第16話

 一方、ロウはひとり城外へと出ていた。

 確信した答えを国王とその場にいた近衛兵たちに伝えると、足早に城を飛び出した。彼のとった行動は完全に無意識だった。大雪はまだ止んではおらず、なんなら酷くなって吹雪ふぶいてすらいたけれど、そんな甘いことを言ってはいられない状況だった。吹雪く雪が体に引っつくこともお構いなしにロウは走り続けている。全ては彼の守るべき、愛する姫を助けるためだった。

 城外にはまだジュードの吸っていた煙草の残り香が微かに。ロウにしか見えないその痕跡はゆらゆらとこの国では見ることのできない陽炎のように揺らめいている。その残り香を追ってロウは走りながら考える。


 まず、リチラトゥーラが何者かによって拉致されたことは間違いないだろう。そしてその犯人がジュード=ハンスであることは、彼の愛用していた煙草の残り香がリチラトゥーラの部屋に充満していたことで確信に変わった。

 ロウの答えを聞いた国王は一瞬目を見開き驚いた表情をしたがすぐに冷静さを取り戻した。まるでこの結論を知っていたかのような目でロウを見つめ返した。その覚悟が灯る瞳にロウは少しだけたじろいだ。

 立場上、自分の信頼を置いていた臣下から裏切られることなど覚悟の上なのだ。彼は国の頂に立つ者。その在り方は、正しい。国王は「そうか」と悲しそうな表情をした。ロウに対し、国王はジュードの捜索を命じた。自らの臣下を裏切者の『賊』として判断した瞬間である。


 残り香は、城下町外れにある『旧スニェークノーチ城跡』まで続いていた。

 旧スニェークノーチ城跡——そこは約三百年ほど前まで実際に使用されていた王家の所有城である。現在は国の遺産として管理されており、これも国の観光資源のひとつとなっている。しかし連日の大雪により城を囲う城壁が劣化してきており、大幅な修繕工事が行われている。そのため城跡周りには簡易的ではあるが鎖柵が張られ、一般客は立ち入りを禁止されていたはずなのだが、今はそれらが破壊され鎖が無残な姿で地面に落ちていた。どう考えてもこの壊れ方はなものだった。


 間違いない。犯人ジュードはここにいる。


 ロウは気休め程度にしかならないと思いつつも、念のため持参した猟銃を構え息を殺しながら建物内へと侵入した。

 中は不自然なまでに閑散としていた。あのジュード=ハンスという男のことだ。必ず何名かの同志を引き連れてこのを警戒しているに違いない。ロウは全神経を研ぎ澄ましながら城跡内を慎重に進んでいく。少しして、目には見えないだけでそこに確実に何者かが息を潜めこちらの様子を窺っている気配を察知した。彼が現時点で把握できただけでも、少なくとも十名はいただろう。

 ロウは特別何か戦闘訓練を受けたことなどないが、それでも今は戦う以外に選択肢を持ち得なかった。ひとの気配に気づいたことを相手に気づかれないよう、静かに距離を取り、ちょうど死角になる場所が見えてきたのでそこへ隠れた。銃の扱いはあまり慣れていないが、過去に一度だけ狩りに出た際に使った猟銃ならと、その撃鉄を引く。じりじりと、微かにひとの足音がロウの耳を掠めた。

 自分の脳内でスリーカウントを唱える。三、二、一……今だ! ロウはそのタイミングで身を乗り出した。するとやはり『賊』はいたようで、今彼の目の前には八名の武装したジュードの部下たちが立ちはだかっていた。


「……悪く思うなよ」


 ロウは独りごちると銃を構え撃った。ズガンッ! と外へと放たれた弾丸が城壁を突き破る。崩れていく音が周囲に駆け巡り、目の前のひとりが地面に倒れ込む。次に切り込んできた部下二名がロウに襲い掛かる。振り下ろされた蹴りを猟銃で受け流し、バランスを崩した相手の首を猟銃の柄で思い切り殴る。すると運よくその後ろにいた『賊』も仲良く伸びた。残りの『賊』については、倒れた他の『賊』から手榴弾を拝借し、ピンを抜いて撃退した。爆発する瞬間、国王とリチラトゥーラに対して「国の宝を壊してごめんなさい」と心の中で謝ったのは内緒である。


 全てが片づいた後、足元には血溜まりが広がっていた。動かなくなったひとと噎せ返る血の臭いにロウは思わず鼻を服の袖で覆い表情を顰めた。そこに迷いや後悔の文字はない。きっと、彼らも覚悟の上だったことだろう。それでも……。


「……悪く、思わないでくれ……」


 そう、言わずにはいられなかった。

 ぐっと拳を強く握り締め、ロウは再びリチラトゥーラを探しに走り出す。猟銃は先ほどの手榴弾の反動で壊れてしまったのでその場に捨て置いて行った。

 地面に倒れた『賊』のひとりの口元が少し動いた。ロウの呟きが届いたのかどうかは定かではないが——彼の目尻からは一筋の涙が零れていた。

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