第14話
あれから一週間の月日が経った。
それぐらいの月日が経てば自然と環境というのも慣れてしまうもので、すっかりフィアとの生活にも違和感がなくなったような気がする。更には配属研修で教えられることもいつもの授業と違って新鮮で、割かと楽しかった。
不安と緊張と好奇心で彩られた当初とは違って、今は教育期間が始まった当初よりも充実した毎日が送れている。それもこれも、フィアという優しい女の子が横で生活してくれているという理由が多分に含まれているからだろう。
「あら、今日はいつになく顔色がいいじゃない」
「まぁね」
昼の食事タイム。食堂で先んじて席を確保してくれたリンシアが僕を見てそんなことを言った。
フィアとロニエは、講師であるシスターのお手伝いをしてくるらしく、少し遅れてくるとのこと。今日はフィアと一緒に受ける講義だけだったから、リンシアと会うのは今日が初めてだ。
「いつもは「満身創痍が少しだけ回復しました」みたいな顔をしてるのに」
「あはは、毎朝懺悔室に行ってるからね」
「……あんた、朝からいっつも何やらかしてるのよ」
やらかしているとは失敬な。ただ、ここのところ毎日『着替え遭遇(※偶然)』、『フィアの下着鑑賞(※偶然)』っていうイベントが頻発しているだけなのに。
「でも、今日はどうしてか懺悔担当の大司教様がいなかったんだ。おかげで普通に懺悔で終わったよ」
戦々恐々としながら懺悔室に飛ばされると、今日に限って拷問器具を持った大司教様はいなかった。
代わりにいたのは、おっとりとしたマザーだけ。お優しいお叱りと、お優しい懺悔だけでことは済んで、朝食に間に合うぐらいの時間に解放された。
いつもあんなのだったら嬉しいのに。そしたら皆もよろこ―――ダメか、そんなことしたら僕以外の穢れた牧師見習いがやりたい放題の世紀末になってしまう。
フィアが牧師見習い達の毒牙にかからないためにも、今後とも大司教様には頑張ってお勤めをしてもらわなければ。
……今のところ、僕ばかり懺悔室に送還されているんだけども。
「そういえば、今日だったわね」
「何が?」
「第一王子の婚約式よ」
僕は持っていたトレイをテーブルの上に置き、リンシアの横に腰を下ろした。
「あれ? 第一王子ってまた誰かと婚約したの? この前、公爵令嬢さんと婚約破棄したばっかりだったよね?」
アレストロ大聖堂があるミレルリア王国の第一王子は、一度婚約をしていた。
自国の公爵の令嬢と婚約を結び、大々的に発表して「さぁ、正式な婚約だ!」という直前で破棄したらしい。
聞けば婚約する公爵家の令嬢が王妃に相応しくなく、素行も荒かったため破棄せざるを得なかったのだとか。どこまで信憑性のある話かは正式に言われてないから分からないけど、虐めや横暴が目立ち、いよいよ王子に露見。それから婚約破棄に―――という流れだっていうのは一応耳にしている。
(令嬢さんの名前ってなんだったかな? 名前が思い出せないや……)
僕は他国から来た人間だし、全然興味が湧かなくて右から左だったから全然思い出せなかった。
「そうね、カラー公爵家の令嬢との婚約を破棄したばっかね。名前は公表されてなかったから知らないわ」
カラー公爵家の人なんだ。
「まぁ、第一王子もそれなりの歳みたいだし、早く代わりを作りたかったんじゃないかしら? 私は貴族じゃないから分からないけど」
「雲の上のお話だからね。蟻んこは今日を生きるので精いっぱいだ」
「それで、今日は大司教様が婚約式に参加するって予定だったはずよ。私達牧師にはあんまり関係ないけど、神父や司教は結婚や婚約で行う式を執り行うことがあるから」
「相手が王族だったら一介の神父達じゃダメで、大司教様が呼ばれたのか……納得」
そういう理由なら、今日しばらくは懺悔室に行ってもマッチョの姿はないだろう。
体の安寧が保障されてかなりホッとした。
