第16話 暗殺の計画

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 彼はフード付きの黒ずくめのローブに着替えながら、俺たちに暗殺の計画を話し始めた。


「ある御方から直々に依頼された。厄介な治安兵士のリーダーと、ストーズの王を暗殺しろと」


 ここは森の中だから誰も来ることはないだろう。モンスターが来たとしても、彼なら簡単に討伐してしまいそうだ。真っ暗な森の中、俺とネオルはそこら辺に落ちていたガラスの破片越しに彼の着替えている様を眺めている。


 多重人格だからかよく分からないけど、俺やネオルのような鏡の中にいる人間は、反射する物質を伝って暗殺者の彼の目の前に姿を現すことができる。他の人からは見えない、彼にしかそれらは見えない。だから「何を言ったって無駄だ」とネオルは諦めている。


 ところで、さっきから言っている治安兵士というのは何だ? ストーズは何となく聞いたことがある、確かセントリーの隣かその隣にある小国。詳しい情報は知らない。


「名前の通り、治安を守る兵士。モンスターを討伐し、技術の発展を守る秘密組織だが……実態は真逆。モンスターの技術を悪用しセントリーを滅ぼそうとしている輩だ」と、彼は丁寧にナイフを拭きながら説明してくれた。


 秘密組織か、なら俺が知る由もない。モンスターの技術を悪用している、なんて悪い組織なんだ。もしかしてバルパーの城を襲った時に彼が狙っていたのは……治安兵士のリーダーだったのか?


「そうだ、ちょうどバルパーのディブル城に治安兵士のリーダーであるラトラ・マグラウトが偵察に来ていた。もう少しで殺せるはずだったのに、お前に体を奪われた。もう少し俺の精神が強かったら殺せていたのに」


 やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ。ルイさんと喫茶店で一息ついていたら城で爆発が起きた。そうして目覚めたら城の中で人を殺していた。あれは、目の前でナイフを拭いているあいつのせいかよ。


「俺の人生を邪魔するな」と、俺はボソッと口にしてしまった。


「俺の人生?」と、すかさず彼は落ちているガラスを睨みつける。


 だって本当に俺の人生が掛かっている。俺が無意識のうちに病んでいて、それでネオルとか暗殺者を生み出してしまったのは恐ろしいことだ。だからと言って彼らに人生を奪われてしまったら本末転倒だ。もっと病んで、もっと他の人格を生み出してしまうかもしれない。


「いいや、俺の人生だ。エルド、俺を生み出してくれたことには感謝している。だが俺はやるべきミッションがある。お前がモンスターの滅亡を望むように、俺は暗殺者として人生を全うする」


 ガシャン!!


 そう言うと彼は、落ちていたガラスを踏みつけた。ガラスは割れ、俺やネオルは彼の姿を見ることができなくなってしまった。


 真っ白な空間の中で、俺とネオルは何もできないまま時間が経つのを待っている。そしていつの間にか俺たちは、黒いローブを纏って黒い手袋を付けて白い仮面を被っている。外の世界にいる暗殺者の格好と繋がっているんだろうな。


「……もう少し早く伝えるべきだったかも」


 ネオルは真っ白な地面に座り込み、頭を抱えながらそう呟いた。


「……ネオルと暗殺者は、いつ生まれたんだ?」


 俺はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。俺はいつ人格を生み出してしまったんだろう。自覚が無いんだ、本当に。人生で辛いことは沢山あったけど、それら全部を乗り越えて来たつもりだった。悩みも何もかも、全部自分で解決してきたつもりなのに。


「いつ生まれたかなんて分からない。ずっと生きてきたような気がする。ネオル・パーラーという名前で。家族も持っていたし娘もいた、ツェッペリンという都市で、貧しいながらも幸せだった」


 彼は地面に座り込み、仮面を無理やり剥がして泣きそうになりながらも説明を続けた。


「ある日起きたら、全く知らない土地で人を殺していた、名前も知らない村の村長を。夢だと思ってもう一度寝てみて、起きたら家族が待っていた。その時は夢だと思ったけど、違った。暗殺者の彼が僕の中にいることが判明したんだ」


 ……ネオルに家族がいたなんて。見た目も同じで同い歳であるはずなのに。


「正確には同い歳じゃない。君がどこかのタイミングで安らぎを求めて生まれたのが、この僕。『家族を持ちたい』なんて夢でも見たんじゃないか、だからか僕は今年で35歳……という設定になっている」


 彼は涙を流しながらも、必死に俺に向かって説明してくれている。ただ、どういった返答をすればいいのか分からない。とにかく情報を受け取るのに精一杯だから。泣いている彼の背中を撫でることくらいしか、できることはない。


「怖くなって、僕は家族を置いて逃げ出した。するとジャッカルが『お前は多重人格だ』と言ってきた。そこで僕は決意した、僕は作られた存在なんだって。そこからは、主軸である君を邪魔しないようにサポートしてきたつもりなんだ」


 強烈な情報、俺はこれを一気に整理することなんてできなかった。頭の中にモヤモヤが残っている。家族が欲しい、安らぎを求めて生まれた、こんなこと意識した記憶なんてない。無意識だからか、それは怖い。怖すぎる。


 と、ここでまた外の世界が見えるようになった。


 理由は……ジャッカルが暗殺するためのナイフをケースから取り出したため。説得する最後のチャンスだ、何が理由であれ、暗殺は悪いことだ。実際にネオルの人生がめちゃくちゃにされた、彼のせいで。暗殺者を、内側から止めなければ。


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