願いは希望のヒトカケラ

安曇桃花

プロローグ

ちりん、と、銀色のすずらんが揺れる。

広い摩天楼の真ん中に、氷で包まれている本が一冊、おいてあった。

手に取り、ごつごつとした氷の表面を、指先でそっと触れれば、氷は潔く溶けだす。

水滴が張り付く表紙をめくり、人物の写真が大きく映ったページを開く。見慣れたその姿とは裏腹に、腹から喉元へと生暖かい感覚がよぎり、えずいてしまう。

金色に輝く長い髪。穢れを知らない純白のドレス。そして、あの光り輝くネックレス……。

憎い。憎たらしい。あの顔、声、立ち振る舞い、そのすべてが、僧たらしい。

そう感じたのは、いつだろうか。

いや、そんなことどうだっていい。

きっと、ずっと昔から、そう感じていたのだ。

地位も名声も、なにもかも、アイツは両手から零れ落ちるほど持ち合わせている。「願い」だけで作られた女神。

アイツさえ⋯⋯アイツさえいなければ俺は⋯⋯。

「ああ、またやってしまった。」

ほのかに感じていたぬくもりも無くなり、溶かしたはずの本は、また意味もなく、硬い氷に包まれていく。

目が眩むような光が窓辺から差し込む。暗闇が、消えていく。暖かな日差しに似合わない、冷え切った風が、通り抜けていった。

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