第23話

「———ということがあったんだ」


 フィアから色んな話を聞いてから少しして。

 僕はリンシアの下に訪れていた。

 この時間はシスター見習いの入浴時間。そのため同室にはロニエはおらず、寝間着のリンシアだけだった。

 まあ、フィアのことを離しに来たからいないのは当たり前なんだけどね。フィアに勘づかれたくなかったから、入浴のタイミングを狙わせてもらった。

 ちなみに、牧師見習いであるリンシアは僕達ともフィア達とも違う時間に入浴することになっている。それは、今の火照った彼女を見れば分かるだろう。


「なるほど、だからちょっと見かけた時にアズラフィアが元気なさそうだったのね」

「うん、それでどうしたらいいか相談に来たんだ」


 任せてと豪語したのはいいけど、具体的な案が思いつかなかったので、リンシアに意見をもらおうと思った。三人寄れば文殊の知恵って言うしね。

 本当のところは突撃訪問して、抵抗するお兄さんを縛ってフィアの前に連れてこられればいいんだけど、相手は貴族だし下手は打てない。

 まぁ、お兄さんが平民だったらそもそもこんなことにはなってなかったんだけどね。


「ふぅ~ん……どうして私のところに来たの?」

「え? リンシアが一番の付き合いだから」

「そ、そう……」


 今更なんでそんなことを聞くんだろうか? 僕とリンシアは見習い開始の時からの付き合いだし、誰よりも仲がいいと思っているのに。

 そんな頬を赤らめる理由が僕には見当たらない。


「ま、まぁいいわ。それにしても、アズラフィアが貴族だったなんてね」


 咳払いを一つして、リンシアが話を戻す。


「なんとなく「そうなんじゃないか」とは思っていたわ」

「あ、リンシアも思ってたんだ」

「えぇ」


 確かに、食べる時とか気品が出てたもんなぁ。纏う雰囲気も「お嬢様」って言われたら納得しそうなほどお淑やかさを醸し出してたもん。

 僕だけじゃなくて、やっぱりリンシアもそう思ってたんだね。


「あの子、飛び抜けて可愛いものね」


『可愛い=貴族』の構図を僕は初めて聞いた。


「とはいえ、そう簡単な話じゃないわよね。私も平民だから貴族の話なんてよく分からないし」

「うん、しかも相手は公爵家。それも婚約破棄っていう一件でピリピリしてる家だ」

「だからできることは限られてると思うわよ? っていうか、話し合って説得するしか方法がないんじゃないかしら?」

「そうだよねぇ」


 フィアの前にお兄さんを連れて来ること。これが、今回の問題を解決するための答えだ。

 ただ問題はどう連れてくるか。縄で縛って連行してもいいけど、貴族に手を出したら僕の人生もおじゃんだし、フィアも罪悪感を覚えてしまうだろう。

 だとしたら、自らの意志でお兄さんがリンシアの前に現れてくれるしか方法はない。そして、お兄さんのあの様子を見る限りちゃんと説得しないと無理そうだ。

 リンシアの言う通り、まずは僕が話し合うしか方法はないだろう。いきなりフィアを連れて行っても逃げられるだけだろうし、そもそもお兄さんの下に行くなら家になるし、そこにフィアを連れて行くわけにもいかない。


「うーん……一介の平民が「ごめんくださーい」で突撃して相手にしてもらえるかなぁ?」

「普通は門前払いされるわよね」

「そっか……」


 やっぱり、この問題はすぐに解決できなさそうだ。

 何かいい方法はないか、僕は頭を悩ませる。


「そんなに悩まなくても、一つだけ方法があるわよ?」

「え、あるの!?」

「えぇ」


 こんなにも悩んでいたのにサラリと言ったリンシアに驚いてしまう。


「『巡礼拝』って仕事、知ってるわよね?」


 講義で習った。『巡礼拝』っていうのは、忙しくて中々教会や大聖堂に行けない信徒の家に聖職者である牧師や神父が訪問して、簡易的な礼拝を行うことだ。

 基本的に、礼拝は礼拝堂で決められた時間で行うんだけど、『巡礼拝』は仕事の都合で礼拝に参加できない人に行われるもので、信徒が指定した時間に合わせて行くからわざわざ足を運べない人は大喜びなことだ。

 でもこれは誰にでもやってあげることはできない。人員を割いて行うわけだし、それなりにお金がかかる。そのため、『巡礼拝』をしてあげる信徒は何回もお金を払うことができる貴族が大半なんだとか。


「今時、ルシア教の信徒じゃない人は少ないわ。きっとカラー公爵家も信徒でしょうし、『巡礼拝』をしている可能性が高いわ。聞けば、上の爵位の人ほど『巡礼拝』は多く依頼しているんだとか」

「だったら、その『巡礼拝』にかこつけてお兄さんに会うのがベストってことだね」


 会うことさえできれば、あとは説得できるかどうか。とりあえずっていうより、大きな土台が完成する。

 だったら、僕は『巡礼拝』に参加するしか方法はないってことだ。


「ただ、僕達は見習いであって、礼拝をするのは正式な聖職者じゃないとダメなんだよね」

「そうね、当たり前のことだけど」

「お願いするしかないか……誠心誠意裸で土下座して」

「どうして脱ぐ必要があるのよ」


 誠意がしっかり伝わるかなと。


「それで、問題は上の人に会えるかどうかだけど……」


 上の人となると、一介の神父や司祭様じゃダメだろうし、お願いするなら大司教様しかいない。だけど、今は課業が終わったあとだ。ただでさえ牧師見習いは中々大司教様に会えないのに、この時間じゃもう会えないだろう。


「そんなの、懺悔室に行けばすぐに会えるじゃない」

「ハッ!?」


 盲点だった! あの暴力大好き大司教様だったら、常に懺悔室にいる! 望めばすぐにでも合えるし、お願いもできるじゃないか!


「ありがとう、リンシア! 君のおかげでなんとかなりそうだよ!」

「気にしないで、私もアズラフィアみたいな可愛い子が悩んでるなら助けてあげたいもの」

「よしっ! そうと決まれば―――」


 僕は立ち上がり、拳を思いっきり突き上げた。


「覗きに行くぞ!!!」


 シスター見習い達から「懺悔して」と言われれば『強制懺悔措置機』で懺悔室に行くことができる。ならば、お風呂場を覗きに行くのがベストだ。


「ここでそのまま懺悔室に行くっていう発想が思い浮かばないあたり、流石だわ」

「やめてよ、そんなに褒めないで」


 照れちゃうじゃないか。


「さてと、じゃあ早速行きましょうか」


 そう言って、リンシアは腰を上げた。


「あれ、リンシアも行くの?」

「私とあなたとの仲でしょ―――あなただけに、やらせたりはしないわ」

「リンシア……」


 顔所の言葉に、僕は思わず胸が熱くなる。

 こんなにも友達想いの友人を持って、僕はどれだけ幸せ者なんだろうか。


「よしっ、じゃあ二人で行こう! 女の子の浴場に!」

「えぇ、正面から堂々とね」


 僕達はそのまま、リンシア達の部屋をあとにする。

 フィアの悩みを解決してあげるために、大司教様にお願いをしに行くために。

 僕は頼もしい友人を横に―――浴場へと向かった。

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