第4話 和解
「私、剣の扱いが得意なの。八歳の時に、ラシュレ家への出入りを止めたのは、兄に剣で勝ってしまったからだったの。あの時に反省して、女性らしく自分を偽って生きようとしてきたのだけれど……駄目だったわ。フィリエルはお姉様の事もあるし、女性が剣を持つことを認めてはくれないと思って言い出せなかったの」
フィリエルのお姉様が家を出た時、フィリエルは落ち込んでいた。父が女が騎士になる事が間違っていたのだと憤慨していると漏らしていた。
「辛かったのね。コレットの言う通り、私は女性騎士は嫌いよ。家族が壊れたのは姉が騎士になったからだって。女が剣なんか握ったからだって、父は何度も私に言い聞かせていたから」
「そう……よね」
「でも、今は違うわ。エミルを迎えに行く時、兄が言ったの。父は姉が騎士になったから勘当したのではないって。隣国のただの騎士に姉を取られて癇癪を起こしていただけだって」
「癇癪?」
フィリエルは昔を懐かしむ様に微笑みながら言葉を紡いだ。
「あの頃兄と父は毎日喧嘩をしていたわ。兄は、姉の選んだ道を尊重して欲しくて、父はどうしても姉を手放したくなくて喧嘩をしていたそうよ。姉は……母と同じ持病があって、長くは生きられないと分かっていたそうなの。だから、父は死期を早めるのではないかと心配して、兄は自由に生きて欲しいって……」
「そうだったのね」
「ずっと姉を恨んでいたわ。家族を壊したのは姉だって。父は姉が出ていってから身体を壊し、兄は笑わなくなって、家族の会話すら無くなったわ。でも、兄は、姉の生きた証をこの手で育みたいって私に言ったの。だから、エミルを迎えに行かせてくれって」
あり得ないでしょ? なんて笑いながら、フィリエルは言葉を続けた。
「初めてだったの。お兄様はいつもああしろ、こうしろとしか言わない人だったのに。自分のしたいことを、私に言うなんて。しかも、許可まで求めるなんて……。鉄仮面も人間だったのだなって思ったの」
フィリエルからメルヒオール様の話を聞くのは初めてかもしれない。でも、家族にまで鉄仮面って呼ばれているなんて、変な人。
「ふふっ。フィリエルもメルヒオール様の事を鉄仮面って言うのね。レンリも言っていたわ」
フィリエルは私の言葉を聞くと急に目の色を変えて前のめりになった。
「コレット。正直に答えてくださいね。レンリとはどのような関係なのですか?」
「レンリは私の弟みたいな存在よ。一見頼りなさそうだけれど、私よりもずっと大人なの。頼りになるし。……レンリ自身はね。私の弟でも駆け落ち相手でもなくて、執事でいたいのですって」
「ふぅーん」
そんな事はどうでもいいと言った瞳でフィリエルは私をじっと見つめてきた。
「何よ。その目はっ」
「とっても仲が良さそうに見えたので。でも、そうなのね。駆け落ちも、でっちあげなのだものね。――私はやっぱり、コレットの家族も嘘つきガスパルも許せないわ。私は嘘をつく人なんて嫌い。私の為というのなら、格好悪くてもいいから誠実であって欲しい」
「フィリエル……。ガスパルのことは何とも言えないけれど、私の家族のことは、もう全て終わったことだから良いの。私は、自分らしくいられる今の方が幸せよ。いつか隣国で女騎士になりたいの。それには、隣国の方と婚姻しなければならないのだけれどね」
「ええっ!? ずっと一緒にいられると思ったのに……。でも、そうよね。お互い前を向いて、良い人探さなきゃね」
「うん……」
お互い、ということは、フィリエルの中に、もうガスパルはいないのかもしれない。フィリエルの隣はガスパル以外想像できなかったけれど、あんな奴より良い人は沢山いるはずだし、フィリエルがいいなら私もその方が安心だ。
フィリエルはテーブルに視線を落としていた私の視界に入り込むと、気まずそうに口を開いた。
「ねぇ。コレット。ヴェルネル様の事は……」
「ぇっ。それは……」
「ごめんなさい。愚問だったわ。隣国の素敵な殿方を探しましょうね!」
「ええ。そうね」
フィリエルはじっと私の顔を見ると、にこっと微笑んで抱きついてきた。
「コレット。――大好きっ。また会えて嬉しいっ」
「フィリエルっ。……私も、大好き」
フィリエルを抱きしめ返したら、甘いお花みたいな彼女の匂いがした。
ラシュレ家へ来た時、懐かしいと思った理由が分かった。
フィリエルの匂いがしたからだ。ホッとする。
きっと私の家族に会っても、こんな気持ちにはならないだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます