今夜、フラれる気がする。
燈外町 猶
第1話・どうして、彼女の隣にいるのが私なんだろう……。
じんぐーべー、じんぐーべー。
待ち合わせ場所の駅前にはどこからともなくクリスマスソングが鳴り響き、仕事終わりのサラリーマンすらどこか浮かれた表情を浮かべています。
(流石に早く来すぎたな……)
(さっむ……)
タブレットを膝に置いてペンを握ってみたものの、指先が
拙い一枚絵を創りつつ、もう少ししたら訪れるであろう三上さんのことを少し、想いました。
×
三上さんとは大学の漫研で出会って、女子の人数が少なかったこともありすぐに仲良くなりました。創作以外も首尾よくこなし容姿端麗でコミュ強な彼女と、どこにでもいる陰キャオタク絵描きの私は、こんなきっかけでもなければ一生関わることもなかったでしょう。
互いに大学を卒業して三上さんは就職、私は漫画家を目指すためフリーターの道を選んだ後も、ありがたいことに交流は続きました。
よく
「恋人なんていらない。
その金曜日も私の家で二人して宅飲みに耽っていました。三上さんは上司や同期が言い寄って来てうざい的な愚痴を零していて、私と彼女の関係性に話題が変わったのは、その延長線上。
「……でも、絹枝ちゃんが恋人になってくれるなら話は別」
それ以上は何も言わずに、ただジッと私を見つめた三上さん。難しい言い回しだなぁと思いつつも、私なりにそれを告白として受け取り――
「……私のダメさ加減を知り尽くしている三上さんが、そう言ってくれるなら……」
――ぐびっと缶に残ったビールを一気飲みして、答えます。
「……なっちゃいますか、恋人」
「…………うっ……うぅ……」
途端に三上さんは両手で目を抑え泣き
「えっ、なんで泣くんですか? まさか冗談でした? こいつ真に受けやがった……的な感じなんですか!?」
「違くて……。ダメ元、だったから。今までの五年、全部台無しになっちゃう可能性もあったし……嬉しさと……安心で……なんか……涙腺決壊しちゃった……」
「それなら良かったです」
「これからはこういうこと、しちゃダメだからね。私以外に」
私が差し出したハンカチで目元を抑えながら、鼻声で言う三上さんが、とてもいじらしく思えて、その瞬間から私も、彼女を彼女と意識し始めて……。
「そもそも三上さん以外と食事する機会がないのでご安心を」
「……ん」
そんな風にして恋人と相成った私達ですけれど、今までに何か大きな変化があったかと言わればそうでもない気がします。
いや……変わらなかったのは私の状況ですね。お付き合いが始まって一年が経った今も、渾身の作品はダダ滑りするばかりで商業デビューの兆しは見えず、最終選考落選だの奨励賞だの止まりで連載には繋がりません。ファンの皆様のご支援とバイト代で生きている……相変わらず、フリーターのまま。
対して。三上さんはエリート街道まっしぐら。日本人なら誰でも知ってるしお世話になっているであろう大企業の社員で……しかも前にポロッと聞いた話だと人財管理部とかいう、その会社では出世コースに乗っているらしいですし……。
待ち合わせ時間よりもこんなに早く来てしまったのはそういうわけで、つまり、落ち着かなかったんです。
歴然として開いていく差、突然の外食のお誘い、あと二週間後にはクリスマス……なんというか……今夜、フラれる気がしてなりません……。
×
「絹枝ちゃん」
集合時間の10分前、改札の方面から小走りで三上さんがやってきました。
「ごめんね、待った?」
「いえ、全然」
ペンをしまって何気なく振った私の手をサッと掴んだ三上さんは、目を細くして呟きます。
「冷たい……それに絵の進み具合からして……1時間以上ここで待ってたでしょ」
なんて恐ろしい観察眼! これもエリートの為せる技……!
「いつも言ってるでしょ、遅刻するくらいでもいいって。絹枝ちゃんが風邪引いちゃったらどうするの?」
「ちょっとですよちょっと。この絵も、家で描いてたものの続きですので」
「……そういうことに、しておいてあげる」
私のバレバレな嘘を大目に見てくれると、三上さんはご自身の手袋を外して私の右手に装着。そして左手は彼女の右手に繋がれて、コートのポケットにずぼっとイン。
「これでよし」
「ふふ。あったかいです」
「あっつあつになるまで離さないから」
×
「……ぅ」
「どうしたの? 絹枝ちゃん」
「思ってたよりもオシャレなお店で怯んでます」
「あはは、見た目よりもカジュアルなお店だからリラックスリラックス」
三上さんに導かれるまま訪れたのはおしゃ~んな肉バル。窓際の席に隣り合って座ると、イルミネーション混じりの夜景も見えちゃったりしてステキです。ステキ過ぎて怖いです。三上さん……こういう引き出しもたくさん持ってて本当にすごいです……。
「お気に召した?」
「それはもう!」
外装内装だけでなく、出てくる料理もオシャレでしかも美味しい! 特に牛ハラミとローストビーフがお酒に合って……いくらでもいけちゃう……。
「三上さんはどうしてこういうお店を知っているのですか?」
「んー……秘密」
はい! フラれる気がする要因追加! まぁ私程度には語るべくもないと判断されるのは仕方ないことです。ここは笑って流しましょう。
「ふふ、いい女に秘密はつきものですね」
「じゃあ絹枝ちゃんは私の知らない秘密ばっかりってこと?」
「いいえ。私は相応に薄っぺらい人生ですよ」
「そんなことないもん」
コテっと。三上さんは私の肩に頭を乗っけて、少し、眠たげに言います。
「絹江ちゃんといる時間だけ、本当の私になれるんだ」
「というと?」
「ほら、会社にいる時とか、一人でいる時とか、人間っていっつもいろんな”自分”を持ってるでしょ? どれが本性かなんてわからないけれど、私はね、きっと、絹枝ちゃんとこうして一緒にいる時間が、本当の私なの。だからこんなに心地良いんだと思う」
「三上さん……」
なんて哲学的かつ良いことをおっしゃるのですか……! メモ取りたい……!
そうです、三上さんは大学時代からずっとすごかった。人一倍深く物事を
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