あいたい

第1話

前の席の人は振り向いてこう言ったんだ

「ねえ、何があっても、絶対き消えないものってなんだか分かる?」

その質問に僕は答えることはできなかったというより答えを言うことはできなかった


いつからだったであろうか

僕の目の前の席が空くことが増えていた

最初は月に一度か二度、今では週に二度

全く来ていない週があってもおかしくはない

最初は良くある友達同士のもめごとかと思っていた

でもその子はいつもクラスの人気者で流行の最先端を行き、よく生徒部の先生の鬼ごっこになっていることがあるくらいいつも元気であった

この学校は学年が変わるごとにクラス替えがある

彼女とは高一の時から二年連続で同じ


そしていつも僕の前にいた


「ただいま。」

僕は家のドアを開けた

すぐに妹が走り出迎えてくれた

「お帰り。」

僕は妹にスクール鞄を渡した

妹はいつも出迎えをしてくれら

「お帰り。」

遅れて母が手を布巾で拭きながら出てきた

「ただいま。」

「遅かったじゃない、部活?」

「うん。」

「もしかして補習に引っかかんたじゃないでしょうね。」

母は意地の悪い目つきで僕を見た

「そんなわけないだろ。」

「そうよね、じゃ、テスト見せて。」

「な、ないよ。」

「昨日テストで今日結果が帰ってくるんでしょ、お向かいさんが言ってたわ。」

「ぼ、僕のクラスは違うんじゃないのかな。」

「ほんと?」

「ほ、ほんとだってば。」

嘘をつこうとするとつい声が上ずってしまう

僕はどうしてこんなに嘘が下手なんだろう

「嘘ついてない?」

「ついてないついてない。」

このままここにいるとつい本当のことを言ってしまう

僕は慌てて妹から鞄を取ると二階に駆け上がった

「何点だったと思う?」

「30?40?」

「もっと低いんじゃない。」

一階から母と妹の会話が聞こえてきた

僕は鞄をひっくり返して答案を探した

数学の教科書の隙間に答案はあった

「あった。」

僕はしわくちゃな答案を引っ張り出した

”30点”

「妹の言った点数は当たってたか。」

僕が教科書を鞄に戻そうしていた時、何かが目に入った

「国語科からのプリントだ。」

ファイルの中に丁寧に折りたたまれ、表紙に大きく国語科と書かれていた

「何だ?」

僕はゆっくりとプリント広げた

「何々、12月14日期末前日にまで以下の内容で自分宛に手紙を書いて提出すること、『未来の自分へ』?」

僕はカレンダーを見た

「今日は12月13日、提出日は…明日だ‼」

僕は立ち上がると文房具セットの箱を開けた

便せんやら切手やらは全てここに入っていた

「ない。」

画面蒼白になった

「やばい。」

僕は時計を見た

もうすでに”7時3分”

「確か一番近い文房具屋は7時15分までやっている、今行けば間に合う。」

僕は制服を着たまま、コートを羽織り、財布を掴んで部屋を飛び出した

「ちょっともうすぐご飯よ、どこに行くの?」

台所から母の声が聞こえてくる

「ちょっと友達の家に忘れ物しちゃって。」

「まさか明日学校に必要なものでも思い出して慌てて買いに行っているとかじゃないでしょうね。」

「も、もちろんだよ。」

嘘をついてもすぐに思いとおしされてしまう

「どれくらいで戻ってくるの?」

「30分くらいかな。」

「暗いから気を付けてね。」

「はあーい。」

僕は自転車の鍵を掴むと真冬の外に出た

「星がきれいだな。」

空を見上げると満天の星空だ

「そう言えば誰かが満天の星空はあいたい人とめぐり合わせてくれるって言ってたっけ。」

不思議と言ってもおかしくはないくらい輝いている星空だった


”7:14”

ぎりぎり間に合った

「おじさんおじさん。」

僕は店の壁に自転車を立て掛けると店内に駆け込んだ

「何だね。」

奥から男の人が出てきた

「便せんと封筒売ってない?」

「ごめんな、坊や、売り切れになってしまっているんだよ。」

「う、売り切れ?」

僕の目はみるみるうちに大きくなった

「そうなんだよ、さっきから君みたいな子供たちがやってきて便せんと封筒を買っていったんだよ。」

「他にどこか近くで打っている店はない?」

「ちょっと待ってくれ、電話して聞いてみるから。」

と言いながら男の人は店の奥へと入っていった

(まずいな、ないと提出ができない)

