第3話 お背中流すの手伝います



 新しい学校生活は、順調だった。

 女の子にモテないことに変わりはないけど、面倒見が良くて気の合うヤツが周りにいっぱいいるとか、前の学校より断然恵まれてる。


 友達が出来たおかげで毎日が楽しい。だからこそ、初瀬が気になるのかもしれない。


 初瀬は、見る度いつもひとりだ。

 真っ黒のフルフェイスヘルメットに黒ロリ服で、どこにいても凄く目立つのに誰にも見えてないみたいだった。


 僕も初瀬と距離を置いたままだ。初日以来、一緒に登校することもない。学校では他人を装ってる。

 まあ、元々は他人なんだけど。

 そうは言っても家でだって、ヘルメットを脱がないから唯一の団欒になるはずの食事の時にも、初瀬だけがいない。


 こんなんじゃいけないって分かってるけど、だからってどうすればいいんだよ。


 そんなとき、だった。


 放課後、部活へ向かう友達と別れて昇降口で靴を履いているとき、初瀬の黒いヘルメットが西校舎の方へ行くのが見えたんだ。


 なんだろう?

 いつもなら真っ直ぐ帰宅するのに。


 気になって、こっそり後を追う。

 プールの入り口フェンスの前で僕の方に背中を向け、ぼんやりと中を眺めている初瀬を見つけた。

 なにしてんだ?

 少しして初瀬は、不器用にフェンスをよじ登り始める。

 鍵、開いてないんだ。

 って、でもなんで中に?


 初瀬がフェンスを乗り越えたのを見届けた次の瞬間、間を置かず水に飛び込む音が聞こえた。

 慌てて走り寄って目にしたのは、緑色のプールの水の中で必死に教科書や体操服を集めている初瀬だ。


「……まじか」


 どうやってフェンスを乗り越えたのか、まったく覚えてないけど気づいたら僕はプールに飛び込んだ後だった。

 落ち葉や、ぬるぬるを両手で掻き分けて、初瀬に近づく。拾いきれてない教科書やノートが、まだプールに浮いている。


「あ、あの……」


「いいから、そっち拾って。僕は向こうの拾ってくるから」


「え……そんな……汚れちゃ……」


「もう汚れてるよ。いいから、さっさと拾って上がるぞ。馬鹿なの? 言っとくけどこの水の中、バイ菌だらけだからな」


 馬鹿なのは、僕だ。

 こんなことしたって、結局は初瀬のためなんかじゃない。自己満足に過ぎないって分かってる。

 だけど、見ていられなかったんだ。


 ずぶ濡れのまま、両手いっぱいに汚れたものを抱えて二人で家へ帰る。

 もちろん無言で。

 すれ違う人達の視線が刺さって痛い。


「気持ち悪いだろ。先に風呂に入りなよ」


 家についてホッとしたからなのか、自分が酷く臭うことに急に気がついて顔を顰めた。

 そしたらそれをどう勘違いしたのか分からない。初瀬がうつむく。黒いフルフェイスヘルメットには、落ち葉や藻がいっぱい付いていた。白い首筋が見える。

 それから凄く小さな声で


「……あの、気持ち悪い義妹いもうとで、すみません」

 

 って、なんだよそれ。

 僕は怒りに任せて初瀬の手を取ると、風呂場に連れて行った。

 突き飛ばすようにして中へ入れると、うずくまる初瀬にシャワーを浴びせる。


「気持ち悪いって言ったのは、バイ菌だらけの水に入った後だからだよ」


 言いながら排水口に流れるシャワーのお湯の色を見て、ぞっとした。着てる物を脱げって言いたいけど、脱げるわけもないし……と思ったところで初瀬の濡れた身体や、ぴたりと張り付いた服を今さら意識して、どっと心臓が音を立てる。


「……すみません」


「そこは、ありがとうでいいんじゃない?」


 やっば。優しく出来なかった照れ隠しとはいえ、言って恥ずかしすぎる。

 

「あの……私、見ませんから。それによく見えないので、良かったら……お礼に、あの」


「え? なに?」


 シャワーの音でよく聞こえない。

 きゅっとカランが音を立てて水を止めた。


「お背中流すの、お手伝いさせてください」


 ??!?!?!??!!!




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