野球道
とある霧深い山村に七福神が住んでいた。庶民の信仰としてよく知られるままの格好をしていた。皆揃いも揃って福耳で、絶えずにこにこしている。世俗的な願望が反映された牧歌的な世界にいた。
そんな彼らの下に、たまに客人がやってくることがあった。類は友を呼ぶ、ということなのか、その日、中華の者と思われる七賢人が、どこかの竹林からバスを乗り継いでやってきた。
恵比寿天はさっそく湯をわかし茶を淹れもてなした。また毎日刈っている藻に、山で採れた松茸も加えた鍋を用意し、皆で囲んで世間話をした。
七賢人というのは、
リーダーである
「ほう、中華に伝わる〈
「ええ。あまりに礼法にうるさいものに関してはさすがに意に沿いませんから、思わず白眼を剥いちゃいますけどね。香道でしょ、それから歌道、北海道、
「野球とな。しかしそいつは九人でするもんじゃなかったっけ?」と
「私たちの世界は屈託のないものです。ショートとセンターを抜きにすれば、やれます」
「ならば、我々もやろうと思えばやれるな」勝負事となると毘沙門天は前のめりになる。早くも甲冑が火を噴きそうに赤くなった。
「ホッホッ。では今度、交流試合でもやりましょうか」
恵比寿天は内心賛成しかねるという顔をした。常に琵琶をたずさえている芸術の女神である弁財天はウグイス嬢以外できそうになかったし、
「老荘思想の下に活動なさっていると思っておりましたから、
これには
「それはまた、深遠ですな」
「これで私たちの思い出の試合をいくつかお目にかけましょう」
もやもやと極彩色の煙がわいてきて、飛鏡の銀色の表面を波立たせ、変えていった。最初に浮かびあがったのは、森に住む七人の小人チームとの試合だった。七福神たちはその幻影に惹き込まれ眺める。
〝野球の表と裏、まさに陰と陽の世界であり、この世はあざなえる縄のごとく、これをくり返していくものである〟
立派な選手宣誓を行ったのは、一番でキャッチャーを務める
それゆえか、ピンチとチャンスまでもがこれに
小人たちは、宇宙の
次に表れたのは七匹の仔山羊チームとの試合であった。
相手ピッチャーが投げた一球目。
この試合もまさに蝶とたわむれるように白球とたわむれるという、老荘思想的理想的内容であった。仔山羊チームも無惨に敗れ去り、やってきたときは狼のお腹の中から出てくるなどトロイの木馬のような奇襲を感じたが、「また狼の腹の中に帰らせてもらいますわ」と言って、すごすご引き下がっていった。「腹の石(虫)が収まらない」結果となっただろう。
普段の無我の境地での練習のたまものなのか、その後も鏡が見せたどの試合でも、七賢人チームの流麗なプレーは変わらずであった。
秋になると虎の毛が美しく生え変わるといわれるようにボテボテのゴロを弾丸ライナーに変化させたり、平凡な内野安打でも池に眠る
七賢人が七賢人とも輝く汗を浮かばせ、スポーツドリンク代わりの酒をがぶがぶ呷る姿は青春そのものであった。
「しかし、こういうこともありました」と
とある試合の映像で、
この後から、向秀は両足を大きく開くことですべてのゴロをトンネルして、外野へ逃がすようになった。相手チームに大量の追加点を献上したという。無我夢中で球を追うのも道、球場に身を置いても球の姿も見えない境地に到るのも道である。
「つまりまあ、こういうことです」とすべての幻影がやんでから、
「結構なものを見せていただきました」福禄寿が代表して、ふくらんだ餅のような大きな頭を垂れ、礼を述べた。
七賢人たちはバスに乗って帰っていった。後には彼らの残り香(酒の臭い)が漂うばかりであった。
「こうしてみると、私たちは少し地味すぎるのかもしれませんな」と大黒天。
「そうでしょうか」と弁財天。
七人の神は我が身を置く暮らしの風景を脳裏に浮かべてみた。山村の東の空には赤富士があり、虹色に輝く彩雲もかかっている。恵比寿と大黒が藻を刈る池の奥には短い滝がしぶきをあげ、そこを来る日も来る日も躍りあがる鯉。
「我々には我々の平和があります」と恵比寿天が聞かせると、「それもそうだ」という空気になった。なにも白球を追いかけ、バットを振り回すことだけが道のすべてではない。
その後着いたバスから降りてきたのは、ギリシャの七賢人であった。
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