深愛~美桜と蓮の物語~4
桜蓮
エピソード33
準備を終えホテルの部屋を出ようとしている時、西田先生が様子を見にやって来た。
『紺野、大丈夫か~?』
ドアの向こう側から聞こえてきた西田先生の声。
その声に焦った私は慌ててベッドの中に潜り込もうとした。
そんな私の手首を掴んだ蓮さん。
「座ってろ」
私の耳元で呟いた。
「う……うん」
私は蓮さんに言われた通りベッドに腰を下ろした。
それを確認した蓮さんが私の前に立った。
まるで私を隠すように……。
『入るぞ~』
西田先生はそう言うと、ドアを開けて部屋に入ってきた。
「神宮!!」
嬉しそうな西田先生の声。
西田先生は、蓮さんの事が大好きらしい。
「西田、美桜が迷惑掛けたな」
……蓮さん……。
一応、お礼を言ってるけど西田先生を呼び捨てだし……。
しかも、すっごく偉そうだし……。
……だけど……。
そんな蓮さんの態度に西田先生は気分を害した様子も無くニコニコと笑っている。
「気にするな、神宮。紺野は俺の可愛い生徒だからな」
西田先生の言葉に蓮さんの身体から不穏なオーラーが発せられている。
「可愛い?俺の?」
いつもより低く不機嫌な声の蓮さん。
私からは蓮さんの背中しか見えないけど。
「てめぇ、俺にケンカ売ってんのか?」
「おぉ、よく分かったな」
「あぁ?」
「久しぶりに会ったんだからこのくらいの事をしても許されるだろ」
「どういう意味だ?」
「この前の仕返しだ」
西田先生はそう言って豪快に笑った。
……仕返し?
この前って私が聖鈴に編入した日の事!?
やっぱりあの日の事、根に持ってたの!?
「いつの話をしてんだ?」
「ん?紺野が体調を崩して早退した日の事だ」
早退って……私が熱を出した日の事?
「その日は顔を会わせてねぇーだろうが。ボケてんのか?」
……ボケ!?
蓮さん!!
それは、言いすぎなんじゃ……。
「それを言っているんだ」
「あ?」
「お前、紺野を迎えに来たくせに、俺に顔も見せずにさっさと帰りやがって……」
「仕方ねぇーだろ。あの時、美桜は熱があったんだ。てめぇの顔を眺めてる時間なんか無かったんだよ」
「それはそうかもしれんが……少しぐらいいいじゃないか」
……西田先生……。
そんなに、蓮さんに会いたかったんだ。
「いつまでもグチグチ言ってんじゃねぇーよ。だから嫁に逃げられるんだっていつも言ってんだろーが」
……蓮さん!!
それって禁句!!
「あっ!!お前それを言うなっていつも言ってんだろーが!!」
「そうだったか?」
「……まったく、お前は……」
西田先生は蓮さんの言葉に戦意を喪失してしまったらしい。
……可哀想に……。
「紺野、大丈夫か?」
蓮さんの身体の横から突然、西田先生が顔を覗かせた。
「は……はい。多分……」
仮病だってバレてないでしょうね!?
私の心臓がものすごく速く動き始めた。
「さっき薬を飲ませた」
蓮さんがすかさずフォローしてくれた。
「そうか。今から帰るのか?」
「いや、俺が泊まっているホテルに連れて行ってしばらく様子を看る。また悪くなる様だったら病院に連れて行く」
「そうだな。今から帰って飛行機に乗っている時に悪くなると大変だからな」
「あぁ」
「それから、さっき電話でお前が言っていた単位のことだけど……」
「……」
「学長に連絡したら、病気なら仕方ないから特別に許可するそうだ」
「悪いな」
安心したような蓮さんの声。
……良かった……。
私もほっと胸を撫で下ろした。
「ただ、学長から一つ条件が出された」
「なんだ?」
「作文だ」
えっ? 作文!?
「作文?」
「そうだ」
「反省文か?」
「いや、昨日一日修学旅行に参加して感じた事や思った事を書いて欲しいそうだ」
「美桜」
蓮さんが私の方を振り返った。
「うん?」
「昨日、想い出はできたか?」
「……うん!!」
「じゃあ、書けるか?」
「うん」
再び西田先生の方を向いた蓮さん。
「分かった」
蓮さんがそう言うと西田先生が頷いたのが分かった。
「ホテルまでタクシーで行くか?必要なら下に待たせておくぞ?」
「いや、レンタカーがある」
「そうか、あんまり飛ばすなよ」
「あぁ」
「それじゃあ、紺野ゆっくり休めよ?」
「はい。ありがとうございます」
「神宮、またな」
「あぁ」
西田先生が笑顔で手を振りながら部屋を出て行った。
ドアが閉まると蓮さんが大きな溜息を吐いてベッドに座り込んだ。
「……西田と会うとなんか疲れる……」
いつもは冷静で落ち着いた雰囲気の蓮さん。
責任感があって、大切な仲間を守るお兄さん的存在。
そんな、蓮さんが西田先生といる時は雰囲気が変わる。
私は思わず笑ってしまった。
「なんだ?」
「……蓮さんって……」
「うん?」
「西田先生の事大好きでしょ?」
「は?」
驚いた表情で私の顔を見つめる蓮さん。
そんな蓮さんにニッコリと微笑みかけると蓮さんは照れたように私から視線を逸らした。
「嫌いじゃねぇーな」
小さな声で呟いた。
そんな蓮さんを私は可愛いと思った。
◆◆◆◆◆
ホテルを出ると目の前に白い高級車が堂々と停まっていた。
厳つい雰囲気を醸し出しているフルスモークの高級車。
私は勢い良くその車から視線を逸らした。
蓮さんの白いベンツと同じ雰囲気を持っているその車。
ベンツじゃないけど……。
……きっとこの車の持ち主も蓮さんみたいに“怖いお仕事”の人かもしれない。
……いや、絶対そうに違いない……。
だって、ホテルの出入り口にこんなに堂々と車を停めようと思う人なんてそんなにいないと思う。
あんまり見ていると“怖いお兄さん”が降りてくるかもしれない。
そんな事になったら……。
私一人だったら、謝って全力疾走で逃げればなんとかなるかもしれない。
だけど。
私の隣には誰よりも“怖い人”がいる。
私の頭の中には“恐怖の結末”がはっきりと浮かんだ。
よし!!
