第20話

 生まれた瞬間貴族と定められた私の生き方は、正直窮屈なように感じました。

 どこに行っても家に恥じないような行いが求められ、どこに行っても『公爵家』という箔を身に着けた私しか見られませんでした。だからこそ周囲は期待し、その期待は『公爵家の娘』に向けられたのでしょう。

 物心がつき、ある程度の分別もつくようになった頃にはそれがよく分かりました。

 誰一人として、公爵家としての私ではなく『アズラフィア』としての私を見てくれません。


 けど仕方ないのだと、自分の責務で、そういう生き方をしなくてはいけないのだと納得します。窮屈で、寂しいと感じていても、どうすることもできないのですから。

 それでも、お兄ちゃんだけは違いました。

 厳格な母と父とは違って、優しくて頼りになって、いつでも笑顔とたぶんな愛情を向けてくれる。


『ん? どうしたフィア~? 寂しかったんだろ、正直に言ってみろよ~? お兄ちゃん、今日はどこにも行かないから一緒にいてやれるぞ!』

『やっぱりフィアは世界一可愛いなぁ、おい! 一緒に写真撮ろうぜ? 学園の奴らに自慢するからさ!』


 時々困らされることはありましたが、私はそんなお兄ちゃんのことが大好きでした。

 気がつけば後ろをついて歩き、寂しいなと思えば傍に寄る。誰がなんと言おうとも、私にとっては世界一のお兄ちゃんです。

 この先どんなことがあっても、お兄ちゃんさえいれば私はなんとかなる―――寂しくないんだと、ずっと思っていました。

 でも、私はおとぎ話に出てくるような姫様のポジションにはなれません。いつかは、どこかの貴族に嫁いで何一つ不自由のない生活を送る―――劇的なイベントが起こるわけもなく、ただ決められたレールに向かって歩かなくてはいけません。


 それが、『王太子殿下』との婚約でした。

 妥当と言えば妥当です。何せ私は王家に次ぐ公爵家の血を引く者。更に、王太子殿下と同年代は私しかおらず、他に選択肢もなかったのですから。

 決められた人との結婚……というのは、正直嫌です。

 好きな人を見つけ、愛し合って、その上で結婚したいなと思ってしまいます。女の子ですから、誰かのお姫様になりたいと思ってしまいます。

 それでも私は貴族で、そうも言ってられないというのは重々承知しています。それはずっと昔から分かり切っていたこと。

 だからその婚約が決まった時は「ついに」という気持ちが大きかったです。

 泣き出したくなって、嫌で嫌で嫌で……その話を聞いた時は、思わず泣き叫んで家を飛び出したのを覚えています。


 その時だったんです。私が憧れたシスターに出会ったのは。


『塞ぎ込んでもいい、立ち止まってもいい。なんだったら、後ろに下がってたっていい。前を向く必要なんて、時にはないこともあるんですよ。大事なのは、塞ぎ込んでいる自分を満足できるか。それだけです、あとは勝手に自分の気持ちが「どうしたいか?」という言葉を出してくれるのですから』


 シスターのおかげで、救われたような気持ちになりました。

 もちろん根本的に何かが変わったわけではないのですが、それでも受け入れよう……前を向こうと思いました。

 だって、立ち止まっても迷惑をかけるだけです。両親に―――お兄ちゃんに、迷惑をかけてしまう自分は嫌ですから。

 だから、貴族として、これから国を支えていく一人の人間として頑張っていこうと思いました。妃としての教育も、国の理念も、上に立つ者の知識も。私は、今までにないぐらいに頑張りました。

 ですが、一つだけ―――本当に一つだけ、どうしても治らないことがありました。


『アズラフィア……お前、少しは俺に慣れろ。触っただけで恥ずかしがるとか、こっちが萎える』

『も、申し訳ございません……』

『ふんっ、面白くない。見てくれは可愛いのに、これだったらまだどこぞの女を相手にした方がマシだ』


 殿下に嫌われるわけにはいきません。

 これからの伴侶にもなりますし、この婚約がどういったメリットをもたらして白紙になることがどれだけの損失になるのかが分かりきっていたからです。

 ですが……治らなかったんです。どうしても、男性と話すだけであれば大丈夫なのですが、他の耐性というのは中々つけられませんでした。

 努力しようにも、婚約を控えている令嬢が他の殿方と過度に接触するわけにはいきません。ですので、殿下と頑張って乗り越えなければなりませんでした。

 しかし───


『つまらん女と一緒にはいたくない』


 殿下は、私との婚約を破棄されました。

 そういう人なのだとは知っています。女性との関係も多いと聞きますし、我が強い方だというのは接していくうちによく知りました。

 愛想をつかしてしまうのは理解できます。不甲斐ない自分のせいだというのも理解しています。

 ───それからです。私の人生が坂道を転げ始めたかのように変わってしまったのは。

 婚約の破棄。それも王家との婚約を破棄された令嬢に未来はありません。

 どの社交界に出たとしても腫れ物のように扱われるのは容易に想像がつきますし、新しい婚約相手が見つかる可能性も低くなります。

 更に、王家との婚約破棄は家にとっては汚点です。というより、泥を塗ったということに等しいです。

 故に私は───追放されました。


 ちょうど、私が殿下と婚約した頃に新しい妹が生まれたんです。

 つまりは、代わりができたということ。

 元より、代わりを生むために子供を作ろうとは考えていなかったでしょう。ただ、ちょうどいいタイミングで妹ができてしまったというだけです。


 ───代わりがいるなら、汚点はいらない。


 あっさりでした、本当に。

 私が家を追い出されたのは、破棄されてすぐのことでした。

 とはいえ、その間に何もなかったわけではありません。


『てめぇら、それでも親かよ!? ふざけんじゃねぇぞ、クソ野郎共がッッッ!!!』


 お兄ちゃんだけは最後まで反抗してくれました。

 やりすぎだ、フィアは悪くない、って。ずっと、夜どうし父と母の部屋で叫んでいました。

 だからか、父は兄を地下牢に放り、父と母はその間に私を家から追い出しました。

 全てを持たせるわけでもなく、ただ路頭に放り投げるかのように追い出された私に行く宛てはありません。

 どこかの貴族の家に転がり込むことも考えはしましたが、一体誰が私を助けてくれるのか分かりませんでしたのでやめました……それに、またお兄ちゃんのように迷惑をかけるのも、嫌だったんです。


 だから、私は決めました───

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