困窮した世界で口減らしの言い訳に異世界を信じる連中に殺された俺達が勇者と勇者の保険になって魔王を倒しに行った話。

さんまぐ

重い始まりと日本の今と何もなかった男の話。

第1話 何もなかった男が壊れるまでと異世界からの帰還者の話。

その男には何も無かった。

静かにしていれば暗い、怖いと言われ、明るく賑やかに振る舞えばうるさい、気持ち悪いと言われた。


親は男には興味がなかった。

だが一応最低限の金だけは出てきた。


本当に最低限だった。

どの教材も1番安い物を買い与えられた。

金は潤沢にある。男のために使うから貯めたと周りに吹聴していたが金のかかる事は何一つしなかった。

最低限の安物を与えて「何とかしろ」と言われてきた。


男はこの状況を何ともできず…教材なんかを教師がツテで手に入れると親は得をしたと喜んだ。


進学先も男は決められなかった。

教師達がアレコレ動いてようやく候補の中から通学費と学費が1番安くなる所に通う事にした。


学校生活は淡々と過ぎた。

自由参加のモノは全て断る。

そうするとすぐに輪から外れた。


そんな男が就職を果たした先は俗に言うブラック企業だった。金払いはマシだが金払いだけで過酷な過密労働だった。


仕事を始めると親は生活費の名目で男から金を搾り取った。

男の金で家が潤っても男の立場は改善されない。

そんな中、職場結婚をして家を出た。


貯金なんてモノはロクに出来て居なかったがそれでも家具一つない中で部屋に布団のみの中で結婚生活が始まる。


妻になった女との2馬力と言うこともあったが3ヶ月もすると一般的な生活が手に入った。

ようやく男にも平和と幸せが訪れたと思った。


だがそれは3年しか続かなかった。

妻になった女は不倫をした。

元々は夫婦でブラック企業に使い潰される必要はないと言って妻は妊活を理由に転職をした。


転職先にいた上司の男と関係を持った。

理由はお決まりの「男が忙しいせいで寂しかった」というモノだった。


そして相手の男が問題だった。ある日妻が連れてきた男は40も年上の老紳士で「安心してください。私は老齢で男性機能を失っていますので身体の関係はありません。プラトニックな関係です」と言い始めた…。


プラトニック・ラブ。

精神的恋愛。

男からすれば尚の事タチが悪い。


まだ無理矢理身体の関係を迫られたならば許す隙もあったかも知れない。

だが肉体的な関係のない精神的な関係の何処に隙があるのか?


しかもここで話は終わらない。

妻はこのまま老紳士との関係を続けつつ男の妻で居たい。金とたまの性的欲求の解消と子を持ちたい気持ちを男で済ませて、心は全て老紳士と共にありたいと言い出した。

老紳士も妻に死水を取って貰いたいと思っている。死後の遺産は妻に相続させると言い出した。



最早これは相談ではなかった。

2人で話した結果の報告で男に残された道は「YES」という事、受け入れることだけだった。


男は壊れた。

その場から走って逃げた。

どこをどう逃げたか、どれだけ走ったかわからない。


男は1週間後、地方の観光地…自殺の名所で保護をされた。

捜索願は老紳士と妻の名で出されていた。


このことで男は完璧に壊れた。

動かない男に価値はなかった。




世界は困窮していた。

水や食料、燃料が高騰し枯渇するようになると死刑制度の反対論者達は始めから存在していなかったようになりを潜めた。


そして安楽死や尊厳死が認可合法となった。

世間は死にやすい風に変わっていく。

連日テレビでは安楽死や尊厳死を褒め称えるような番組や特集が組まれ「今日は有名歌手の⚪︎×さんが安楽死の施設に笑顔で手を振って入って行きました」と言うアナウンサーの言葉の後に若い頃は高音域の歌声が自慢だったが50を目前に声の出なくなった歌手が自分を終わらせると言って安楽死の道を選んでいた。

国は安楽死、尊厳死の際には葬儀費用を国から出していた。これによって遺族に残せるお金も増えるとあって予約が殺到するようになる。


そして介護疲れでの殺人も事件として処理されなくなると途端に死者の数は増えた。

緩やかにだったが世界の困窮は緩和され始めた。



そんな中、嘘か真か異世界からの帰還者を名乗る男が現れた。


「私は16の時、居眠り運転のトラックにはねられた。そして死を覚悟したが次の瞬間、異世界カマセーデに居た。カマセーデは剣と魔法の世界で、私は神に与えられた力で無双をしてきた。元々帰還する予定は無かったが、カマセーデで悪行を働く魔王の力でこちらの世界に戻されてしまい向こうに帰る手立てを失ってしまった。だから私はカマセーデに仲間達を送る事にした」


そう言った異世界からの帰還者の言い分はカマセーデに行けない自分の代わりに向こうの世界を救いに行ける人間を探していること、要するに自身と同じ体験をしてカマセーデに行けと言い出した。


これに国は喜んで飛びついた。

最早存在の不確かな異世界なんて関係ない。

「トラックにはねられて異世界に行ってきた男」が居て「トラックではねて殺しても実は存在のよくわからない異世界に行けているから問題ない」と言う話があればそれでよかった。


異世界からの帰還者はこれを事業にした。

1人送るたびに国に金銭を要求する。

国は端金で口減らしをしてくれるのならとWIN-WINの関係になる。


これも簡単な話で、安楽死や尊厳死を認可しても案外消えて欲しい人間はしぶとく残る。


まだワンチャンスあると信じて疑わない。

逆に有能な人間から我先に名乗り出て消えていった。


これにより働く意思のない労働適齢期の若者や働くことのできなくなった人間を合法的に間引けるようになった。


それも自選他選は問わない。

働く意思のない者や働けなくなった者は周りからの推薦が有れば異世界に送られる事になった。

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