「あるぞあるぞ。」

すぐに男の人が戻って来た

「どこですか?」

「隣町に清爽堂て言う本屋があってそこだったらあるって。」

「清爽堂って石山本願寺の隣ですか?」

「そうだ、時間が7:30分まで何だが待っててやるって言ってたぞ。」

「ありがとうございます。」

「暗いから気を付けるんだぞ。」

「はい。」

外はもうすでに真っ暗だった


”7:31分

僅かに時間に間に合っていないがおじさんが電話をしてくれたからか店内の灯りがかすかに漏れていた

「すいません。」

僕は自転車を店の前に止めて、誰かが店から出てくるのが見えた

ほっそりとした足、整った顔

「美咲さん?」

「じゃあこれで。」

女の子は上品に会釈した

「ああ、気を付けてな、もう暗いから。」

「はい、では。」

美咲さんはもう一度丁寧に会釈すると暗い闇の中に消えて行った

その後ろ姿にいかめつい男性が大きく手を振っている

(今のは確かに美咲さんだった、けどどうしてこんな時間に?)

「坊主。」

びくっとした

「お前がさっき文房具店の人が電話で言ってた人か?」

「は、はい。」

恐々顔を上げると目の間には強面の男性が立っていた

「便せんと封筒だ。」

男性は前掛けのポケットから半分に折られた封筒とその中の便せんを取り出した

「い、いくらですか?」

「両方合わせて200円。」

僕は制服のポケットから銀色に光り輝く硬貨を二枚取り出すと男性が差し出す小銭受けに入れ、便せんの入った封筒を受け取り、コート内ポケットにしまった

「暗いからな、気を付けるんだぞ。」

「はい。」

僕は短く返事をすると自転車にまたがり、暗闇の中進みだした

(怖い顔をした人だったな、でもさっきの女の子は誰なんだろう?)


「ただいま。」

コートに封筒が入っていることを触って確認しながら靴を脱ごうとしゃがんで

母のもう何年も前から使っているやすいスニーカー、妹の可愛らしいサンダルとシックな柄の靴、そしてもう一つ、大きくて分厚くてつま先に泥がへばりついた…父の靴があった

僕は慌てて時間を確認した

”7:50分”

「遅いじゃないか。」

声がして顔を上げると目の前には仁王立ちの父がいた

「お、お父さん、か、帰ってくるの早いね。」

(やばい、お父さんはいつも時間には厳格だからこんなにいつもより帰るのが遅いと怒られてしまう。)

「無事に帰って凝ればそれでいい。部活か?」

僕はほっと胸をなでおろした

どうやら大丈夫なみたいだ

「うん。」

「運動部か?」

「うん。」

「そうか、部活は絶対にやれ、特に運動部だ、運動部に入って体を鍛えるんだ、分かったな。」

「分かったよ。」

僕はコートをかけて、父に続いてリビングに入った

父はいつも僕に部活の話をする

そして必ずとか絶対に運動部に入るように言う

でも僕はとてもでないけど運動部に入る勇気なんてなかった

母も今からでもいいから運動部に入れという

妹はその話を普段から聞かされていたからか運動部に入った

父の後ろからでもリビングに妹の大好物のカレーの匂いが立ち込めていることがすぐに分かった


昨日遅くまで手紙を書いていたからかかなり眠い

今日もいつも通り前の席は空いていた

(でももし昨日店から出てきた人が仮に美咲さんだったとして、どうして美咲さんは今日学校に来ていないのに文房具屋にいたんだろう。)

目の前の席は美咲さん、でもいつもいないからまるでそこには誰もいないかのようになっている

誰も話題に美咲さんの名前は出てこない、プリントがいつも一枚余るのだって誰も気にしない

存在自体が忘れられているように


「ただいま。」

僕は家に帰って来た

いくら12月だからと言ってもコートにマフラーでさらにセーターを着こんでいるようじゃ暑すぎる

玄関のハンガーにコートをかけようとして僕の手が止まった

僕の茶色の隣には妹のピンクの小さ目のハンガー、そしてその隣には母の赤のハンガーでさらにその隣が父の黒と紺のコートとスーツ用の二つのハンガーがある

僕は腕時計を確認した

”7:02分”

