エルフエナジー 危険な生物実験体から逃げろ!

たけのこ

不気味な生物実験

地下20階、王立科学アカデミー生命科学部門 ルーフゲノム研究室 


「保育器のインジケータ(計測器)の数値を報告して~フフフ」


ルーフはいくつものリード線とカニューレに繋がれた黄緑色の羊水の中に浮遊している個体を一目惚れしていた。


「血中ガス濃度インジケータ数値を読み上げます。酸素濃度99.5%、二酸化炭素濃度24.5%、重炭酸イオン24mmol/L、PH 7.340. Na 135 mEql/L. K3.50 mEql/L、Cl 105.4 mEql/L 身体計測インジケータ、身長185cm 体重 75kg エルフエナジー力価15000照射中、羊水温度38度、心電図モニター 心拍70 正脈」


「異常はないわね、私の計算通りに順調に育っているわね。約一週間で完全な個体になるわ。顔立ちも益々かっこよくなって、私の好みだわ」


「私が好みなのですか?照れます」


ディスプレイに映し出されるインジケータを監視している男性研究員が呟いた。


「何っているのよ、あなたじゃないわ、この保育器にいるかっこいいモンスターの事を言っているのよ。それよりも、この無精ひげはちゃんと剃るか整えなさい。髪の毛も寝ぐせはだらけじゃないの!シャワーはしっかり朝晩毎日浴びているの?もっと清潔感を出さないと女の子にもてないわよ!分かった?」


「なにもそこまで言わなくても、、、」ボソッと小言を呟いた。


「何よ!何か言いたい事があるなら、相手に聞こえるくらいの大きな声で

ゆっくり、はっきり、丁寧に言わないと伝わらないわよ!分かった?」


ルーフの鋭い目線も加わって、更に男性研究員は落ち込んでしまったのだ。


ルーフは帝国生物科学研究所から派遣されてきたゲノム研究員。一旦、特別研究区域に配属されるも、彼女のわがままに上司が手を焼き一日で異動を命じられ一般研究区域へ。彼女が立ち振舞うと上品な良い香りが部屋に立ち込め頭もキレる。眼鏡が良く似合う理系女子。相手の気持ちを全く考えずに物事を言うので言葉の節々に棘がある。女性研究員からの評判は不評だが、男性研究員にとっては、憧れの職場。彼女はエルフエナジーを人の卵子と魔物の精子に照射させ人工受精に成功させた。人型ゲノムモンスターを保育器の中で生育させている。最近、ケーター首相がこの事業に対して予算を付け御墨付を与えるとニュースで知った彼女は、ルンルンになってご機嫌がすこぶるよく良い。


ガラスのパーテーションで区切られた統括官室から怒号の応酬が聞こえてきた。


「私はルーフ研究員がやっているエルフエナジーを魔物に照射する実験に猛反対です!非常に危険過ぎる!エルフエナジーは個体の潜在的な能力を開花させるばかりかエネルギーが増す。魔物がエルフバリアに耐性を持つかもしれない。知能を持たない魔物にエルフエナジーを照射する事で魔物が暴走すれば国は滅びますよ!科学者を何年やっているんだ、それぐらいの仮説は思いつかないのか!」


「お前のいうリスクが起きないようにコントロールする事も科学によって可能だ!エルフバリアがあるじゃないか、科学者なら理解できるだろう!お前は悪い部分しか言わないが、エルフエナジーを照射した事で攻撃しない心ある魔物に進化した事もあるじゃないか。これは、ケーター首相の肝いり政策の一つなのだよ!」


「帝研の連中はこれまでに、何度も動物や植物の遺伝子を無残に改変して交配させ魔物を作り出しては我が国を侵略してきたではないですか!個体よっては心をもつ魔物も現れるが全てではい。非常に稀だ。殆どは攻撃心のあるより狂暴な魔物が生まれているのは統計とったら明白に分かる!その都度ショットガンで討伐しているが魔物の命を奪う事は倫理にも反する!駄作ばかりの危険な実験結果をケーター首相に示し、見直すように上申すべきだ!」


