攻略対象がマッチョとか聞いてない聞いてない

彩亜也

チェンジ!

——起きてくれ、


私を呼ぶのは誰?


——ヴィヴィアン、頼む、


ああ、この声はもしかして……。


そっと目を覚ますと、あまりの眩しさに再び目を閉じる。CV日高さとるの爽やかボイスキャラと言えば間違いなく『君と繋ぐ物語』略して『キミイト』のメインヒーロー・ニコライだと思うのだが、それにしては私を支える腕が丸太すぎる。これは……そう。ソファの背もたれに体を預けているような安定感だ。少なくとも引き締まったヴィジュアルの王子が出していい安定感ではない。だとすると、声をかけているのはニコライで支えているのは唯一のマッチョキャラのマクスウェル?彼は騎士団に所属しているから見た目も厳つくてヴィジュアル公開後すぐに一部の熱狂的ファンがついたのよね。————って、待て待て。私は何を冷静に乙女ゲーム脳炸裂させているんだ。彼らがいるはずないだろう。

(でも、今聞こえたのは間違いなく日高さとる様ヴォイスよ☆)

頭の中の私が囁く。

だとしたら夢ってこと?もしかして私深層心理ではマクスウェル系男子が好きだったのかな?

「ヴィヴィアン、大丈夫か?」

心配そうな爽やかな声、夢ならそれでいいや。とりあえず今は目を覚まして頭の中のイケメンに癒されようぞ。

今の状況を楽しもうと目を覚ますと、ありえない眩しさに目を焼かれて思わず仰け反り目を覆う。

「うぎゃあああ!目が、目が‼︎」

————忘れてた、なんかめちゃくちゃ眩しいんだよ!

思わず目を覆ってついでにマクスウェル?の腕の中からも離れる。

————シャンデリアのせいかな?

私は顔を下に向けて、シャンデリアの光が入らないように目を開ける。狙いが当たったのか私の目に飛び込んできたのは大理石の床だった。思った通り明るいけれど、目を焼かれるような痛みはない。やっぱりさっきのはシャンデリアを直視したせいだとホッとしてマクスウェル?やニコライ殿下の方を見て私は絶句した。

「え、なに?……宇宙人?」

私の視線の先には見たこともない発光体がいた。大きさは本場アメリカの野球選手かな?って感じで人の形はしているものの明らかに縦にも横にもデカい。一応補足すると横にもとは言ってもそれはデブとかの話じゃなくて、もっと引き締まっている——マッチョなくねくねと言った風貌だった。

「くねくねって、見るとやばいんだっけ?」

ポロッとそんな疑問が零れるほど私の思考は停止した。

「ヴィヴィアン……大丈夫なのか?」

何ということでしょう。光る物体から日高さとる様の声がするではありませんか。……これが、匠の技?

困惑する私に近づいてくるマッチョくねくねにフリーズしていると「ニコライ殿下、彼女は突然のことに困惑しておりますので、まずは休ませましょう」とCV真野圭太様の声が飛んでくる。

だとするとやはりこれは『キミイト』の世界だ。だって真野様が日高様と同じ作品に出たのはこれが初めてだもん。だとすると未来の宰相(色黒イケメン)がいるという事?!

私がニッコニコで当たりを見回すと、そこには色黒マッチョがいた。誰だお前。

「さあ、こちらへどうぞ」

あれー?色黒マッチョから真野様の声がするぞー?あれー?しかも眼鏡くいってやったら勢い着きすぎて天井にめり込んじゃってるぞー?

さらに困惑する私。と言うか最初からちょいちょい見切れてるゴリラなんなん?この城舞踏会にゴリラ連れてくるん?何の余興?

理解に苦しむ状況に一周回って腹が立つ。するとマッチョくねくねはゴリラの方を向いてとんでもない事を言った。

「マクスウェル、ヴィヴィアン嬢を隣の部屋へ運んでやってくれ」

「ま、ま、マクスウェルー?!」

ま、間違いなくこのマッチョ、ゴリラのことをマクスウェルって呼んだ!!は?何事?何故?

