幼女が探す迷い猫
烏川 ハル
第1話
改札を通り抜けて、駅の構内から出ると、ブルッと体が震えた。
まだ完全に暗くなる時間帯ではないが、冬の寒空を見上げれば、分厚い雲が覆っている。今にも雪が降ってきそうな空模様だった。
「早く家に帰って、暖房で温まろう」
小さく独り言を呟いたタイミングで、耳慣れない声が聞こえてくる。
「お願いしまーす」
ふと見れば、5歳か6歳くらいの幼女だった。
赤いコートに包まれているけれど、温かそうには見えない。冬物ではなく、春や秋に着る服ではないだろうか。
薄幸そうなイメージから、一瞬「マッチ売りの少女」という言葉が頭に浮かぶ。しかし実際に彼女が
とはいえ、マッチ売りであれチラシ配りであれ、こんな時間に子供一人にやらせる作業ではない。いったい親は何を考えているのか。
他人事ながら、少し腹が立ってくる。
しかも可哀想なことに、彼女は道ゆく人々から完全に無視されていた。
「お願いしまーす」
必死になってチラシを手渡そうとしているのに、誰一人として受け取ろうとしない。彼女に視線を向ける者すらいなかった。
これも最近の世情のせいだろうか。見知らぬ子供に迂闊に接すると、声かけ事案と判断されるので、みんな避けてしまうのだろうか。
「せめて私だけでも……」
勇気をもって幼女の方へ歩み寄り、チラシを受け取る。
大きな字で「猫を探しています」と書かれており、一匹の三毛猫の写真がプリントされていた。「名前:にゃんにゃー」「性別:オス」「年齢:10歳」など、細かい情報も記されている。
「この猫を探しているのか」
私の呟きは小声だったし、既に幼女の前は通り過ぎていたから、彼女の耳には入らなかったはず。
それでも幼女は、後ろから声をかけてきた。
「おじさん、ありがとう。ようやく……」
チラシを受け取ってもらえて、よほど嬉しかったのだろう。
微笑ましい気持ちで思わず振り返ると、彼女が浮かべていたのは、感謝とは程遠い表情。
冷たい笑顔だった。
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