第181話 呼びかける者

「そろそろお開きかしらね」


 ベリンダが眠そうにそう言う。

 外で行われている宴会が終わりを迎えようとしているようだった。

 ブライズも疲れた表情で肩をすくめてうなづく。 


「ああ。調子に乗って飲んで皆、酔いつぶれたんだろ」


 夜半過ぎ。

 外から聞こえてくるざわめきが静かになりつつあった。

 2人に見張られた小屋の中で身を横たえるボルドは暗いやみの中、眠ることが出来ずに物想いにふけっていた。


 つい数時間前には大きな歓声が湧き上がり、宴会が最高潮に盛り上がっていることがこの小屋にも伝わって来た。

 ブリジットとクローディアが試合を行っているのだと言うベリンダのとなりで、ブライズが悔しげにウズウズとした表情を見せていた。

 女王同士の対決となる試合をその目で見たかったのだろう。


「どっちが勝つと思う?」 

「クローディアに決まってますわ」

「だよなぁ」


 試合中、ブライズとベリンダはそう言って笑い合っていた。

 クローディアの命令によってこの小屋へは一切の接触が禁じられている。

 小姓こしょうの1人として、ここに近付く者はいない。

 それゆえ女王同士の勝負の結果を知るすべはなかった。


 一方、ボルドは勝敗そのものには興味がなかった。

 戦場での殺し合いではなく摸造もぞう刀を用いての模擬戦だ。

 どちらもケガをしていなければいい。

 それよりもボルドは先程から時折、気になっている感覚を探っていた。


 誰かが見ている。

 そう感じていたボルドだが、その見ている誰かが徐々にこの場所へと近付いてくるのが分かった。

 そして相手が意図いと的にこの感覚をボルドに向けて発信し、気付かせようとしていることもボルドは気付いていた。

 その感覚を何と表せばいいのか難しいが、頭の中にとびらがあってそれを外側からノックされるようなイメージがボルドの頭の中にはあった。


(誰かがゆっくり近付いて来る。でも……嫌な感じはしない)


 そう感じたボルドは頭の中のとびらを逆に自分からノックするような感覚を発してみた。

 するとそれに反応して相手もとびらを叩き返してくる。

 その間隔がせばまっていき、相手がどんどんこちらに近付いてくるのが分かった。

 そして……再びとびらがノックされた。


 今度はボルドの頭の中のそれではなく、実際に小屋のとびらがノックされたのだ。

 ブライズとベリンダは顔を見合わせ、たがいに武器を手にしながらとびらの前に立つ。


「誰だ?」

「……アーシュラです」


 その声を聞き、ブライズとベリンダは再び顔を見合わせると肩をすくめてからとびらを開く。

 そこに赤毛の少女が姿を見せた。

 ボルドはアーシュラというその少女が以前に軟禁中の自分を訪ねてきた娘だと覚えていた。

 そしてあの頭の中に静かに響く奇妙な感覚を発しているのも彼女なのだと直感する。


(そうか。この子が……)


 ブライズがアーシュラを部屋に招き入れるとベリンダがそっととびらを閉じる。


「来るんじゃないかと思ってたぜ。アーシュラ。まさか正面切って乗り込んでくるとは思わなかったがな」

「なぜワタシたちを眠らせなかったの? そういうのはお手の物でしょうに」


 ブライズとベリンダは口々にそう言う。

 2人は知っているのだ。

 アーシュラが任務で建物に忍び込む際、事前に眠りを誘う香をいて、見張りを眠らせる手をよく使うことを。

 だがアーシュラはその言葉にも動じることなく、その場にひざを着いた。


「お2人にはそのようなことをしないようクローディアより厳しく命じられております。きちんとお話ししてお2人にご納得いただいた上で、ボールドウィンの身柄を預かるよう仰せつかりました」


 その言葉に2人は目を丸くした。

 ブライズもベリンダも何となく気付いていたのだ。

 クローディアがブリジットと2人だけで会おうとしていることのみならず、その時にボルドを彼女に会わせるつもりだということに。

 確信があったわけではない。

 従姉妹いとことして昔からクローディアを知るこの2人ならではの勘だった。


 そして見張りの2人からボルドを奪おうとするのならば、アーシュラを使って2人を眠らせるだろうと予想していた。

 そのことを分かった上で、ブライズもベリンダもクローディアの思うままに眠らされてやろうと思っていたのだ。

 姉であるバーサのこともあり、ブリジットとの和睦わぼくには複雑な思いもある2人だが、それでもクローディアの意向を尊重することに迷いはなかった。

 全てはクローディアのためにと納得した上でのことだった。


 だがクローディアもそんな2人の心を分かってくれていた。

 彼女が従姉妹いとこの2人からボルドを強奪するようなことをしなかったのは、彼女の2人への敬意と信頼あってこそだ。

 ブライズもベリンダもそれを嬉しく思い、たがいに目を見合わせてうなづいた。


「なら四の五の言う必要はねえよ。連れて行け。クローディアの元へ」

「よろしいのですか?」


 アーシュラはおどろいたようにそう聞き返す。

 ベリンダが腕組みをしながらため息まじりに答えた。 


「はぁ。仕方ありませんわ。レジーナは昔から言い出したら聞かない子でしたので」


 2人の言葉にアーシュラは深々と頭を下げ、立ち上がるとボルドに声をかける。


「ボールドウィン。ついてきなさい」


 そう言うとアーシュラはボルドを連れ出して小屋を後にした。

 ブライズもベリンダも静かにそれを見守るのみだった。

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