もうすぐプロのフットボーラーになる俺ですが、幼なじみの女と観戦してあらためて「プロになんてなりたくねえ」と考えながら実況しているので、相談に乗ってもらえませんか?

水嶋 穂太郎

第1話

 蹴球・フットボールの世界において、攻撃役であるフォワード(FW)は、いつの時代でも不変の花形である。


 などと、100年前の人たちは考えていただろうが、西暦2117年のいまは違う。

 なんだと? ミッドフィルダー(MF)のほうが格好いいって? まあ、そういう意見もあるだろう。だが、もはや議論の次元が違う。


「あんたがプロにスカウトされたって聞いたときは、ほんっと興奮したわ!」

「そうかよ」


 地元のフットボールスタジアムへと観戦に向かう道すがらで、俺の幼なじみである女はるんるんと上機嫌に鼻歌をふかし、となりを歩いていた。

 ちなみに俺の名前はケンゴ=コバヤシ。幼なじみの名前はルミ=ミヤシタ。

 鼻息を荒くして歩いているのは彼女だけじゃない。

 チームを応援するために駆けつけたらしいサポーターたちも大勢いる。そして彼らは、何かを持っている。物理的には応援するための道具を。精神的には相手の選手や応援団をへし折ってやるという気概を、だ。


 そんなやつらを、俺は冷めた目で見ていた。

 念のために確認しておくが、俺はプロのフットボーラーになる予定なのである。選手登録はすでにされているらしく、あとはデビュー戦を待つだけだ。まだフィールドに立っていない俺は、自分をプロと呼ぶことに抵抗がある。



 ◆ ◆ ◆


 観客席につき、試合開始の合図を待った。


 ピィーッ!!


 甲高いホイッスルの音がスタジアムに響き渡る。とほぼ同時に……審判は脱兎のごとく緑のフィールドから姿を消した。


 味方チーム、敵チームと俺は呼びたくないので、味方のほうをAチーム、敵のほうをBチームと表現させてもらう。

 まず、Aチームの足下にあったサッカーボールが、Bチームの中心的な選手に向かってパスされた。100年前であれば、即刻ブーイングの嵐だったであろうが、いまは異なる。むしろスタジアムは熱気と歓声と……怒声にあふれていた。


「うおおおらあああああ!!!」

「死にさらせえええええ!!!」


 パスを受けたBチームの選手に向かって、Aチームの選手が突進をかました。ひとりは腹に向けて横蹴りを放ち、もうひとりは背後に回って腕をからめとる。

 10秒間。

 Bチームの選手はこの猛攻を耐えしのいだ。


 もうお分かりだろう。

 現代フットボールは、総合格闘技を取り込んでしまったのである。球を蹴って、敵陣の奥に設置された網かごに押し込むだけのお上品な競技は、もう存在しないのである。


 さて、観戦をつづけるとしよう。

 ボールを持った選手は10秒間、いかなる理不尽な妨害も受け入れなければならないという規則により、Bチームの一名は開幕から手痛い損害を与えられてしまったようだ。その場でひざを抱えてうずくまっている。


 その様子を見て、スタジアムは歓声と罵声で真っ二つに割れた。

 となりの女もうるせえ。


「相手が格上とはいえ、最初っから派手に仕掛けたわねえ!」

「見てて楽しいか?」

「当たり前じゃないの!」


 俺はぜんぜん楽しくねえよ。

 やられたBチームの選手を見てみろよ。歯ぎしりがここまで聞こえてきそうな表情をにじませてやがるぜ。


「シールドエネルギーもほとんど減ってないみたいだし、たいしたダメージじゃなさそうね。ざーんねんっ」


 シールドエネルギー。

 それは軍事科学が生み出した負の遺産。


 謎の力場・シールドによって、発動中は身体に対する物理的な影響を無効化してしまうという代物だ。なぜか痛覚はそのまま再現されてしまうらしく、猛火のなかを行軍させる地獄のごとき所業は、教科書にも載っているほど有名だ。


「シールドエネルギーが切れたら大けがじゃ済まねえんだぞ」

「えーっ? それがいいんじゃん」

「それって、どれだよ」

「命を燃やして戦ってる感じがして、たぎるじゃない!」


 命を燃やして?