「これは国家が決めたプロジェクトなんだ!我々はその決められたプロジェクトに

則って研究をし、国民や国家の幸福に貢献する事が我々の使命だ!忘れたか!」


「科学の事何も知らないケーター首相は帝研と連携して、王研の組織改編まで口をだしてきたんだぞ!しかもだ、特別研究区域と一般研究区域と分けて研究費用の配分も差別化を図ってくる。特別研究区域は限られた人間しか入れない。王研の礎を築いたジン博士さえ入室制限されるエリアだぞ。チーフも聞いているだろう、あの区域の噂話を。倫理に反して、自分と瓜二つのクローン人間の作製、得体の知れない人畜融合型の化け物も作りこんでいると。毎晩、研究棟から不気味な化け物の雄叫びやうめき声が聞こえて怖がる研究員が多数いる事は承知しているだろう!特研区は倫理が無く監視の目が届かないから研究員のやりたい放題だ!ルーフも同じような事をやっている。チーフがルーフへ実験をやめるように指導しなさい。私が左遷さえなければ、このよな事は絶対にさせないのに」


「決まった事に従わないと予算は減らされ続け、我々は研究を諦めなくてはならない。研究が無くなれば我々は生活が出来なくなるんだぞ!分かってのか!お前、組織改編で左遷されられて、部屋の隅に追われたから、その腹いせで私に喰ってかかっているのだろう。お前、ジン博士が味方についているからといって調子に乗るなよ!」


「違う!私はエルフエナジーを魔物に照射する事はリスクがあると言っているだけ!チーフはもし魔物が暴走したら責任をどう取るおつもりなのか!私は仮説を立てる。あなたは長官の指示に従っただけと弱腰で逃げるのだろう!長官も首相に責任をなすりつける。そうして責任の所在をたらい回しにして、むやむやにしてしまう。そしてだ、都合の悪い事は権力でもみ消す」


「よくも、言ったな!!長官にこの件も報告し、お前の反骨精神を砕いてやるわ!」


窓越しで二人の大喧嘩を傍観していたルーフは笑みをこぼした。


「あら、また、ヒロノスフィアはチーフと大喧嘩しているわね。チーフに掛け合っても無駄だわよ、私はケーター首相のお墨付きをもらってモンスターを育てているのだから、ね?」


「ルーフ姉御様の言う通りです」


「誰が姉御様なのよ、私はルーフ上級研究員。あたなと格も違うんだから気安く呼ばないで!ほら、ちゃんとインジケータを監視して!適切な培養温度に保たないといけないのよ、エルフエナジーの力価も注意して、上限値を超えたら個体に悪影響が及んで、彼の顔立が崩れちゃうんだから。心を失ったモンスターになったらエルフバリアの効果でこの世から消えて無くなっちうだから!そうなったら、あなたの責任だよ!分かった?」


統括官室の扉が開き、


「長期休暇を頂きます!」と怒鳴り声が研究室に響き渡り、

一瞬時間が止まったかのように、研究員の動作が停止した。


「あの、くそ石頭の忖度保身チーフめ、何度言ったら解るんだ!この研究室をバケモン屋敷にして王研を破壊するつもりか!」


ルーフがヒロノスフィアの視線に入るように顔を合わせた。


「ヒロスフィアって案外お馬鹿さんなのね、毎回チーフに喰ってかかって何の得になるの?」


ヒロノスフィアは睨み返して


「俺はルーフのやっている実験は絶対に認めんからな!リスクが大きすぎる!」


「何よ、ヒロノスフィアは相変わらず失礼ね!私は国家に貢献しているのよ!

この子は国民を守る最初の正義モンスターになるんだから!」


「逆だろう!魔物にエルフエナジーを照射して、こいつが暴走し、人々に危害を加えたらどうする!ルーフは責任を取れるのか!」


「大丈夫だって、この子は私の愛情が入っているから、下品で野蛮な事はしないの!

