第199話 ボルドの帰還
真夜中の戦いが終わった。
朝日が昇り、大地を明るく照らしている。
そこには
その数は500体。
それだけの数を本家と分家合わせてたったの100名余りで迎え撃ったダニアにも、大きな被害が出ていた。
本家も分家も連れてきた50名ずつの戦士のうち半数以上が戦死し、生き残った者の半数が戦闘不能となる重傷を負っていた。
本家・十刃会の2名が死亡、分家・十血会も1名が死亡した。
一方、いち早く逃がしたため
仲間の遺体は本家と分家もそれぞれ連れ帰り、手厚く
馬車に
だが、周りの者たちがそうした者たちを
ダニアにとって戦いは日常生活の一部だ。
戦での死というものも彼女たちにとっては身近で、よくある出来事なのだ。
戦いを終えて、生き残った者は笑え。
それがダニアの教えだった。
死んでいった者たちに、おまえたちのおかげで戦に勝てたと笑って報告することが何よりの
ブリジットに刃を向けた裏切り者の中には、分家の者だけでなく本家の者もいた。
その者たちのうち、生き残った数名は
後に厳しい取り調べが待っている彼女たちだが、ひどく落ち着かない様子で体を揺らしたり、視点の定まらぬ目をあちこちに向けていた。
薬物の禁断症状だろうとアーシュラは言った。
「ブリジット。お茶をどうぞ」
ボルドは今、ブリジットと共に彼女の天幕に身を寄せていた。
おそらく彼女1人で100人以上の敵を斬っただろう。
アメーリアとの戦いから立て続けに戦場に身を投じたブリジットは疲れ切っており、部下への指示は十刃長のユーフェミアに任せて休息を取ることにした。
左肩にケガをしているクローディアは、アーシュラを
今頃は治療を
戦い終えたばかりで興奮冷めやらぬ皆を
「ボルド。おまえも疲れているだろう。余計な気を使わずに休んでいろ」
「いえ、お世話をさせて下さい。半年以上もあなたにお
ボルドの言葉にブリジットはわずかに
そしてそれを口に
「本当に……現実なのだな。ボルド。生きているおまえとこうして再び過ごせる時が来るとは……こちらに来て、その顔をよく見せてくれ」
そう言うとブリジットは湯飲みを近くのテーブルに置き、ボルドを招き寄せて両手でその
「ボルド。聞かせてくれ。何があったのか」
ボルドは天命の
運良く命を失わずに水面に落ちた後、分家のブライズに拾われた。
その後、レジーナという女性に看病され、それをクローディアとは知らずに療養生活を行っていた。
ケガが治ると、それからはレジーナに導かれ、新都建設の作業に従事していた。
その最中に天候の変化や地震を事前に察知する
そして自分の存在を十血会に隠していたレジーナが、分家の女王クローディアその人であることを知ることになった、十血会セレストによる連行騒動。
それによってダニアの街に連行された自分は、本家との取引のための人質とされるところだったが、クローディアの温情により事前にブリジットに引き合わされることとなった。
「……そういうことか。色々なことがあったのだな」
「はい。クローディアは大変親切にして下さいました。
「おまえがアイツを……レジーナと呼んだのはそういうことだったのだな」
そう言ったブリジットは少々面白くなさそうに
「はい。お会いした当初は修道服に身を包まれていて、私の前では髪の毛もお見せにならなかったので、あの方がクローディアその人であるなどとは思いもしませんでした。知った時には
レジーナとの思い出を
「……ライラだ」
「えっ?」
「2人だけの時はアタシをライラと呼べ。それともアタシの幼名はもう忘れたか? レジーナのことは幼名で呼ぶのに」
皆の前では誰もが敬う女王として振る舞う彼女の、他の人には見せない一面に、ボルドは思わず胸から愛しさが
その口から
「ライラ。毎日、毎晩、あなたのことを想っておりました。あなたの夢を見て、目覚めた朝の悲しさや
「……アタシだって、アタシだってずっとおまえに会いたかった。毎晩のようにおまえの夢を見て、どれだけおまえを恋しく思ったことか。しかもアタシはもうおまえがこの世に生きてはいないものと思っていたんだぞ。アタシのほうが辛く
そう言うとブリジットはたまらずにボルドを抱き締めた。
ボルドも彼女を抱き返す。
ブリジットの体からは血と汗と
2人は
その時、不意に天幕の外から声がかかった。
「ブリジット。入っていいか」
その声に2人はハッとして身を離す。
ベラの声だった。
ブリジットは居住まいを正すと
「あ、ああ。心して入ってこい」
その言葉にベラとソニアが
「何だ? 心してって……」
そう言ったきり、ベラもソニアも言葉を失ってその場に立ち尽くした。
ブリジットの
いつもは多弁なベラも、舌がもつれて上手く回らない。
「ボ……ボ……」
ソニアに至っては
2人の様子にブリジットは苦笑いをしながら声をかけた。
「だから心して入ってこいと言っただろう。ボルドが困ってるぞ」
ブリジットの言葉にベラもソニアも弾かれたようにボルドに駆け寄った。
「ボルド! お、おまえ、何で……」
ベラもソニアもボルドが本当に生きてここにいるのか信じられず、ブリジットの前だというのに
ボルドは困り顔で2人に声をかけた。
「ベラさん。ソニアさん。ご心配をおかけしました。この通り、本当に生きています」
「ゆ、幽霊じゃないんだな? 本物のボルドだな?」
「はい。この通り、無事に戻ってまいりました」
そう言いながらボルドは感情が込み上げてきて思わず涙ぐむ。
ダニアの中でもこの2人は特に
ボルドにとっても再会の喜びは
ベラは大喜びでボルドの肩を抱き、ソニアはそんなベラごとボルドを胸にグッと抱き締める。
「イテテテッ! ソニア! 馬鹿力で抱きつくんじゃねえよ! ボルドがまた死ぬぞ! って、泣いてんのかオマエ」
ソニアはボルドを抱き締めたまま、声を殺してむせび泣いていた。
強い力で抱き締められて息をつまらせながら、ボルドは彼女たちの気持ちが嬉しくて自分も泣いた。
その様子を見ながらブリジットが
「おまえたち。いい度胸してるな。アタシの前でボルドにベタベタ触るなんて処刑ものだぞ」
「処刑でも何でもしてくれ。死んだと思ったボルドが生きてたんだ。こんなに嬉しいことはねえだろ。もう死んでもいいぜ」
泣きそうなのを
「まったく。今だけだぞ。特別だからな」
他の者が入って来ない天幕の中、4人は再会の喜びに泣き笑ったのだった。
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