パーフェクト・ソリューション

秋乃晃

2000年の終わり

「なあ、まさひと! 俺が『愛してる』と言ったら『オレも』って答えてくれないか?」


 オレの二〇〇〇年十二月二十六日はこんなふざけた電話から始まった。こんな電話をかけてくるヤツは、オレの知る限り、一人しかいない。


 通話終了のボタンへとマウスカーソルを動かせば「たとえばさ! 俺がとびっきりの美少女だったとしたら、まさひとは喜んで『オレも』って答えるだろう?」と続けてきた。


 電話の相手は風車かざぐるま宗治そうじ。宗治には家事全般をこなすしっかり者の長男の総平そうへいと、オレが宿題を見たり勉強を教えたりと面倒を見てやっている次男の智司さとしがいる。本日はこの智司の誕生日で、兄弟の母親の命日でもある。


 つまりは、嫁が亡くなった日に、こんなバカげたことを言うようなヤツなのだ。宗治という男は。


『今日は家に帰るのか』

「そりゃあ帰るよ! 昨日はクリスマスだったのに、何も出来なかったしな! 年末だから忙しいんだよな!」

『他にもあるだろう』


 どこぞの宗教の行事よりも自分の家族を顧みてほしくて、オレは違う答えを促した。しかし宗治には効かなかったようで、一拍置いてから「なんかあったか?」と訊ねてくる始末だ。


 昔からこういう男ではあったが、年々悪化している。そろそろ手を打たないと周辺人物からあらぬ誤解を招いたりいらぬ心配をかけたりしてしまうだろう。もう手遅れかもしれない。ご愁傷様だ。


「そうだ!」


 思い出してくれたのかと思いきや「まさひとさ、作倉から何か聞いてない?」とオレにまた問いかけてきた。作倉さくらすぐる。宗治の秘書を務めている。


 オレと宗治と卓は、高校の同級生だった。当時からの付き合いだからかれこれ――総平が二十歳になったことを考えれば、そうか――四十年近い付き合いになる。オレは宗治と卓に巻き込まれる側の人間。


 宗治はいわば台風のような存在だ。自分が世界の中心だと、信じて疑わないようなヤツ。あの頃、宗治が思いつき次第に出鱈目で支離滅裂で滅茶苦茶な提案をして、卓は一切否定せずにイエスマンで、オレが現実的な解決策を講じていた。声がデカくてうるさくてめんどくさい。当時から成長していない、子どもみたいな大人。


 高校を卒業すると、三人とも神佑大学に進学した。同じ大学ではあったが、オレは医学部で宗治と卓は政治学部。理系と文系とでキャンパスが離れた。トウキョーの東と西で距離もある。だから、毎日のように顔を合わせることはなくなったものの、週に一度、宗治はオレに会いにきていた。


 オレの家に押しかけてこないだけまだマシか。


『何も聞いていない』

「ふーん?」


 宗治は能力者だ。

 現代の科学では証明できない不可思議な力を扱う。


 オレは神佑大学で、学部に在籍していた当時から現在まで、能力を手段をずっと研究している。人の身に余る異能力は、いずれそいつの身を滅ぼす。


 宗治の能力は【威光】――世界をおどし、その光であまねく照らしていく。生きているかぎり、この世界はこいつの掌の上にある。まるでのごとき能力だが、幸いなことに本人には能力者であるという自覚がなかった。もし宗治が『自分に“世界を意のままに操る能力”がある』と認識していたとしたら、この世界はとっくの昔に破滅していただろう。頭が悪くて助かる。


 能力者とそうでない者を判別するためにはオレが発明した“能力者発見装置”を使うしかない。基本的には見た目では判断できない。体内に流れる特有の電磁波を計測しなくてはならないからだ。


 まだ開発途上で、試作機も持ち歩けるサイズとまではなっていない。これから改良していかなければならない。オレが宗治を能力者と判別できたのは、忙しいはずのこいつがオレの研究室を偶然に訪れたおかげだ。


『卓からのご連絡は、お前の嫁の葬式の時が最後だ』


 こう魯鈍な宗治でも思い出してくれるか。


「そっかー」


 そっけない返事のあとに「まさひとさ、喋れるようになりたくない?」とまたもや違う話題を始める。


 オレは生まれつき言葉を発することができない。無理に声を出そうとすると、のどは痛むし金切り声しか出ないしでろくな目に遭わない。両親はありとあらゆる方法でこの病を治そうとしてくれたが、どれもこれも上手くいかなかった。手術が予定されている日にその担当医へと雷が直撃したり、機械類が未知のエラーを吐き出して使い物にならなくなったり。もはや呪いといっても差し支えない。お祓いへ行ったら明くる日にその神社の柱が折れた。


 物心ついた頃から、何とかして喋ろうと意味のない努力をするのではなく『代わりに会話する人工知能』として“知恵の実”を開発するようになる。オレがキーボードで文字を打ち込めば、音声として出力してくれるものだ。この通話も、オレは文字を入力していた。宗治には音声で聞こえている。


『別に』


 タイムラグこそあれど、この〝知恵の実”があればオレは会話でのコミュニケーションが取れる。普段の生活では困らない。神佑大学構内では、オレに不意に話しかけてくるような輩はいない。オレが喋れないことは、公然の事実として知れ渡っていた。知らない人間がいても、愛想よく対応していれば相手はそれとなく察してくれるものだと、オレは人生の中で学んだ。


「俺はさ! まさひととお話ししたい! あわよくば付き合いたい、そう思って」

『寝言は寝てから言え』


 いい加減にしろ。

 オレはパチーンと音が響くぐらい、エンターキーを叩き込んでいた。


「……そうか。じゃあ、そろそろよ」

『ああ。おやすみ』

「次の世界でもよろしく!」


 こうして電話が切れて。

 この数時間後に風車宗治は亡くなった。


 卓からメールが届いて、宗治を死を知る。悲しいというより、もうふざけた電話はかかってこないのだなと、さみしくなった。宗治が生きているときには、厄介にしか思っていなかったのに。


 その後、もう一通メールが届く。差出人には風車宗治とあり、やたらサイズの大きな添付ファイルがついていた。

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