殺私屋(ころしや)

三日月てりり

殺私屋(ころしや)

 殺私屋(ころしや)

2019/9/12 7:56 初稿

             三日月てりり


 誰でもいいから早く僕を殺して欲しい。僕を殺した人に賞金をあげるよ。少ない、乏しい、はした金だけど、無いよりマシだろ。そう、ほんの小金だ。僕は世界が滅びたらいいと信じる。実行する力は無い、世界を滅ぼすなんて。でも僕は、自分という世界を殺すことはできて、それで世界を閉じたい。誰かが関与してくれるなら、セカイ系だって構わない。でもそんな誰かなんていなくったっていいんだ、僕は僕を救済できればそれでいいんだから。誰も僕を救えないんだから、僕は僕を殺して、世界から自分を救わなくちゃならない。僕の心の中にあるオアシスを、誰の手にも渡してはならない。けれど、奴らはやってきてしまった。心を侵食し死に至らしめ、不当な物に置き換え不本意に生き残らせる、ゾンビ製造隊が。

 ゾンビ製造隊は僕の心の中のオアシスを枯渇させ、僕を死んだにも等しい抜け殻に変えてしまった上で、全く意味のない無益な魂の根を植え付け、生きるに値しない意味のない肯定感によって、生きる価値も無いまま体の限界まで生きさせる工作をする、簒奪された現在の宗教政府(それは偽の政府と言っていい)の作ったプロパガンダ部隊なのだ。生きる価値のない肯定感。その正体は今の一般人には知りようがない。一般レベルでは、旧世紀に失われた知識らしい。リテラシーが失われた現在の世界ではわからないことの一つ。けれど僕の心の中の美しい花、水辺、楽園が、奴らの植え付ける悍ましい現世利益によって上書きされ、心の中から失わされてしまうことは目に見えてる。だからそうされてしまう前に、一刻も早く死ななくては。僕は腰の銃を手に持ち、頭に向けて引き金を引く。高く響く音が聞こえた気がすると同時に、頭の中身が外に向かって放たれていくのを感じる。こぼれ落ちたものは、もう拾い集めても元に戻らないだろう。僕の意識は瓦解し、断片的な思いの切れ端へと散らばっていく。死んでしまうことなんてこんなものだ。痛すぎて、苦しすぎて、決して耐えられない永劫のこの瞬間を経て、人は死して失われていく。そうして人からも忘れられ、誰からも忘れられた時、本当の死が訪れる。そうして初めて、僕は僕の心の中のオアシスを守り抜けたことになるのだ。さあ、人々よ、偽政府よ、神よ、僕はお前たちから逃げおおせた。まんまとしてやったんだ。ははははは。笑いが止まらない。僕はお前たちなんかには捕まらなかったぞ。この思いも雲散霧消し、僕はこの世界から消えて、醜く飛び散った形骸が世界に残された。

 僕はそうして終われたはずだった、が、僕の魂は世界の影の側面へと収束されていた。それは生き残った人々がふと元気を失くした時、そっと忍び寄るもの。人が生きている間であっても、死に接近することは多々ある。そういう時に忍び寄る影、僕はそれになったのだ。忍び寄る影は人間ではない。そして人間を絶えず見張ってる。君の、ねえ、そう、あなたの首筋に、僕は這っているよ。気付かなかったろう。耳の後ろにも、体のくすぐったいところ、手の届かないところ、そういう所に、僕は絶えず蔓延ってる。ぬめぬめとした存在なんだ。カタツムリかナメクジのように這う僕は、あなたの手が届く寸前に、ふっと違う影に移るんだ。気をつけ給え、諸君。気をつけ給え、人の心を脅かす人。気付かぬ間はいつだってゾンビ製造隊に在籍している今これを読んでるあなたの、心の弱い部分を僕は増幅しているよ。あなたが死ぬまで僕はいなくならない。あなたが失われるまで、僕はあなたの影に居る。あなたが人に嫌な思いをさせた分だけ、あなたの魂の楽園が失われるよう、僕はいつでも潜んでいるよ。わかったね。可哀想だね。僕はあなたの運命を気の毒に思う。だからあなたは、死ぬまで僕から労られながら嬲られるんだ。楽しみにしていておくれ。今もあなたの首筋にいるからね。そうそう、僕はもうそこにはいない。耳の中を覗いてごらん、僕はそこに居るからね。今はまぶたの裏にいる。今は足の裏、そうそう、今は口の中だよ。ふふ、おかしいね、君は永久に僕に触れない。僕は永久に君に触り続けるのに。君がいつか死んだら、僕は君を僕の後任にして、自分自身を浄化してしまうからね。だから影の世界に来たからって、僕に復讐することもできないよ。おめでとうね、魅入られたあなた。あなたはもう、逃れられない。


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