第50話 噂

「お久しぶりです、アマーリア嬢」

「今日は一段と麗しい」

「やはり天使は輝きが違う」


 次々と掛けられる賛美の声にアマーリアは口元に淑女らしい微笑みを浮かべた。


「アマーリア嬢、私の獲物は全て貴女に捧げます」

「私は誰よりも多くの獲物を狩る自信があります」

「量も大事だが、大きさも大事だぞ」


 アマーリアの周りを取り囲むようにして男達が言う。


 既に誰が一番多くの獲物をアマーリアに捧げることができるか、争いが始まっていた。


 歴史ある古城のホールは煌びやかに飾り付けられ、前夜祭が始まろうとしていた。

 参加者や招待を受けた令嬢達が華やかに着飾り、ホールは多くの人で溢れている。


 その中でも最も注目を浴びているのは自分であるとアマーリアは信じて疑わない。

 他の令嬢達が恨めしそうな視線を自分に向けるのも、自分が魅力的であることの証明だ。


「明日の狩猟大会、楽しみにしておりますわ」


 扇を片手に微笑めば、男達は頬を赤らめて瞳は『期待』という二文字で揺れ始める。

 遠巻きに自分を見つめる男達に目配せすれば、必ず後から声を掛けて来るから面白い。


「初めまして、アマーリア嬢」


 今日はいつも張り付いているノバンがいないので、男達も遠慮なく自分に近づいてくる。


 自分を見つめる視線がいつもよりも多いのはきっとそのせいだ。


「こちらで少しお話をしませんか」

「ぜひ、自分とも」


「嬉しいですわ。後ほどご一緒しましょう」


 次々と声を掛けてくる男達にアマーリアは愛想の良い笑みを浮かべて返事をする。

 だけど、今日はあまり暇じゃないのよね。


 近づいてくる男を適当にあしらいながら、アマーリアは会場の中にとある青年の姿を探していた。


 見つからないわね。来てないのかしら。


 アマーリアが探しているのは以前、屋敷を訪れたゼノの姿だ。

 あの艶やかな漆黒の髪、燃えるような赤い瞳、長身ですらりとした体躯は大勢の中でも目を引く。


 すぐに見つけられると思ったのに……。


 視線を巡らすがゼノの姿は見当たらない。


「お久しぶりですわね。アマーリア様」


 アマーリアは自分の名前を呼ぶ女性の声に気付き、振り向いた。

 そこに立っていたのはルイーラ・リースエンド子爵令嬢である。


「お久しぶりです、ルイーラ様。いつぞやのお茶会以来ですわね。お元気でしたか?」


 にっこりと笑みを浮かべてアマーリアは挨拶を返した。


「ええ。今度、私の屋敷でお茶会をする予定ですの。ぜひいらして下さらないかしら? 皆さんも天使の貴女がいらっしゃると知れば喜びますわ」


「まぁ、嬉しいですわ。お招き頂きたいですわ」


 リースエンド家は子爵家で家格はファンコット家よりも下だが、大きな事業に成功したと聞く。


 友好的な関係を持っておいても損はない。


 ルイーラの誘いにアマーリアは印象がいいように差し障りのない返事をする。


 そういえば……彼女の婚約者から何度も手紙が届いていたわね。


 扇を広げて勝手に吊り上がる口角を隠した。


 滑稽だわ。


 婚約者が私に夢中なっているのも知らずに、私に話しかけてくるなんて。


「そういえば」


 ルイーラがアマーリアの側により、声を潜めて言う。


「ご家族のことで噂になっておりますけれど、大丈夫でしたか?」


 心配そうに眉を八の字にしてルイーラは扇で口元を隠しながら囁くように言った。

 噂というのは姉のハーディスが家から追い出された件についてだろう。


『意地悪な姉が天使の妹を虐げ、行き過ぎた行動により家門を追われた』という噂は情報操作によって瞬く間に広がった。


 この話を聞きつけた男達からはアマーリアを心配する手紙や贈り物が今も絶えない。


「ええ……私は大丈夫なのですけれど……。お姉様が心配で……。今頃どこで何をしていらっしゃるのか心配で眠れないのです」


 アマーリアは口だけ姉を心配する素振りを見せる。


 姉から酷い仕打ちを受けても、姉を許す健気な妹を演じれば、味方をしない者はいない。


「…………そうですか……皆さんも心配しておりましたのよ……アマーリア様はみんなの天使ですから、色んな方からアマーリア様を心配するお手紙が届いたのではないですか?」


 ルイーラの言葉の中に僻みがあることをアマーリアは察した。


「ええ。ありがたいことに、沢山の方から慰めのお手紙を頂きましたわ」


 普段から直接的にアマーリアに嫌味を言う者はいないため、ルイーラの棘のある言葉に引っ掛かりを感じた。


「婚約者には会いに来ないのに何度も手紙を送る殿方もいらっしゃったのではないかしら?」


 先ほどまでアマーリアを心配そうにしていた表情はなく、冷めた視線がアマーリアに注がれている。


 あら、もしかして気付いているのかしら。


 自分の婚約者が私に夢中になっていることに。


「…………どうだったかしら……」


 アマーリアは小首を傾げてシラを切る。

 ルイーラはそれ以上な追及することはなく、アマーリアから離れた。


「そうですか。それとお姉様に関しては心配はないかと思います」


 刺々しい空気から一変してルイーラは言った。


「どういうことでしょうか?」


 何となく、ルイーラの発言に違和感を覚えた。


「アマーリア様は酷いお姉様のことなど気にせず良いのです」


 姉を非難し、アマーリアを擁護する言葉をルイーラは口にする。


 気のせいかしら。


 結局はみんながアマーリアの味方をする。

 先ほど感じた違和感は気のせいだったに違いないと自分に言い聞かせた。


「それから、もう一つ面白い噂を聞きましたの」


 ルイーラは唐突に話題を変える。


「面白い噂?」

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