ハルは、天人の横を素通りすると中にいる源郎へ話しかけにいく。身長の大きなハルは、少し頭を潜らせる形で中へ入っていく。

「源郎ぉー。次は何を運べばいいィー?」

 ハルの長く伸びた襟足がぴょんぴょん跳ねる。源郎はあたりを見渡して、もう段ボールが残り少ないことを確認した。

「もうダンボールも少ないし、お前らは運ばなくていいよ。後は俺様だけで運ぶから少し休んでろ」

 そう言って、源郎は外で女子達とたわいもない会話をする天人を見る。

 ああして、元気そうに振る舞ってはいるけれど、きっと本当はものすごい傷ついているはずだ…………。

 ハルもその視線を悟って首を横にふる。源郎が天人のことを気にかけているのは丸わかりである。

「ハルは天人のおまもりじゃないんだけどなぁ」

 ハルは源郎に背を向けた。休憩するために縁側の方へ歩いて行く。

 そんな背中に源郎は、それでも、と声をかけた。

「お前は、少なからず前よりも天人のことを認めているだろう?口先では何と言おうと、お前の態度は明らかに変わってきている。天人に、心を許すようになってきている。俺様にはそう見えるけどナ」

「……やめてよォ。そんなこと言われたら恥ずかしいじゃん」

「俺様の読みは合ってたってことでいいのか?」

 ハルは方をすくめる。

「さあね。どうかな。でも源郎が今言った言葉を訂正するつもりはないよ」

「正直者じゃねーな」と源郎は笑ってみせた。

 ハルは上に広がる無数の空間を仰ぎ見た。

 冬の澄んだ昼空。

 どこまでも続く青さ。

「ハルはいつだって、自分の心に正直に生きているだけさ。心の赴くまま、進むがままに」

 だから、これもきっと信じて良いのだろう。

「天人は絶対に死なせちゃいけない人間だ。あいつは、生きていく必要がある。ハルは、あいつの視る未来が見たい」



 たとえ、そこに自分の姿が無かろうと…………。

―――――たとえ、そこにどんな結末が待っていようと―――――――――――――


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