異世界ガイド ~ニホン人のみなさん、異世界へようこそ~

前森コウセイ

第1話

 わたしが座るカウンターの前には、一組の男女。


 とは言っても、別にふたりは恋人同士というわけではなく――たまたま偶然、同じ事故に巻き込まれただけの関係だ。


 ふたり共に、このリーシャ王国では珍しい黒髪黒目。


 どちらかだけなら、居ないわけではないけれど、両方が黒というのは珍しい。


 この組み合わせは、彼らが異世界ニホンから来た証のようなものだ。


「――はじめまして。ふたりの担当になる、ティアリスです」


 わたしが彼らの礼儀に倣って会釈してみせると、ふたりもまた同じように頭を下げる。


「――保志谷ほしや光樹こうきだ」


 男――歳はわたしと同じくらい……十代後半だろうか?――の彼が名乗る。


 腕組みして、胸をそらし、値踏みするような視線。


 この年頃のニホン人男性には、多いタイプみたいね。


「……下山しもやまかえでです」


 一方の女――彼女もまた同じくらいの年頃に見える――は、胸の前で手を組み合わせながら、弱々しく名乗った。


 こちらもまた、典型的なニホン人女性にありがちなタイプみたい。


 事前聞き取りによれば、ふたりとも異世界ニホンで事故に遭い、気づいたら王都郊外にある農村に倒れてたらしい。


 近頃、多いパターン。


 以前は転生者ってパターンが多かったのだけれど、ここ十年くらいは彼らのように異世界から直接、このフォーティンへ転移してくるパターンが多くなっている。


 だいたい、多い年で半年に一度。


 少なくとも数年に一度の割合で、転移してきたニホン人が発見されている。


 あまりにも多い為、我らが陛下はひとつの組織を立ち上げた。


 それが『異世界人迷子センター』――わたしの所属している組織だ。


 異世界人を発見した場合、センターに連れてくるようにお触れを出したのよ。


「――急に連れてこられて、びっくりしたでしょう?」


 わたしは彼らに優しく微笑む。


 円滑なコミュニケーションは笑顔から。


 これはわたしの持論だ。


「ここの目的は大まかには、ただひとつ。

 異世界に来ちゃったみなさんに、この世界の常識を身に着けてもらおうというものなの」


 わたしが告げると。


「――やっぱり異世界転移だったんだな!」


 コウキが目を輝かせ。


「あの、帰れないんですか!?」


 対象的にカエデは顔を真っ青にして、わたしに尋ねる。


「残念ながら、現在、ニホンに帰る方法は見つかっていないわ。

 そもそもあなた達がどうやって、こちらに来たのかもわかっていの」


 彼らの先輩にあたるニホン人の中には、いまでも帰還方法を探して世界中を旅してる人もいるけれど、帰還できたという話は聞こえてこない。


「わたし達にできるのは、異世界人であるあなた達でも、この世界で平穏に暮らせるようにお手伝いする事だけ」


 カエデを落ち着かせる為に、優しい声色を意識して、わたしはそう伝えた。


「……わかり……ました。

 続けてください」


 カエデがうなずき、カウンターに置いたお茶をひと口。


 小さくそう言って、わたしを促した。


「まず、ふたりにはなりたい職種と、特技を教えてもらいたいのだけれど」


 わたしが尋ねる。


 ふたりの希望に合わせて、王立学院の初等科から招く講師を選ぶのが、この質問の目的。


「あのっ! すぐに決めなくちゃダメですか?

 あたし、その……特技とかあまりなくて……」


「構わないわ。学ぶうちに興味を持った職業に就く人も多いの。

 じゃあ、カエデは保留ね。

 初等科と同じカリキュラムで学んでもらう事になるわね」


 学院の初等科では、子供が様々な職に就けるよう、浅くはあるものの幅広い知識を身につけられる。


「――俺はやっぱ冒険者だな! ガキの頃、剣道やってたから戦えるぜ」


 でたでた……冒険者。


 この年頃のニホン人男性は、みんなソレになりたがる。


 わたしは出そうになるため息をこらえながら、笑顔の仮面を貼り付けた。


「残念ながら、そういう職種はありません」


「ええ? 異世界転移の基本だろ? つっかえねーな」


 ……我慢よ、ティアリス。


 あんたももう二年目でしょう? これくらいで腹立ててどうするの。


 カウンターの下で拳を握りしめながら、わたしはコウキに笑顔を向け続ける。


「あちらの創作物の影響でしょうか?