 命を懸けての間違いだからな。


 現代フットボールでは、まず得点よりもシールドエネルギーの削り合いが重要なのである。個々の選手が持つシールドエネルギー、チーム全体で共有するシールドエネルギー、それに――


「「「お~おお~おお~おうっ!!!!」」」


「「「せいっ! おおぉぉぉおおお、せいっ!!!」」」


 スタジアムの応援団から送られるシールドエネルギーと、種類は多岐にわたる。前時代のフットボールではあり得なかった、文字通りサポーターのちからがチームのちからにもなる総力戦なのだ。



 ◆ ◆ ◆


 前半の45分があっという間に過ぎた。

 スコアは『0―0』のまま動かず。


「前半で双方あわせて、30人の脱落かあ……試合の入りと違って落ち着いた運びになったわね」

「ああ、そうだな」

「やっぱり格上は違うわね。ピンポイントでこっちのフォワード(FW)をつぶしてくるし!」


 はしゃいじゃってまあ。

 俺のポジション、そのフォワード(FW)なんだけどね。

 真っ先につぶされ……もう取りつくろうのもいいや、ぶっ殺されるポジションだよ。

 ほんとにさ。

 デフェンダー(DF)の仕事はゴールポストを守るんじゃなく、フォワード(FW)を守るに変えるべき。


 なお、前時代のフットボールにあった、一試合における交代人数の制限は、廃止された。そんなものがあったら試合にすらならないからだろう。


 まもなく殺戮の共演、第二幕がはじまる。

 ハーフタイムの15分が終わろうとしていた。

 選手たちはふたたび死地に帰らなければならないのだ。


 熱狂の冷めやらぬスタジアムのなかで、おそらく俺だけが静かに選手たちの無事を祈っていた。



 ◆ ◆ ◆


「きゃー、スコアリングラインをボールと選手が超えたわ、きゃあーきゃあー!」


 おまえは猿かよ。

 いいよな、見てるほうは気楽でさ。


 とりあえず、Aチームのピンチである。Bチームの選手がゴールポストに迫りつつあり、得点されそうになっている、と考えてもらっていい。

 スコアリングラインとは、現代フットボールが確立されてから新たに導入されたシステムだ。簡単に言ってしまうと、双方の陣地に引かれた白線を目印にして、そこから先なら観客の援護が可能になるというものだ。


「野郎どもぉぉおお!! 気合いいれろ!!」

「ブツを出せええ!! サポーターのちからで選手を後押しするっきゃねえぞお!!」


 などと、物騒な言葉が飛び交っているので、もうすぐ見られるだろう。


「俺は60万円のスナイパーライフル・《T-00XX:ヴァルシャー》だぜ!!」

「ちっ、やるじゃねえか。こっちは型落ちの25万円だ……」

「うぬら、気合いが足りぬぞ。見よ、我が機関銃・《MZ―13A:ガロマンズ》を。チームの勝利に貢献できるのならば……500万円など、安い買い物よ!!」


 とんでもなく盛り上がっている。

 手早くがちゃがちゃと銃器を組み上げるサポーターたち。

 ほんとうに、物理的にも精神的にも持っている連中である。


「ど、どうしよう! あたし初心者用の応援グッズしか持ってないわ!」

「……」


 この女も持っている。

 たしか、世界フットボール連盟公式グッズとして売り出されている、8万円のアサルトライフルだ。


 もちろん、こんな物騒なものを持ち込まずに、静かに観戦することもできる。しかし、現代フットボールにおいてスタジアムにきてまで応援しようとする連中は、こう……気合いが狂っているのである。