「ウホッ」

マクスウェル、ウホッって言った!完全にゴリラじゃん!ゴリラだよ!!何でだよー!マクスウェルって言ったらマッチョだけど人間だったじゃん!つーか、さっきから受け入れたくなくてUMA扱いしてたけどこの光る物体絶対にニコライ殿下だよね?!だってCV日高さとるだもんね‼︎そんで?こっちのメガネ系色黒マッチョはCV真野圭太様って時点で絶対にサラザール様だよ、マジかよサラザール様ヴィジュが一番好きなのに、勘弁してくれよ‼︎

夢の中とは言えあんまりな状況に取り乱す私をゴリラは担ごうとする。

「やめろぉおおおおおお!」

私はゴリラにアッパーを喰らわせると一目散に駆け出した。目から涙が止まらない。どうしてこうなってしまったの?私はただイケメンと恋愛を楽しみたかっただけ(ゲームで)なのに……。

「危ない!」

「うわっ、なに?」

後ろの方でニコライ殿下の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間私はコンクリートの壁にでもぶつかったんか?ってくらいの衝撃を喰らう。

でも、ぶつかる前に聞いた声は間違いない。新人声優の木村シュリ君だ…!

でもぶつかった衝撃から言って絶対マッチョ!

淡い期待も目を開けた瞬間儚く砕け散った。本来ならヤンデレ系執事キャラのゼノ君は真面目後輩系マッチョに進化?している。全然闇を感じない真っ直ぐな目にただただ涙が溢れる。

「も、申し訳ございません!お怪我はございませんか?」

声は……声はそのままなのに。

余計に涙が溢れる私の前にそっとハンカチが現れる。

「全く、君はいつも泣いているね」

ハッ、声から察するにこれはガロン先生……えーん、やっぱりマッチョだよぉ〜。

「そう言う時は筋トレが一番だよ」

しかも脳筋みたいな事言ってる〜。

「失礼します!」

もうやめて、これ以上私の幻想を壊さないで〜。

ゲームと夢のギャップに耐えきれずそのまま会場から飛び出す。これからどうするべきかもわからずに、私はなぜか中庭に来てしまった。そして青ざめる。ここには彼がいるのだ。CV島田陸様が演じる妖艶な留学生リュート様があばばばば。

「やあ、こんなところで誰かに会うとは思わなかったよ」

ウインクと一緒に白い歯を見せつけてくるリュート様、なんかチャラいサーファーみたいですげー嫌だー!!

本来であれば面倒事が嫌いなリュート様なのに頼まれたら樽でもヤギでも担ぎそうなマッチョに改悪されている。

「あ、どこに行くんだい?」

「追いかけてこないでー!!」

必死で走って開いていた部屋に適当に飛び込む。幸い誰もいないようで、ようやく私は一息つけた。

思い返してみると全ての攻略者に会ったのに、誰一人としてゲーム通りじゃなかった。それどころかなぜかみんなマッチョで私のSAN値は削れる一方だ。

「でも待てよ……たしか攻略キャラはもう一人いたはずだわ」

ゲームの二周目、ゼノ君と同時に解禁される“病弱王子”のミハイル様なら、もしかしたらマッチョじゃないかもしれない。

「そうよ、ミハイル様は病弱なのだからマッチョになんてなれないはずだわ……って言うのも失礼かしら?」

なりたくてもなれない人だっているものね。ちょっと反省。

「ミハイル様を攻略すれば良いんじゃないかしら?エンディングまでに夢は覚めちゃうかもしれないけど、エンディングまで辿り着けばリセットされてみんなも戻るかもしれないし、やってみる価値はあるわよね!」

その時、扉の向こうで私を探す声が聞こえてきた。

「ヴィヴィアン!どこにいるんだ、ヴィヴィアン!」

「ヴィヴィアン嬢!いたら返事をしてください!」

「ウホッ、ウホウホッ!ウッホ〜」

「ヴィヴィアン、とりあえずダンベル五キロから始めよう、大丈夫。僕がいるから!」

「ヴィヴィアン様〜?どちらにいらっしゃるのですか?」

「ヴィヴィアンちゃん?どこにいるんだい?出ておいで」


「まずはこの人達から逃げないと話にならないわよね……よしっ、ニコライ様を目指して頑張るぞ‼︎」


こうして、私のマッチョじゃないイケメンを求める一夜の冒険が始まったのである——。

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