 ニホンの方は、魔獣や魔物退治は冒険者の仕事と考えてる人が多いのだけれど、実際にそういうのは騎士や衛士の仕事なの」


「――じゃあ、傭兵は?」


 わたしは今度こそため息を漏らしてしまった。


 これもまた、よくあるパターン。


「傭兵は存在するけど、基本的に一族しか受け入れないわ。

 命がかかった仕事だもの。

 信用できる身内か、そういう人に紹介された者しか受け入れないのよね。

 それにね、彼らが名を上げて、最終的に目指すものってなにか知ってる?」


 まあ、知らないから、気軽に口にしたのだろうけど。


 ちょっと想像力があれば、わかりそうなものなのに。


 コウキは腕を組んで考えるフリをしたけれど、あれは考えてないわね。


 わからないと素直に言いたくないだけ。


「彼らは士官――要するに騎士や貴族になりたくて戦場に出ているのよ」


「じゃあ、最初から騎士になった方が良いのか」


「そうね」


 短く答えるわたしに、なおもコウキは首をひねる。


「……この世界には、ダンジョンとかないのか? そこを探索するヤツとか……」


 この男、テンプレのオンパレードね。


「あなた達の言うダンジョン――いわゆる魔境の事だけれど、存在はするわ。

 というより、アレは突発的に発生する天災のようなものだから、処理は騎士団と勇者の仕事ね」


「なんだよ! 勇者、あるのかよ!」


 まあ、食いつくと思ったわ。


「基本的には、優れた騎士から選抜される称号のようなものだけれどね。

 毎年、勇者選抜試験があって、それに受かれば認定されるわ」


「じゃあ、俺は勇者目指すわ」


 ……でしょうね。


 十代後半のニホン人男性の6割が、冒険者が無いと知ると、勇者になりたがるもの。


 まあ、本人の希望を聞いて、道を示すのがここのお仕事。


 結果はさておき、本人が目指すと言っている以上、わたしは仕事をこなすだけ。


「それでは、コウキには初等科のカリキュラムに加えて、戦闘訓練も受けてもらいましょうか」


 そうしてわたしは、ふたりの詳細が記載された書類に、それぞれのカリキュラム予定を書き記して。


「自立できるまで、この施設で寝泊まりしてもらう事になるわ。

 部屋はあとで案内するとして、コウキ、あなたがどれくらい戦えるのか見たいのだけど、良いかしら?」


「ああ、良いぜ。見て驚け」


 そう言って、実際に驚かせてくれた人を、わたしは知らないのだけれどね。


「カエデは悪いけど、見学しててもらえるかしら?

 あなたにも初等教育として、護身術が教授される事になるから、その一環と思って」


「――は、はいっ!」


 そうしてわたしは、ふたりを連れて訓練場に出る。


 この異世界迷子センターは、ニホン人への教育所として、学園を模した造りになっている。


 当然、騎士や衛士を目指す者達の為に、校庭兼用の訓練場も用意しているのよ。


 芯に鉛を入れて、重さを本物と同じくした木製武器。


 それら並べた棚の前までふたりを連れてきて。


「ケンドーをやってたって言うから、剣で良いのよね?」


 木剣を持ち上げて、わたしはコウキに放ってやる。


「おっと――おっもっ!?」


 両手でなんとか受け止めたコウキは、そんな驚きの声をあげた。


 投げたのは一般的な長剣で、重さは二キロ少々。


 けれど、ニホン人はたいてい、この重さに驚く。


「短剣もあるけど、そっちにしておく?」


 刃渡り六〇センチほどの短剣なら、重さは一キロちょっとだ。


「い、いや。これで良い」


 そう言って、コウキは剣を構えて、二、三度素振りして見せる。


 腰の入っていない腕振り。


 明らかに素人ね。


「じゃあ、見せてもらいましょうか」


 わたしはコウキを連れて、訓練場の中央へ。


「ティ、ティアリスさんは、なにも持たないんですか?」


 慌てたようにカエデが尋ねてくる。


「わたしが武器を使ったら、力量が調べられないのよ」


 大丈夫、とカエデに微笑み、わたしはコウキに半身に構えた。


「さあ、来なさい」


 途端、コウキは左手を前に突き出して。


「――ファイヤーボールっ!」


 コウキの声が訓練場にこだまする。


 当然だけど、なにも起きない。


「お、俺は火属性じゃないのか?

 じゃ、じゃあ――ウィンドスラッシュ!」


 再度、コウキの大声が響き渡るけれど、やっぱりなにも起きない。


「クソ! 風でもないのか!?