人が感じる感情や高度な知能を発現するように遺伝子操作したから大丈夫。今順調に保育器の中で育っているから。ヒロノスフィアの方が直ぐ感情的になって、相手の話も聞かずに喰ってかかるし、エビデンスも無しに人の研究にいちゃもん付けるのはお行儀が悪いわよ。とても、お下品なヒロノスフィア!」


「じゃ、こいつと結婚して、悪い事しないように自分の尻に敷いて見張っておけ!」


「何よ!その言い方、腹立つ~~~これは、ケーター首相が御墨付をくれた研究なの

予算もヒロノスフィアの部屋の何百倍も付くんだからね。これで、たくさんの新種の可愛いモンスターをつくるの楽しみだわ、ねえ、ヒロノスフィアの生物学の知識は帝国ナンバーワンの私より勝るから、一緒に研究したら、いろんな新種の生物≪モンスター≫が出来ると思うのよね、ねえ、私と組まない?」


「お断りする。お前って本当に相手の感情を読むのが下手くそだな。俺は怒っているんだぞ!お前の研究全てにだ。毛嫌いしている相手にだれが協力するものか!」


「あっそう!あなたが心変わりして私と組みたいと言っても、絶対に組ませてあげないから!」


「ああ、安心しな、お前とは組まない、死んでもな」


「もう一つ言っておく、ケーター首相がお前の研究に予算を付けたというのは間違いだ。あれは特別区の話だから」


「そんなの嘘に決まってるわ!私の研究にケーター首相がお墨付きをくれたのよ!

もうすぐ実証されるから!その時は私に謝りなさいよ!分かった?返事は!」


「ふん!」とヒロノスフィアは不貞腐れ、足早にエレベーターに乗り込み、IDをかざして、行き先の地上階ボタンを押した。


「私、自分の意見に芯を曲げず、反骨精神のある男ってどうしても惹かれちゃうのよね・・・すてきだわ・・・」


「素敵って、私の事ですか」


「あんたじゃないわよ!アレ見て!保育器の羊水が蒸発している!ボーとしないで

早く羊水を注入して!インジケータをばかり見ないで全体を見ながら判断して適切に管理するの!理解できた?もう、あんたなんて大嫌い!」


「だって、さっきインジケータを見なさいって言ったから従ったのに、、私のハートに傷がつく・・・でも、諦めないぞ・・・」



ヒロノスフィアとルーフは反りが合わない。ルーフが赴任するまで、このフロアーの統括官であった。ケーター首相の方針により組織改編が行われ彼は左遷させられ、彼の研究室はフロアーの隅へと追われた。彼の研究は動植物や微生物にエルフエナジーを照射し、その影響について研究しエビデンスを集積している。ゲノム技術にはある一定程度の理解は示すも、動物や植物の遺伝子を無残に改変し交配させて魔物化する事に以前から猛反対している。魔物以外の生物をこよなく愛する生物オタクでも知られている。ヒロノスフィアは発明家のジン博士と家族ぐるみの付き合いをしているため、どんなに上層部に喰らいついても、研究室を追われないのは彼のお蔭だと思っている。上層部が決める研究の意向に沿わない研究員は、干され退官させられている。次第に上層部の意向に同調するかのように忖度を始める職員が多くなっている事を非常に不満に思っている。


途中エレベーターの扉が開いて、ジン博士と鉢合わせになった。


「また、チーフとやり合ったんだって、いくら、私が居るからと言われても、これ以上、騒ぎを大きくすると、本当に追放されるぞ、ヒロノスフィアの主張は私も良く理解できる。だがな、これは国家が決めたプロジェクトだ。国家に刃向かう事は自分を惨めにするこれだけは覚えておくんだな。ところで、長期休暇を申請したと聞いたが、最果ての西の島に行くのか」


「はい、私なりのストライキです」


「そうか、気を付けてな。万が一魔物の残党が居たらエルフエナジーショットガンで

急所を狙うように。最近、エルフバリアの力価がなぜか落ちてきている。そのため、魔物が徘徊しているという噂もよく聞く。原因をマーサー研究員に調査させているがハッキリとした原因がわからんのだよ」


「博士は、もし、この研究所で魔物が暴れたら、どうするのですか」


「私はこの研究所を一から立ちあげた。私がエフルエナジーを最初に発見し功罪を作った責任者としての覚悟はしておる。ヒロノスフィアの主張は私も支持できる。長所もあれば短所も必ずあるものだ。短所を嫌う性質がどうも人間の思考にあるような気がしてならん。短所も認め最善を尽くすようにしなければならないと思う。私は危険な生物実験は中止するようにイーサム王に何度も陳情している」


「そうですか・・・博士もお気をつけて」


ヒロノスフィアはジン博士の見送りを受けながら、推力浮遊自走式自動車に乗り込み西の最果て島に向けて旅立った。



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