放課後、僕はしおんと幻想世界の旅をする

真田宗治

第1話 遠山しおんはほくそ笑むっ!





 あなたはテーブルトークRPGを知っているだろうか?

 TRPGは、ビデオゲームRPGの元、ともいえるアナログゲームである。このゲームに使うのは、ルールブックとキャラクターシート。それと、鉛筆とバトルフィールドシートとサイコロとメタルフィギュア。何もかも、アナログ塗れのなのである。

 だからといって、そこらのボードゲームと同じにしてはいけない。

 TRPGは、一生遊んでも飽きない、奥の深いゲームなのだ。


 ⚀


 僕が彼女と初めて言葉を交わしたのは、高校一年の秋のことだった。

 その頃、僕は所属していた漫画部をクビになったばかりだった。漫画部では、互いの漫画の感想を言い合うのが常なのだが、どうも、僕は口が悪いらしい。おまけに嘘が付けない性分だ。だから、部員達の漫画の欠点をストレートに言い過ぎて、総攻撃を食らって叩き出されたのである。

 部活をクビになり、暇を持て余している放課後のことだった。僕は、教室に携帯端末を忘れ、取りに向かった。

 淋しい教室の一番後ろに、女子生徒が一人、ポツンと居残っていた。

 彼女の名は、遠山とおやましおん。

 僕は、彼女とは一度も喋った事がなかった。と、いうか、遠山しおんがクラスメイトと談笑している場面を見たことがない。しおんはいつも無口で、気が弱くて、社交性も低い。所謂いわゆる、陰キャと呼ばれる類の生徒だった。

 しおんは僕と目が合うと、咄嗟に、ノートを閉じて顔を伏せた。何やら、一生懸命書いていた様子だが。


「あった」


 僕は机の引き出しから、携帯端末を取り出して懐に収める。そして、再び教室を出ようとした、その時だ。

 コロリと、何かが転がった。それはコロコロ床を跳ね、僕の足元まで転がってきた。

 小さなサイコロだった。


「ちょ、あ……あ」


 遠山しおんは困惑を声に、慌てて、サイコロを拾おうと立ち上がる。その途端、スカートが引き出しに引っかかり、机が倒れた。

 ガシャ。と、机の中身が床へと転がり出す。ぶちまけられたのは無数のサイコロとノート、そして、金属製の人形とか、オタクな香りのするアイテムたちだった。


「へえ。変わった形のサイコロだね」


 僕は半透明のサイコロを拾い上げ、放課後の日差しに透かす。薄紫色のサイコロ越しに、しおんの不安な顔があった。

 腰まで伸びた黒髪に、ちょっぴり下がり気味の眉。眼も、気が弱そうで、体型は華奢だ。肌はすべすべで、色白だ。

 目が合うと、しおんは焦って顔を背けた。その横顔には薄い恥じらいが浮かんでいる。

 ぐっと、胸の奥を掴まれた気がした。

 しおんは疑いようもなく美人だ。一見、暗そうな雰囲気さえなければ、それなりにモテそうな生徒なのだが。


「あ、ごめん」


 そう言って、僕はサイコロをしおんに返してやる。そして、しおんと二人で、床に散らばったあれこれを拾い集める。そうこうする内に、僕は一冊のノートを手に取った。

 それは先程、しおんが何か書き込んでいたノートだった。


「へえ」


 ページを開き、思わず嘆息する。ノートには、アニメのキャラクターみたいな騎士の絵が、描かれていた。


「あ、その……それ!」


 慌てて、しおんがノートを引っ掴んで取り返す。


「どうして隠すの? 凄く上手なのに」

「……ほ、本当に?」

「う、うん。上手だと思うけど。遠山さんは漫画を描いてるの?」

「う、ううん……。漫画じゃなくて、その、ゲームのキャラクター……、なの」


 しおんは、蚊の鳴くような声で恥ずかしそうに言う。その様子が、益々、僕の胸に刺さる。

 なんて可愛らしいのだろう。

 湧き上がる胸の高鳴りを押し込めて、八面体のサイコロをしおんに手渡してやる。


「へえ。遠山さんもゲームやる人なんだね。もしかして、このサイコロもゲームで使うの?」

「そ……そう、だけど」

「どんなゲーム?」


 訊ねると、しおんの瞳が一瞬、きらりと夕日を反射する。


「て、テーブルトークRPGって、知ってる? アナログゲーム……なんだけど」


 少しだけ、しおんの声が明るくなる。


「聞いたことはあるよ。確か、サイコロを使うやつだね。これがそうなのかな?」

「そ、そうよ。絵を描いて、能力値を決めて、自分だけのキャラクターを作って冒険するの。ストーリーは、ルールブックの物を採用することが多い。あ、だけど、私の場合は、オリジナルのストーリー、を」

「へえ、凄いね。遠山さんはシナリオも書いてるんだ? なんか楽しそうだね」

「ほ、本当に?」

「え? あ、うん。面白そうだ」

「じゃあ……ちょっとやってみる? あ、その、嫌じゃなければ……だけど」


 しおんは顔を赤くして、躊躇ためらいいがちに言う。それがあんまり可愛らしかったから、僕は思わず頷いてしまった。

 次の瞬間、しおんの口角が上がる。そして突然、くくく。と笑い声を漏らす。


「丁度、新しいシナリオが機能するか……試したかったの」


 彼女の眼差しは少しだけ、不気味な感じがした。その感覚を、僕はもっと信じるべきだったかもしれない。




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