さすがにまた中学生の妹はもうすでに帰ってきてるはずの時間だった

けど妹のハンガーには何もかかっていない

下を見ると妹の可愛らしいサンダルはあるがシックな柄の靴はない

「ただいま。」

僕はもう一度家の奥まで聞こえるように大きな声で叫んだ

「お帰り。」

妹が出てきた

「コートは?」

「ママが持ってる。」

「靴は?シックな方の。」

「スクール用の?」

「うん。」

「ママが持ってる。」

「お母さんは?」

「病院。」

「どうして?誰か病気?」

「知らない。」

妹は僕と話すがいつも通りの鞄を持つことはしない

別に持ってほしいわけではないがないとないで不安が押し寄せてきた

「熱とかないよな。」

「ないよ。」

「学校には行ったんだよな。」

「もちろん、早くご飯食べよ、冷めちゃうよ。」

と言いながら妹はゆっくり歩いてリビングに戻っていった


テーブルの上には家族四人全員分の夕食が準備されている

僕のと妹とには湯気が立っている

「温めたのか?」

「うん、ママがそうしろって。」

「そうか。」


その日の母の帰りは遅かった

リビングのダイニングテーブルで今日の宿題をやっていたがそれはもうとっくのとうに終わってしまい、今は明日の数学の予習をしていた

7時のニュースのために妹がつけたテレビが深夜のお笑い番組になったころ、母は父と一緒に帰って来た

さすがに遅いから妹はもうすでに寝ていた

「まだ起きてたのね。」

母は妹のスクール鞄を肩に担ぎ、反対の手で自分の手提げかばんをずっていた

父ももうくたくたと言う顔をしていた

「ご飯温めようか?」

「助かる。」

と言いながら父はソファに横になった

「どこに行ってたの?」

「病院。」

父はクッションに顔を押し付けた

「顔洗ってくる。」

父は僕に顔を見せずに洗面所に行った

僕は二人分のご飯をレンジに入れた

「ごめん、私の白いご飯お茶漬けにしてくれないかな。」

メイクを落として疲れがあらわになった母が台所をのぞいた

「普通の?鮭?」

「鮭。」

「病院で何したの?」

「ん、ちょっとね、健診。」

「誰の?」

「妹の。」

「どうして?」

「学校でちょっと具合悪くなったみたい、別に大丈夫だから気にしないでね。」

気にしないでと言う割には顔は疲れ切っている

「分かった。」

けど僕には頷くことしかできなかった


「おい。」

不意に頭を小突かれた

恐々後ろを振り向くとそこには学年でいや、学校で一番怖い奴がいた

「な、何でございますか。」

奴と話す時はどんな人でもつい敬語になってしまう

それくらい本当に強面で気が強くてしかも喧嘩も強い

「お前の妹は大丈夫なのか?」

怖くて奴の顔を見ることができない

「だ、大丈夫だと思うけど。」

「昨日、学校で倒れた見たいだぞ。」

僕の脳裏に昨日の妹の顔と両親の疲れ切った顔が浮かんだ

「な、なんで?」

「知らねえから今こおして聞いてんだよ。」

「ちょ、ちょっと分かんないなあ。」

「今日はこれから何か予定でもあんのか?」

「な、ないけど。」

僕は恐る恐る奴の顔を見た

「それならいい、学校が終わるのは何時だ?部活はあるのか?」

奴と目が合わなかった

奴は僕の方を見ていなかった

「12時30分には授業が終わるからその後だったら空いてる。」

「部活は?」

「ない。」

「だったら12時45分までに例の場所に来い、例の場所だけでそれがどこか分かるよな。」

例の場所とは奴のような連中がたむろしている体育館の裏で、僕みたいな気の弱いのにとっては学校で教務室よりも恐ろしい場所であった

「う、うん、分かったよ。」

「おーい、保。」

遠くから奴の友達らしく人が読んでいる

奴の目が僕を向いた

奴と目が合っていた

「約束は絶対だからな。」

「は、はい。」

それだけ言い残すと奴は友達の方に走って行った

その様子を美咲さんは保健室の窓からじっと見ていた


”12時45分”

僕は約束通りの時間に約束した場所にいた

でも誰もいなかった

「騙されたのか。」

(僕をだましてここに呼び出してもてあそぶつもりだったのかな)

「誰もだましていないぞ。」

恐る恐る後ろを振り向くと奴とその仲間らしき人達がたくさんいた

「や、やあ。」

僕はできる限り笑顔でいつづけようとした

「きょ、今日はいい天気だね。」

「お前はいつも自転車で来ているのか?」

「も、もちろん。」

「だったら貸せ。」

奴はまっすぐに僕のことを見ていた

ダメヤダとは言えなかった

「い、いいけど。」

「じゃ、後ろに乗れ、お前らはここで待っていろ、すぐに戻ってくるから。」

「うっす。」

仲間らしき人達はみな手を後ろに組んで一歩下がった

「自転車がある場所まで案内しろ。」

「は、はい。」

僕はまるで兵隊のように駐輪所まで歩いた

後ろから奴がついて来てた


「こ、これです。」

僕は黒くて渋い僕の自転車を指さした

奴は軽く飛び乗ると僕に後ろに乗るように促した

「ちょっと距離があるし、時間があまりないから飛ばすな。」

と言うや否や奴は自転車を飛ばした

僕はしっかりと奴の脇腹を握った

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