一刻も早くこの場を離れよう!!
そう決心した私は隣にいる蓮さんの腕を掴もうとした……けど……蓮さんの腕を掴む事は出来なかった。
「れ……蓮さん!?」
私の隣にいたはずの蓮さんが……もうそこにはいなかった。
私の荷物を持って、一人でスタスタと先を歩く蓮さん。
しかも、厳つい雰囲気を醸し出している車に向かっている。
なんで蓮さんはそっちに行ってるの!?
……もしかして……。
もう蓮さんと“怖いお兄さん”との対決は始まってるとか?
車の中のお兄さんとすでに目が合ったとかの理由で対決が始まってたりして……。
そんなはずないか。
だってあの車、フルスモークだし。
私がここから見ても車の中の様子なんて分からないんだし、ちょっと考え過ぎちゃった。
でも。
なんで蓮さんはあの車に向かって歩いているんだろう?
「美桜、なにやってるんだ?」
立ち尽くしている私に気付いた蓮さんが振り返った。
その蓮さんの手は厳つい車の助手席のドアに掛けられている。
「蓮さん!!ダメ!!」
私は叫ぶと蓮さんの元へと駆け寄り腕を掴んだ。
「美桜?どうした?」
驚いた表情の蓮さん。
「ダメだよ!!」
「なにが?」
「勝手に開けたら“怖いお兄さん”が激怒しちゃうよ!!」
「“怖いお兄さん”?誰の事だ?」
「この車の持ち主のお兄さんだよ!!」
「この車の持ち主は怖いお兄さんなのか?」
「そうだよ!!」
「お前、そいつの事知ってるのか?」
「へ?知らないけど」
「だったら何でこの車の持ち主が怖いって思うんだ?」
「なに言ってんの?蓮さん」
「は?」
「こんな車に乗って、ホテルの出入り口にこんな停め方するんだから、“怖い人”に決まってんじゃん」
「……」
「……?」
「残念だったな」
「えっ?」
蓮さんは私に腕を掴まれたまま車のドアを開けた。
「乗れ」
「……はい?」
「この車は俺が乗ってきた車だ」
……あぁ。
そうなんだ。
蓮さんが乗ってきたんだ。
だったら蓮さんがドアを開けても大丈夫じゃん!!
……。
……。
……えっ?
……。
……。
……はい?
……。
……。
えぇぇぇー!!!
蓮さん!?
「こ……この車と“怖いお兄さん”は関係ないんだよね?」
「関係あるかもな」
「……!!」
「関係あるの!?」
「……」
なに?
なんでなにも答えてくれないの!?
そんなに意味あり気に微笑まれたら怖いんだけど!!
だってこの車“那覇ナンバー”だよ!?
蓮さんがなんでそんな車を持ってるの!?
……もしかして……。
……盗んで……いや!!……そんな事ない。
蓮さんがそんな事するはずないじゃん!!
私ったら……。
「なに、一人で興奮してんだ?」
「えっ?」
その言葉に視線を上げると、笑いを堪えている蓮さん。
「お前、本当におもしろいな」
「……」
私は全然おもしろくはないんだけど……。
「どうせ、俺が盗んで来たとか思ってるんだろ?」
「えっ?……いや……そんな事は……」
「そんな事は?」
「……思っていません!!」
「思ってんだな」
「……!!」
やっぱり私は蓮さんに嘘を吐く事は出来ないらしい……。
「借りてきた」
「誰に?」
「友達」
「友達?沖縄に友達がいるの?」
「あぁ。聖鈴でツルんでた奴だ。こっちが地元で今は親の仕事を継ぐ為に頑張ってる」
「そ……そうなの?」
「あぁ」
「そっか。良かった」
私はホッと胸を撫で下ろした。
「それにしても……」
「えっ?」
「本当に失礼な奴だな」
「……?誰の事?」
「俺を“エロ変質者”とか“車を盗んできた奴”扱いする奴」
……。
……それって……。
私の事!?
ヤバイ!!
私ってかなり失礼な奴じゃん。
……どうしよう……。
よし!!
ここは笑って誤魔化してみよう。
私は蓮さんに向かってニッコリと笑いかけてみた。
「笑ってごまかそうとしなくていいから早く乗れ」
「……はい、すみません」
私の作戦に蓮さんが嵌るはずもなく……。
軽くスルーされてしまった。
仕方なく私は蓮さんが開けてくれた助手席のシートに座った。
ドアを閉めた蓮さんが後部座席に私の荷物を置くと運転席に乗り込んできた。
「よし、行くか?」
「うん!!」
私が頷くと厳つい車は走り出した。
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