第191話 各々の誤算
「トバイアス。おまえを
そう言うとアーシュラは倒れているトバイアスの手足を
アーシュラから不意打ちで奇妙な液体を浴びせられたトバイアスは、手足を
いざという時のためにアーシュラが服の中に仕込んでいたのは、強烈な刺激臭を持つ水溶液だった。
一瞬その
トバイアスはそれを顔に浴びて激しく苦しんでいた。
「劇薬だが致死量には程遠い。おまえはここでは殺さない。クローディアに裁かれるべきだ」
彼には知っていることを吐かせる必要もある。
公国軍に対する人質にもなり得るし、彼の処遇はクローディアに任せるべきだと考えたアーシュラは、トバイアスが呼吸を徐々に落ち着かせると
「トバイアス。アメーリアはこの大陸で
アーシュラが知る限り、それは最悪の薬物だった。
人を人でなくす禁断の麻薬だ。
それを投じられた者は思考能力を失い、自我を失い、感情を失う。
痛みも恐怖も感じなくなり、新たな
それだけではなく本来持っている身体能力が大きく引き出されて、強力な戦士となるのだ。
「……ふ、ククク……その通りだ。あれは便利な薬だな。忠実な兵隊をいくらでも生み出せる」
「
そう言ったアーシュラはハッとして顔を上げる。
(何者かが近付いて来る)
アーシュラは手甲に仕込んだ小刀を取り出す。
剣はボルドに渡してしまって、武器はこれしかない。
アーシュラは警戒して茂みの奥を見つめた。
するとその茂みの中から数人の人影が姿を現したのだ。
それは赤毛に
彼女たちはアーシュラと、その足元で縛られて転がっているトバイアスを見ると
「誰だ? おまえは」
「ワタシは……分家のアーシュラです。あなた方は本家の方々ですか?」
「ああ。そうだ。ブリジットの姿が見えないので急いで探しに来た」
宴会場での戦いはダニアが苦戦している状況だ。
そんな時にブリジットもクローディアもいないのでは話にならない。
すぐにでも女王2人には戦場に戻って欲しいところだろう。
「ブリジットはこの先で交戦中です。敵を倒し次第、合流すると思います。それよりこの男を……」
そう言いかけたアーシュラは背後からいきなり後頭部を
一瞬、目の前が真っ暗になり気を失いかけたが、アーシュラは気力を振り
だが頭を強く打たれたせいで視界がグラグラ揺れ、立ち上がることが出来ない。
そんな彼女の手足を押さえつける者がいる。
アーシュラは必死に目を見開き、
「なっ……」
彼女を押さえつけているのは赤毛の女たちだったのだ。
本家と分家の違いこそあれど、なぜ同族である彼女たちがそのようなことをするのか、アーシュラは一瞬戸惑った。
だがすぐにその理由に気付いた。
女たちの目が……
「ト、トバイアス。言う通りにしたぞ。早くアレをくれよ」
赤毛の女の1人が、息も荒くそう言う。
アーシュラはこういう目をした者たちを数多く見てきた。
(
女の内の1人がトバイアスの手足を縛っていた
先ほどの劇薬を浴びた彼の顔が赤く
「まあ待て。約束通り
そう言うとトバイアスはアーシュラの前に立ちはだかる。
彼女を見下ろすその目は
「アーシュラ。悪い娘だ。だが案ずるな。俺は怒りに任せて殺してしまうようなことはしない。しかしおまえには仕置きと
そう言うとトバイアスはその場で腰帯を解き、下半身を
男のそれがいきり立っていた。
それを見た女たちは
「あ、あなたたち……同胞を売るつもりか!」
「へっへっへ。悪いな。アタシらは分家の奴なんて同胞とは思ってねえよ。いいからおとなしく股を開きな」
そう言う女たちの目は血走っていた。
完全に薬物の
「おまえは服の中に色々仕込んでいるようだからな。裸にしないと危ない。おい。髪の毛の中にも何か仕込んでいるはずだ。取り除け」
トバイアスの言葉に従って女たちはアーシュラの頭髪の中から仕込みの管を取り外す。
アーシュラは歯を食いしばってトバイアスを
「ワタシもダニアの女だ。おまえごときに犯されようが、心は
そう叫ぶとアーシュラは歯を食いしばった。
クローディアに拾われた命。
任務のためならいつ捨てても惜しくはないと思っていた。
だが、そんなアーシュラの
すると彼女は急に悲しさと悔しさに襲われて涙が込み上げてきた。
両親に
父も母も死ぬ間際まで自分の幸せを願ってくれていた。
それをこんな
そのことが悲しくて悔しくてたまらなかった。
「しっかり
そう言うとトバイアスはアーシュラの前に両
女たちが強引にアーシュラの股を開かせ、下着を破り捨てた。
アーシュラは
……その時だった。
「ピィィィィッ!」
鋭い声が響き渡り、空中から急降下してきた一羽の
「ぐあああああっ!」
トバイアスは悲鳴を上げて耳を押さえ、必死に
同様に何羽もの
「うおっ!」
その際に脱がされた衣服を地面から
そしてその中に入った液体を、追いすがる女たちに引っかけた。
「うぐああああっ!」
女たちが悲鳴を上げてその場にうずくまる中、トバイアスが
だがその腕に一本の矢が突き刺さった。
「ぐあっ!」
トバイアスが痛みに顔をしかめ、次射を警戒してその場に
アーシュラがハッとして矢の飛んできた方向を見ると、女の声が響き渡った。
「今のうちに逃げて!」
見ると十数メートル先の木の枝の上に、石弓を
自分と同じくダニアの女にしては背の低いその女を、アーシュラは本家に潜入していた時に見知っていた。
アーシュラはとにかくその場から脱出するべく、木々の間を通り抜けて必死に駆け出したのだった。
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