 応援グッズを持たずにきて、「やる気あんのかおらあっ!!」と因縁をつけられたくなければ、護身用として持っておくべき。ちなみに俺も、小銃をポケットに忍ばせているが、見せるような事態にはなりたくはない。


「死にたくねえやつぁあたまぁ下げておけやあああ!!!」

「ひゃっはああ!! こいつあキモチィー反動だぜええ!!!」

「まず死ぬがいい。そして死ぬがいい。さらに死ぬがいい」


 サポーターどもがBチームの選手に向かって弾丸を撃ち込んでいく。

 シールドによって選手は守られているものの、痛覚は通常のそれ。こんなものにさらされて動けるはずがない。観客席からはわからないが、あの選手のシールドエネルギーは、とんでもない勢いで減らされているはずだ。


 ――死にたくねえ!

 ――死にたくねえよ!!


 弾雨に耐える選手の悲痛な声が、伝わってくるようだ。

 同じ選手、同じポジションだからこそわかる痛み。


 フォワード(FW)とは、最も死に近いポジションである。


 しかし、それを守ろうとするものたちがいることも、お見せできるだろう。

 ディフェンダー(DF)? 残念ながら違う。


 反対側のサポーター席から、こちらのサポーター席に向かって、銃弾の雨あられがはじまった。


 ただでさえ聞こえにくいのに、ばかすかと銃をぶっ放しまくっているせいで、何を言われているのかはまったく聞こえない。まあ、間違いなく、Bチームの選手をつぶそうと、いや殺そうとしたこちらへの報復ですよね、わかってるさ。

 サポーターにもシールドエネルギーが割り当てられているのは、こういう事情があるからなのである。


 まあサポーター用のシールドエネルギーは、選手よりもずっと多く割り当てられているため、けが人がでることはまずない。

 それでもけがをするのは、よほど不運なやつか、それとも選手登録をそのままにしてスタジアムに足を運ぶようなどうしようもないあほうくらいだろう。


「あ」


「き、………………きゃああああ――――――――――――!!!!!」


 まぬけの声を、悲鳴が追いかけたのはそのときだった。



 ◆ ◆ ◆


 県立病院にて。


「う、う。ううう……」

「泣くなよ」

「だ、だって。あ、あたしがあなたといっしょにプロの試合を見に行きたいって、言ったから……うううっ」

「一般人じゃなく、選手のまんま入っちまった俺が悪いだけだ」


 そう。悪いのはみんな俺。

 彼女は悪くない。むしろ感謝したいくらいだ。

 なぜなら――


「足のけが……どうなったの?」

「んー、一般生活には問題ないけど、フットボールはここで終わりっぽいな」

「そんな!」

「まあ引き際だったんだよ、はっはっは」


 愕然としている彼女に向かって、俺は明るく務める。

 マジでこいつは悪くねえし、負い目を感じる必要とかねえし、むしろそんな目で見られたらいやだし。はあーすっきりした。これで血なまぐさい争いのプロフェッショナルになんてならずに済む!


「問題は親父の借金だな……2000万円。どうしよ」


 現代フットボールの世界に足を踏み入れるものは、そう多くない。誰だって安心かつ安全な生活を送り、適度な娯楽を楽しめればいいのだから。

 それでもやるというやつは、もともと『そういうやつ』か、あるいは金に困っているやつくらいだろう。後者はよく聞く。

 俺だって、親父に借金がなければ、フットボールなんてやらずに済んだだろうな。


「うちで、はたらく?」

「そいつぁ魅力的な相談だな」


 幼なじみのこの女とフットボールは無縁ではない。

 彼女の親父さんは、日本フットボール連盟のお偉いさんなのだ。


 公式応援グッズの売り上げがすさまじいことなら、俺みたいな馬鹿でもわかる。

 そんなおいしいお仕事に就けるのなら、万々歳だ。


 ああ。プロになれなくてよかった。

 血なまぐさい日常よ、さようなら。



 ◆ ◆ ◆


 俺の右足は石膏(ギブス)でがちがちに固められ、宙ぶらりんにされている。

 ベッドのうえで、幼なじみから差し入れされた電子ペーパーを楽しんでいたところだった。えっちなおねえさんがだいすきです。


「んんん、ちょっといいかねえ?」

「なんですか、先生?」


 医者が入ってきたので、俺はあわてて電源を切った。

 見知らぬひとだった。誰だこのひと?