「そういえば、婚約破棄された令嬢は確か追放されたのよねー」
「そうなの?」
またまた記憶にないお話が。
「えぇ、流石に王家に迷惑をかけたんだもの。責任は取らなきゃいけなかったんじゃないかしら?」
「へぇー、追放ってことは貴族じゃなくなったのかな? 怒らせちゃダメって、生きづらい世界だね」
僕なんか毎日のように懺悔という名のお怒りを受けているのに。
「まぁ、そういう世界でも、女の子を追放するのもどうかと思うけど」
「あ、それは同意。聞いてるだけだけど、ちょっとそういうのはかわいそ―――」
「お待たせ~」
「お待たせしましたっ!」
そんな話をしていると、ロニエとフィアが僕達のところへとやって来た。
「なんの話をしてたの?」
「ん? いや別に特に」
「そうね、いや別に特によ」
たわいもない会話の一つだし、二人に関係する話でもない。
本当に「いや別に特に」という話だから揃って口にしただけ……なんだけど───
「むすぅ〜〜〜!」
何故かロニエは頬をめいいっぱいに膨らませて不満げにしていた。
「ま、まぁロニエさん。そんなに機嫌を悪くしなくても」
「だってフィアちゃん! 二人共、なんにも教えてくれなかったんだよ!? 何もないなら教えてくれたっていいのに、私達に隠すんだもん! ずっこい! 絶対に内緒で楽しいお話してたんだうがー!」
「いや、ただ別に言わなくてもいいかなっていうだけの話だったんだけど……」
リンシアと話す内容で隠さなきゃいけない話って、基本的に「いつお風呂覗きに行くか」ぐらいしかないのに。
「単にミレルリア王国の第一王子が婚約を発表したんだねって―――」
ガシャン!
僕がそう言いかけた時、少しだけ甲高い音が近くで響いた。
「わ、わわっ、すみません!」
手でも滑ったのか、持っていたトレイをフィアは落としてしまったようだ。床じゃなくてテーブルの上に落としたのが不幸中の幸いだろう。零れたのは飲み物だけだった。
「大丈夫、フィア?」
僕は布巾を持って、零れた飲み物を拭く。
「大丈夫です、でもすみません……」
「いいよ、これぐらい」
シュンと申し訳なさそうにするフィア。別にこれぐらいで罪悪感なんか感じなくてもいいのにって思ってしまう。いい子なんだっていうのは分かるけどね。それでも疲れてしまいそうな生き方だと思う。
それにしても、珍しい話だ。フィアが粗相をするなんて。
「それで、なんの話をしてたっけ僕達?」
「えーっとねー」
「ロニエの裸が気になるって話よね」
「うんうん、そのとお―――違うよ!?」
え? 違うの? 僕はその話の続きであってほしかったんだけど。
「あ、新しい飲み物を取って来ますね!」
ロニエが赤面している間に、フィアは慌てた様子で食堂の奥へと行ってしまった。
その背中を見て、少し―――
「うーん」
「どうしたの、アレンくん?」
「いや……」
フィアの様子がおかしいな、と。さっきまではいつも通りな感じだったんだけど、急に態度が変わったように見えた。
ただテーブルにトレイを落としてしまっただけの話。でもフィアらしくないというか、急に態度が変わってしまったような。
何か僕達はやらかしてしまったのだろうか? まるで、触れてほしくないワードが飛んで驚いてしまったような感じに思えた。
「……分からないや」
「ロニエの胸の大きさが?」
「分からないから確認をしないと」
「んにゃっ!?」
しまった、なんか考え込んでしまったから自然に口から変な言葉が。
「あ、ごめん今のなし」
「そ、そうだよね!? 今のってただ流れで適当なこと言っちゃっただけだよね!?」
「いや、確認はしたいとは常々思ってるよ」
「懺悔して《・・・・》!」
―――優しいマザーと一緒に、優しい懺悔をしました。
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