第131話 迷える姉妹

 クローディアとアーシュラが去った後の公邸こうていの室内で、ブライズとベリンダはしばし無言のまま頭の中で情報を整理していた。

 やがて姉のブライズが妹のベリンダに目を向ける。


「……どう思うよ」 

「無謀……というわけではないのでしょう。それよりクローディアが十血会にすら気付かれずにこれほどまでに準備を整えていたのはおどろきです」


 クローディアから打ち明けられた計画。

 ブライズたちが考えていたのとは別のダニア統合計画と、新たなる都の建造。

 どれもこれも彼女たちには寝耳に水だった。


「でも……ブリジットはこの計画に乗るかしら。クローディアの謝罪でバーサ姉さんの一件をブリジットが仮に手打ちにしたとしても、積極的な協力を申し出るとは考えにくいですわ」


 2人の姉である亡きバーサは苛烈な攻撃で本家の奥の里を攻撃した。

 本家では死傷者も出たという。

 そんな相手が和睦わぼくを申し出てきたとして、相互利益のために和睦わぼくを受け入れたとして、果たしてその後、相手と手を取り合って協力できるだろうか?

 一度自分たちを攻撃してきた相手を信用できないのは、人間の感情として至極当然のことだ。


「クローディアは会談でブリジットという人間を見極めるつもりなんだろう。感情を乗り越えて一族のために物事を進められるうつわかどうかを」


 そう言うとブライズは頭の中で情報を整理して何が一番良いのかを必死に考えようとする。

 だがどうしても胸に渦巻うずまく感情がそれを邪魔するのだ。

 それは妹のベリンダも同じだった。


「ワタシとしてはクローディアこそがダニアの頂点となる女王にふさわしいと思っていますわ。ですからクローディアにはブリジットを武力で打ち破っていただきたいという思いは消えません」

「ワタシだってそうさ。力で相手を屈服くっぷくさせるのがダニアの流儀だ」


 その気持ちを置き去りにしたまま本家の者たちと手を組むなど、うまくいくはずがないと思う。

 なぜなら本家のほうにも今の自分たちと同じように思っている者が必ずいるだろうからだ。

 ブリジットにクローディアを倒してもらいたいと。


「クローディアにはそういう気持ちはないのかしら? まさかブリジットと戦って勝つ自信がないと思ってはいませんわよね?」

「そんなわけねえだろ。クローディアは相手が誰だろうとビビッたりしねえ」


 そうは言うもののブライズもクローディアの今の胸の内を理解することは不可能だった。

 彼女の話は理屈では理解できる。

 だがダニアの女として共感が出来ないのだ。

 気持ちだけで言えば全軍を上げて本家に突入し、クローディアにはブリジットを討ち取ってもらいたい。

 それでこそ武力を誇るダニアの女王だと本気で思う。


「それにあのアーシュラという女。子供の頃からレジーナのそばにいましたが、あんな出自があったとは……信用できますかしら。ブライズ姉さん」

「そうだな。クローディアの計画はあいつの話が本当でなければ成り立たねえ。もしあいつがだますつもりでいるなら、クローディアはとんだ道化ピエロを演じることになる」


 クローディアの腹心の部下アーシュラ。

 ブライズとベリンダは昔から彼女を知っていたが、彼女自身のことはほとんど知らなかった。

 まずアーシュラは戦場には出て来ない。

 戦闘に参加しないのだ。


 情報収集などの諜報活動を行っているのだろうと分かるが、アーシュラはクローディアの私的な部下として指揮系統から外れている。

 普段どのような任務に就いているのかはクローディアしか知らない。

 おそらくクローディアがここまで自分の計画を隠し通してこられたのは、アーシュラが専任でその任務にいそしんでいたからだろうと2人にも想像できる。


 そんなアーシュラがブライズたちに説明したのは、自分の出自についてだった。

 彼女は紛れもなくダニアの女だが、生まれたのは本家でも分家でもなくまったく別の場所だという。

 ダニアの血統がこの大陸以外の場所にあるという話はにわかには信じ難かった。

 だが、彼女の存在こそがブリジットに計画の実行を決断させたのだろう。


 アーシュラが告げた事実には、ダニアの歴史書には記されていない初代ブリジットおよび初代クローディア以前の赤毛の一族のことがふくまれていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る