「んんん、きみのことはとある筋から聞かせてもらってねえ?」

「はあ」

「なんでも、ダイヤモンドの身体を持つ青年なんだってねえ?」

「ただやたらと頑丈なだけっすよ。たかが銃弾でこのとおりっすから」


 相変わらず異名がおおげさに歩いてるわ。

 まあこの異名がカムフラージュになっていて、いいんだけど。


「たかが銃弾ねえ?」

「なにか?」

「きみの経歴は調べさせてもらってねえ。ジュニアの選手時代にシールドエネルギーが尽きていたにもかかわらず銃弾を受けて平気だったって、裏の記録があったんだがねえ?」

「……」

「どういうことなのかねえ?」

「しらねえっすよ」


 したり顔で医者はつづけた。


「ダイヤモンドというのはねえ、案外あっさりと砕けちゃうもんなんだよねえ?」

「へ、へえ。はじめて聞きましたよ」

「そうなんだねえ。摩擦や引っかき傷には強いんだけど、鉄のとんかちで叩くとあっさり砕けちゃったりするもんなんだよねえ」

「……」

「んんん、ぼくは諦めの悪い医者として有名でねえ。ついたあだ名が、ダイヤモンドの脳を持つ医師っていうんだねえ?」

「…………」

「きみもぼくと同類なんじゃないかと疑っているんだがねえ?」

「つまり?」

「《征服し得ない、屈しない》がきみの本質なんじゃないかねえ?」


 言い得ていた。

 征服し得ない、屈しない肉体を持つ少年。

 精神はまだわからないが、現代フットボールをするために産まれてきた申し子。

 それが俺の隠していた正体だった。


 ただし、その能力が発揮されるのは、意識しているときのみ。そうじゃねえと、身体の内側がやられて手術をされなきゃならなくなったときに、腹を開けられなくて困るからな。当然の仕様だったと思う。むしろそうでなかったら詰んでいたかもしれん。


「というわけで、ぼくが治しちゃうんだねえ」

「治されちゃうんですか!?」

「嫌なのかい?」

「い、や、で、す!」


 冗談じゃねえ。

 ようやく危ねえ人生から脱却できるチャンスが回ってきたんだ。そいつをなかったことにされてたまるか!


「んんん、じゃあぼくとの比べっこになるねえ……」

「……なにを言ってるんすか」

「《征服し得ない、屈しない》をもつ別々の個体がぶつかったとして、どうなるか興味があるねえ?」


 や。

 や、やめ。

 やめ!


 あああああ――――っ!!!



 ◆ ◆ ◆


 なんと数日後のデビュー戦に俺は間に合った。

 間に合わされてしまった……。


「けがが治ってほんとによかった、よかったよおおお」

「…………」


 俺は、幼なじみの女に泣きつかれている。


 血なまぐさい日常よ、俺は戻されちまったよ。

 ああ、こんな才能さえなければ平穏な日常を送れただろうに。いや、それでも借金2000万円は無理だったか。


「じゃああたしは観客席からうんっと応援するからね!」

「ほどほどにな」


 ジャキッ!

 はち切れんばかりの笑顔で、彼女はアサルトライフルを構えて機械音を鳴らした。


 ……死にたくねえなあ。


 今日もあわれな子羊が、鮮血を養分にして育った緑のフィールドに放たれるのだった。



(おわり)

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もうすぐプロのフットボーラーになる俺ですが、幼なじみの女と観戦してあらためて「プロになんてなりたくねえ」と考えながら実況しているので、相談に乗ってもらえませんか? 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro

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