蒼い異能と紅い吸血鬼 〜月菜と明日香と怪異七不思議〜
しぎ
① 花子さんと、蒼と紅
花子さんに会いにいく
「月菜、早く早く」
わたしをそう呼んだ彼女は、緑のフェンスの網目の間を抜けていく。
よく見ると、ちょうど人一人が通れるぐらいの切れ目。
「もう……明日香、こんなのいつ見つけたのよ」
「これ? お姉ちゃんがいた頃からあったらしいよ」
「……はあ。校内の用務員さんに見つかったらどうするの」
「大丈夫大丈夫。足音が聞こえたらすぐ逃げるから」
そう言いながら手招きするのに合わせ、わたしも仕方なくフェンスの切れ目を抜ける。
その先はちょっとした茂みになっているが、すぐ向こうにプールのコンクリート壁。
真っ暗闇だが、月の明かりだけがわずかに灰色を照らし出している。
「そういう問題じゃないでしょ……というか、旧校舎にどうやって入るの?」
「割れてる窓を見つけてるんだ」
そう言って彼女は得意そうにわたしの前を歩いていく。
青空の下を歩くかのように、彼女の顔は明るい。
……面倒なことになったなあ。
わたしはそう思って、夜空を見上げる。
――トイレの花子さん。
おそらく日本で、最も有名な怪談。
各地域によってアレンジなんかもあるけど、学校のトイレのドアを叩くと女の子の声が返ってくる、っていう基本的なところは昔から変わらない。最も、実際に学校に噂が残っているところは、わたしの母さんが学校にいた頃よりは少ないだろう。
しかし、わたしたちが通う中学校の旧校舎には、花子さんが現役でいる。
旧校舎二階、北の端っこの女子トイレ、奥から三番目の個室。日が暮れた後、そこの扉をノックすると……
まさか、と思うかもしれないが、それを確かめに、わたしたちは今、夜の学校に来ている。
***
「そういえば月菜って、怪談とか興味あるの?」
「ああ……まあほら、家には古い本とかもたくさんあるし、結構昔の学校の記録も出てくるのよ」
「そっかー、月菜の家大きいもんね。それに古そうだし」
ショートカットの彼女がそう言って振り向く。
小学校から一緒だったけど、元気を擬人化したようなスポーツ万能女の子。
そして同時に、大のトラブルメーカーでもある。
「なんか面白そうな話とか無いの? それこそ旧校舎にまつわるのとか」
「う〜ん、多分明日香が知らなそうなマニアックなのは無いかな……」
周囲に気をつけるあまり、声が小さくなる。できれば泊まり込みの用務員さんに見つからず、静かに事を済ませたい。
わたしは
わたしの沢守家は、江戸時代から当時のお役所に認められて、このあたり一帯の管理を任されていたという由緒ある家だ。
知らない人はヤクザの家と間違えるとかいう大きな、平屋の木造家屋には、古文書とかもいくつも残されている。
「そう……なんか情報があったから、行きたいって言ったのかなーって思ったんだけど」
「そうじゃないわよ。というか、わたしが言わなかったら明日香一人で探検するつもりだったの?」
「そうだけど?」
あっけらかんとした明日香にわたしがため息をついていると、いつの間にか旧校舎の前に着いていた。
……創立120年を超えるこの中学校には、1980年代まで使われていたという木造の旧校舎が、今わたしたちが通っている校舎の、校庭を挟んで反対側に建っている。
戦争中の空襲でも焼け落ちることがなかったという古い造りの建物は、月明かりに照らされて焦げ茶色に浮かび上がり、よく見るとあちこちの壁に小さな穴がついていたり、二階部分を見上げると周りの木々から伸びた枝が絡まり着いていたりする。
しかし、変色した正面玄関の引き戸の前には、工事現場なんかで見かけるオレンジのフェンス。
乗り越えて入れなくはない高さだが、人を遠ざけるのには充分だろう。
「良いね〜雰囲気ある」
「よくそんな事言えるよね明日香は……」
「わくわくしないの? あ、それともビビってる?」
「だって、花子さんがどうとかいう以前に、そもそも危険じゃないの。ちょっと大きな地震があったらすぐ崩れちゃうわよ、これ」
地震にも火事にも弱い。
こんな建物、いつ取り壊されてもおかしくない……でも、現にこうして残っている。
「もしそうなっても、花子さんが守ってくれるんじゃない?」
「逆に花子さんの怒りを買うとか、考えてないの?」
「う〜ん……話せばわかると思うんだけど……」
コミュ力の高い明日香なら、あるいはそんなこともあるのか?
つい、変なことを考えてしまう。
「まあ……明日香の身体能力なら、崩れる建物の中から映画ばりのアクションで脱出しそうだけど」
「多分行けるけどねー……あっ、入るのはこっちだよ」
冗談で言ったんだけどな……
***
旧校舎を取り壊すことはできない。使われなくなって40年近くが経った今でも。
……もちろん、今の校舎に移った直後、使わなくなった旧校舎は取り壊されることになった。
その時点で相当建物は傷んでいて雨漏りが日常茶飯事だったというから、当たり前ではあるし、花子さんの気味悪い噂ももちろんあっただろう。
しかし、いざ作業を開始しようとした日から、作業関係者に急病人が多発して、延期。
半年後、改めて取り壊し作業に取り掛かろうとしたところ、突然の暴風雨に落雷。さらに作業責任者が交通事故で重傷。
……そして誰からともなく広がる、『これは花子さんの呪いではないのか』という噂。
そんなわけあるか、とばかりに当時の生徒の一人が旧校舎に入っていったが、足を滑らせたのか二階の窓から落下、当たりどころが悪かったのかこれも重傷。
しかもこの生徒が、『何も覚えてない。気づいたら落ちていた』と言い出して、ますます広がる恐怖。
――で、最終的に、工事は無期限延期になった。
地震や火事も起きることなく、旧校舎は変わらず建ち続けている。
「ここ、ここ。ほら、窓が割れてるでしょ? しかも鍵穴の近く」
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