 ――アイスランス!

 ――アースブリッド!」


 なおも続けるコウキに、わたしは髪を払って首を傾げる。


「……想像はつくけれど……一応、なにをしてるのか聞いても良いかしら?」


 途端、彼は顔を真っ赤にして、わたしを睨んだ。


「魔法だよ! 異世界転移つったら魔法チートだろっ!?

 クソ! ステータスも出ねえし、なんなんだ、この世界は!」


 そうなのよねぇ。


 こういう勘違いくんがいるから、わたし達が組織されたのよねぇ。


「コウキ、この世界にチートなんてないわ。

 あと魔法はあるけれど、あなた達ニホン人は魔道器官がないから、一般的な魔法は使えないのよ」


 ニホン人が使える魔法もあるけれど、それは戦闘向きのものではない。


「早めにあなたを発見できて良かったわ。

 その様子じゃあ、あなた、自分が主人公だとか考えてるでしょう?」


 かつて――という程度には昔に、ひとりの転生者がこのリーシャ王国に現れた事がある。


 その際、彼の勘違いによって、未曾有の危機に襲われた。


 ――いわく、俺はこの世界の主人公なんだ!――だそうで。


 法を軽視し、気に食わない事があれば魔法を撒き散らす。


 女と見れば、相手に婚約者がいようと奪おうとし――結果、彼は騎士団によって、悪魔憑きとして討伐された。


 本人は最後まで、自分はこの世界の主人公だと信じていたそうだ。


 それ以来、この国では転生者や転移者の管理を厳重なものとして――特に彼やコウキのように主人公願望を持った者は、徹底的に自尊心をへし折るよう、国王陛下が勅命を出しているほどだ。


「……ちなみに魔法は、こう使うのよ」


 魔道器官を意識すれば、視界の左隅に選択肢。


 コウキの鼻っ柱をへし折る為にも、一番強力なものを選択。


 左手をコウキのすぐ横の地面に向けて。


「……喚起」


 立ち昇る火柱。


 雷でも良かったのだけれど、あれだと一瞬過ぎてなにが起きたか理解させられないのよね。


 だから、見た目の派手な火精を選んだ。


「な、な、なんで……あんたは冒頭に登場するだけの受付モブだろっ!?

 なんでこんな魔法を……」


 ほほう、まだ折れないか。


 まさかわたしをモブ呼ばわりとは……


 飛び退いて火柱を見上げるコウキに、わたしはなるべく優しく見えるように微笑みを向ける。


「さあコウキ、まさかなにもせずに終わるつもり?

 それとも受付モブが怖いのかしら?」


 笑顔のままで煽ってやると、彼はわかりやすく激昂した。


「まだだ! 俺はきっと剣士タイプなんだ!

 ――喰らえ!」


 歩法もなにもない大股で、大上段に構えたまま突進してくるコウキ。


 以前、ケンドー使いと対峙した事があるけれど、彼はまだ足さばきも構えもできていた。


 ひょっとしたら、コウキは本当に「子供の頃だけ」の経験なのかもしれない。


 振り下ろされる木剣に対して、わたしは左足を右に回し、半身をずらす。


 そのまま右の掌底を木剣の腹に叩き込めば、木剣は面白いように吹っ飛んでいき。


「――握りが甘い!」


 さらに身体を回して、左の手刀をコウキの後頭部に振り下ろした。


「――ガッ!?」


 おかしな声をあげて、倒れ込むコウキ。


 意識を刈り取ったから、彼はそのままピクリとも動かず。


「ティ、ティアリスさん!?」


 脇で見ていたカエデが、驚きの声をあげた。


 わたしは倒れたままのコウキを一瞥してから、カエデに笑顔を向けて。


「――あら、わたし、なにかやっちゃいました?」


 前にニホン人に教わった、鉄板だという異世界ギャグをカエデに言い放った。


「……それ、ティアリスさんが言うセリフじゃないと思います」


 おかしい、大ウケのはずなのに。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 異世界ガイド企画、短編第二弾!

 今回は現地人視点です。

 

 異世界に迷い込んだ日本人が、安定して暮らしていけるよう組織された施設のガイドさんが主人公。

 旅行代理店もそうでしたが、こちらも風景描写に力を入れた作品を書きたくて書いておりますので、戦闘は控えめな予定です。


 旅行代理店と世界観は共通している、いわゆるパラレルワールドとお考えください。


 作者のモチベになりますので、どうか「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、フォローや★をよろしくお願いいたします。

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