第40話 あの人は……
「あれがグリーン・ディープ……」
ハーディスは窓の向こうに広がる深緑の森を見て呟く。
窓を開けるとこの季節にしては冷たい風が髪を揺らした。
ここは狩猟大会の会場となるグリーン・ディープの近くに建つ古城、グランブルス城だ。
「あの森のどこかにラム・ハーゲンがいるのよね」
ハーディスは今回、治療班として負傷者の治療を兼任しながら森を巡る予定だ。
テーブルに広げた地図に視線を落とすといくつか赤い印が付いている。
ハーディスはブラウンと共に印の付いている場所にラム・ハーゲンがいるのではないかと想定して動くつもりだ。
「先ずはラム・ハーゲンを見つけなければ何もできないわね」
目的は医神の杖を取り戻すことだが、ラム・ハーゲンを見つけなければそれは叶わない。
仮にラム・ハーゲンを見つけることができたとしても杖を取り戻せるかどうかは分からないし、ラム・ハーゲンの手元に杖があるのかも分からない。
不安ではあるがやるしかないですね。
ハーディスは明日の開会式後に参加者と共に森に入る。
明日を控えてそわそわと落ち着かないハーディスは心を落ち着かせようとするが、どうにも難しい。
「あぁ……こんな時にあの子達がいないなんて」
ハーディスの愛犬三匹は神殿裏にある神官住居に置いてきたため、不安を紛らわす癒しがないのだ。
誰か一匹でも来てもらえば良かったかしら……。
しかし、そうなると誰が同行するかと喧嘩になることは目に見えているため、敢えてみんなに留守番を頼んだのである。
寂しさと戦っていると外が騒がしくなっていることが気になり、窓の外を覗いた。
城の門には次々と馬車が停まり、参加者が各地から集まり始めていた。
「面倒なことにならなければ嬉しいのですけれど」
見覚えのある家門の馬車が視界に入る度にハーディスは憂鬱になる。
ラム・ハーゲンと医神の杖に集中したいので貴族との面倒事に巻き込まれるのは勘弁願いたい。
そんな風に思っていると馬車が増えて入口付近が混雑してきた。
馬車からドレスの裾を揺らしながら降りてくる令嬢達ややる気に満ち溢れた参加者が次々と建物の中に入って行く。
その様子をぼんやりと眺めていると一台の馬車が目に留まる。
特別に目立つ装飾をしているわけではないが、大きくて重厚感があり、品がある。
「どこの貴族かしら」
御者が門番と言葉を交わし、馬から降りた御者が門の前で馬車の扉を開けた。
本来なら馬車で門をくぐり、敷地内に入った所で貴族は馬車を降りる。
しかし馬車が集中して混雑しているため、その貴族は門の前で馬車を降りたようだ。
歩くことで靴が汚れるのを嫌がり、建物の入り口に馬車を横づけしたがる貴族が多い中、ハーディスはその光景が珍しいものに思えた。
馬車の扉が開き、降りて来たのは男性である。
その男性を視界に捕えてハーディスは目を見開く。
黒く艶やかな髪と立ち姿には見覚えがあった。
「まさか、あの時の?」
窓に顔を近づけて目を凝らすが顔まではっきり見ることができない。
けれどもヘンビスタ家の夜会で出会ったあの青年に似ている気がするのだ。
「確かめないと」
胸の中から湧き上がる高揚感と共にハーディスは部屋を飛び出した。
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