第27話 君はどこに?


 ゼルディノはへラードと別れてから大きな溜息をついた。


 昔から世話焼きで人の良い友人はどこか抜けていて詰めが甘い。


 今回も弟を完全に信用しきっていて、問題の姉妹のことを詳しく調べてはいないことはすぐに分かった。


 昔から弟を可愛がっていたへラードは弟がへラードに抱く劣等感や嫉妬も理解していたので弟の交友関係にはあまり口出しせず、異性が絡めば特に注意して意図的に距離を置いていた。


 弟の仲の良い友人や、女性がへラードを前にすると弟への関心がへラードに向いてしまうことを気にしてのことだった。


 へラードの気遣いや優しさが今回は裏目に出ている。


 それを指摘することも考えたが、へラードの弟であるノバンがアマーリアと婚姻を結びたいと考えているのならその方がゼルディノにとって都合が良いと考えたからだ。


 以前、アマーリアと会った時の自分を見る視線を思い出してゼルディノは悪寒がした。


 甘ったるい声、ねっとりとした視線、断りもなく近づいて身体に触れられて非常に不愉快だった。


 周りにいる男達のようにゼルディノもその気になると思ったのだろうが、ゼルディノはアマーリアに対して何も感じない。


 名前もない天使の生まれ変わりの魅了の力など強力な力を持つゼルディノにとっては何の影響もない。


「本当に天使なのか?」


 ゼルディノはアマーリアを前にした時、自分でもよく分からないが違和感を覚えた。


 天使や神が持つ独特な神聖な雰囲気を感じなかったのだ。


「力が弱すぎるからか感じないのか? それとも……」


 ゼルディノは思考を巡らせながら、言葉を切る。


 一つの可能性がよぎるが頭を振ってその考えを打ち消す。


 そしてへラードが必死の主張を思い出して今更だが苛立ちがぶり返して来た。


 弟を可愛がっているへラードには悪いが、ゼルディノにとってノバンという男は自分の婚約者の妹と浮気をした非常識な男でそこに正当な理由はないし、浮気の相手は自分の姉の婚約者を侍らせ、人の物を奪い、嘘を平気でつくこれまた非常識な女だ。


 弟を信じ切っている友人に目を覚ませと何度拳を振り上げそうになったことか。

 しかし他人である自分がここで口出ししたところでどうしようもない。


「ハーディス・ファンコット……君はどこにいるんだ?」


 ゼルディノはポツリと呟く。


 あの日のお礼もまだちゃんと伝えることが出来ていないのだ。


君が僕に相談してくれれば、僕はいくらでも力になるのに。


ハーディスの置かれた境遇を知った時は他人事ながら、怒りで腸が煮えそうだった。しかし、冷静になって考えると、どうして彼女は家族や自分を捨てた婚約者に対して制裁を加えないのか疑問が浮かんだ。


そして今までその力を隠していた理由もだ。


 一度向き合って話をしたいと思うのに女性一人探すのにこんなにも難航するとは……。


 ゼルディノは嘆息する。


 ふと窓の外に視線を向ければ差し込む陽光の眩しさに目を細めずにはいられない。

 一瞬閉じた瞼の裏で夜会で出会った彼女の姿が思い起こされた。


「早く会えれば良いんだけど……」

「えー? そんなに俺に会いたかったんですか?」


 ゼルディノの独り言を拾い上げ、茶化すように声を発したのはクライシスだった。


「ちょっと、君。仮にも僕の従者なんだから少し目を離したら消えるの止めてくれる?」


 気安い態度で横に並ぶクライシスを睨みつけ、ゼルディノは言う。


「だって、会っていたのはへラードでしょ? あいつなら問題ないじゃないですか、俺がいなくても。それに俺、あいつのこと気に入らないんですよね。人が良すