第29話 こちらも出会う

 何だかとんでもない方向に話が進んでしまっていますわね……。


 ハーディスは廊下を歩きながら重くなった頭を抱えた。


「すみません、まさかこんなことになるとは思わず」


 申し訳なさそうに言って隣を歩くのはルマンだ。


 ハーディスはアスクレーの許しを得て神殿に住み込みで働けることになった。

 今は簡単に建物内と敷地内の説明を受けている最中である。


 しかし、アスクレーの頼み事が重荷でルマンの説明が頭に入らない。


 魔物が住まう森とは毎年恒例の行事である狩猟大会の開催場所だ。


 正式な名前はグリーン・ディープ。


 その名の通り緑が深く、人は滅多に近づかない国の東側に広がる森である。


 昔から魔物が住むと言われているが今では魔物もほとんどいなくなった。森が深く、手付かずのままなので豊かな自然と野生動物の住処になっていると聞いている。


 ハーディスは約一か月後の狩猟大会が行われる期間中にラム・ハーゲンを見つけ出し、説得して杖を返却してもらわなければならない。


 あぁ……どうして受け入れてしまったのでしょうか……。


 今になって後悔の溜息が零れる。


 しかし、アスクレーは身の上話をするハーディスに真摯に耳を傾けてくれた。


 辛かったことには眉を顰め、共感して欲しいことには深く頷き、最終的にハーディスを神殿で引き取ると言ってくれた。


 そんなアスクレーに対してハーディスは誰かに命じられるのではなく、致し方なくするのではなく、自分が恩に報いたいと思えた。


 アスクレー様に何とか杖を取り戻して差し上げなくては。


 ハーディスは心の中で意気込み、胸の前で拳を作る。


 その時、脇の通路から人影が見えた。


「危ない!」


 ルマンの声が廊下に響く。


「きゃっ」


 気付いた時にはもう遅く、通路から出て来た人物と勢いよくぶつかり、身体がよろめく。


「おっと……!」


 みっともなく転倒することを覚悟したハーディスだが、転倒することはなかった。


「申し訳ありません、お怪我はありませんか?」


 随分と近い場所から謝罪の言葉が聞こえ、ハーディスはゆっくりと視線を持ち上げる。


 ハーディスはその人物を見た瞬間、驚きで目を丸くし、言葉を失う。


 気付けば自分はぶつかって来た人物に身体を支えられていた。


 しかし、身体を離して何とか声を振り絞り言葉を紡ぐ。


「も……申し訳ありません。よそ見をしておりまして……大変失礼致しました」


 引き攣った笑顔を作り、頭を下げることでその引き攣った笑顔も隠した。


「こちらこそ、考え事をしていたもので申し訳なかった」


 何故……この方が神殿に……?


 いや、足を運んでもおかしくはない人ではあるけれど。


 できれば会いたくない人だ。


 顔を伏せて俯いたままハーディスは目の前の男性がいなくなるを待った。


「侯爵様でしたか、お久しぶりです」

「あぁ、ルマン。随分と久しぶりだな」


 ハーディスの心など知るはずのない男性はルマンに気安く声を掛ける。


 ハーディスの前に現れた男性はへラード・ヘンビスタ。

 侯爵位を継いで間もない元婚約者の兄である。


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