第10話 交渉成立
「出来るの?」
「出来る。それで、二つ目の願いはなんだ?」
エミルはホッとしたように微笑み顔を上げた。
メルヒオール様は信頼できる。そう判断したのだ。
「えっと二つ目はね。……コレット先生と一緒が良い!」
「へっ?」
「ボク、コレット先生に教会で文字とか剣の扱い方とか教えてもらってるんだ」
隣のレンリの視線が痛い。
剣のことは秘密だったのに、バレてしまった。
「コレット先生、一緒に来てくれるよね!?」
「む、無理よ。教会の他の子も放っておけないし……」
口には出せないが、国に戻ることもラシュレ家に行くことも有り得ない。メルヒオール様は眉間にシワを寄せたままこちらを睨んでいた。
何を考えているのか皆目見当もつかない顔だ。
この人は、私の事に気づいているのだろうか。
エミルは私の袖を引き涙目のまま懇願した。
「いなくならないって約束したのに? ボクの姉様なのに?」
「そうだけど……」
肯定したらメルヒオール様の視線が凄みを増した。
「君は、エミルの姉なのか?」
「いえ。違います?」
「違わないっ。コレット先生はさっき僕の姉様になったの。だから、レンリ先生もボクの兄様なの!」
「えっ。僕もですか?」
「だって、コレット先生の弟でしょ?」
「そうですけど……」
巻き込まれたレンリにメルヒオール様の鋭い視線が延びる。
「弟? 君達は夫婦ではないのか?」
「ななな何を仰っているんですか!? レンリは私の……血の繋がりはないですが、弟のような存在です」
メルヒオール様の瞳を見たら嘘はつけなかった。
彼は私を一瞥するとエミルに視線を戻した。
「エミル。お前が必要というのなら、その二人も一緒に連れてこい。エミル付きの使用人として雇おう。二人の職場には代わりの者を手配させる。どうだ?」
「うん! それなら行く。メルヒオール……さん。これからお世話になります。よろしくお願いしますっ」
エミルは立ち上がり深く礼をした。
まるで弟子入りするみたいに。
「ああ。荷物をまとめておけ。明日、迎えに来る。君達もそのつもりでいたまえ――行くぞ」
メルヒオール様は騎士を引き連れて食堂から出ていった。彼が去ってすぐ、誰からとなく皆ため息を吐いた。やっと張り詰めた空気から解放されたのだから。
「コレット先生。これからも色んなこと教えてね!」
「え、ええ。でも、よく決めたわね。本当にいいの?」
「うん。メルヒオールさん、顔は怖いけど話し方とか母様に似てたんだ。母様のこと、いっぱい知ってるかも」
「そうね……」
エミルはメルヒオール様に母親の姿を重ねたようだ。エミルが騎士になりたいのなら、メルヒオール様のところへ行くのは良い話だ。
でも、それが何故ラシュレ公爵家なのだろう。
行けばフィリエルがいる。おそらくガスパルも。
私なんかがエミルの側にいていいのだろうか。
思案していると背中を指でつつかれた。
振り返ると真剣な眼差しをしたレンリと目が合った。
「コレット。話があります。いいですか?」
「……はい」
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