秘文字読解士は世界の真実を解き明かす

長月そら葉

第1章 異世界転移

見知らぬ世界へ

第1話 雷雨の夜

 幼い頃に両親を亡くし、桃矢とうや水晶みずきは祖父母のもとで育てられた。

 水晶の祖父は歴史書を収集し、読むことを趣味としていた。彼の影響を受け、水晶も歴史書や古文書の解読に興味を持ち、やがて学芸員資格を取るために大学で歴史学を学ぶ学生となる。


「水晶、この文字が読めるかい?」

「どれどれ?」


 祖父は、よく水晶を家の書庫へ連れて行った。薄暗い書庫にランタンを持ち込み、ミミズがのたくったような文字をそらんじて見せる。驚き褒める水晶に、祖父は笑って言ったものだ。


「文字が書かれたということは、そこに誰かの思いが残っているんだ。古い文字を解読するということは作者の思いを汲み取り、秘められた意図を解き放つことと同じなんだよ」


 だから、真っ直ぐな気持ちで向き合いなさい。

 祖父の教えを守り、水晶はその日も大学の図書館で借りた古文書を読み解こうと辞書を横に置いていた。古い物語のようだが、何やら現代のファンタジー小説に似ている。


「……あれ? もうこんな時間だ」


 文字を追うことに夢中になっていたが、閉館時間を告げるアナウンスが聞こえて来た。水晶は名残惜しげに本を撫でると、受付にそれを持っていく。


「雨が降っているようですから、お気を付けて帰って下さいね」

「はい。ありがとうございます」


 受付の女性に本を返し、手続きを終える。その足で玄関へと向かうと、外は暗く日が落ちていた。更に雷を伴った雨が降っており、水晶は肩を竦めて鞄から折り畳み傘を取り出す。

 優しいオレンジ色の花が描かれた傘を開き、水晶は鞄が濡れないように気を付けながら家路についた。

 大雨の中、傘を持って来忘れたらしい学生が慌てて駆けて行く。また、友人と共に傘を差して笑顔で話しながら帰っていく女子大生たちもいた。

 そんな中、バタバタと騒がしい足音をさせて近付いて来る誰かの気配に気付き、水晶は振り返った。するとその影の主は、つんのめりそうになりながら走る大学の友人の一人だった。


「水晶ちゃん、お疲れ様!」

「お疲れ様、花ちゃん。また明日ね」

「うんっ。バイト遅刻しそ~」

「ははっ。頑張れ!」


 水晶が手を振ると、花と呼ばれた学生は大きく頷いて走って行った。

 友人を見送り、水晶はくるりと傘を回す。そして肩にかけた鞄をかけ直すと、もう一度足を踏み出した。


(明日は一限からだから、早起きしないとな。で、課題も早めに終わらせないと)


 専攻している日本史学の講義で出た課題を振り返り、水晶は頭の中で段取りを考える。大学入学を機に始めた一人暮らし一年目は、まだまだ慣れないことばかりだ。

 そうして半ばぼおっと歩いていた水晶は、ふと足を止めた。いつの間にか普段の通学路を外れ、あまり来たことのない十字路に差し掛かっていたことに気付く。近くには大きな公園があり、雨に濡れそぼったブランコが揺れていた。


「あらら。戻らない……と」


 振り返った直後、水晶の頭上で雷のゴロゴロという音が響く。もしかしたら落ちるかもしれないと危惧し、足を速めた。

 その時。


 ――ゴロ……ピシャンッ


「きゃあっ!?」


 近くの木か何かに雷が落ちたのか、水晶の周りが真っ白に染まる。思わず悲鳴を上げてしゃがみ込んだ水晶は、やがて気付くことになる。


「……ここ、何処?」


 立ち上がった水晶の濡れた髪を、爽やかな風がもてあそんでいく。

 濡れた顔を拭くことも忘れ、水晶は目を丸くした。彼女の目の前に広がっていたのは、いつもの通学路でも、ましてや住宅街でもない。

 ただ、何処までも続く森の中の一本道だった。

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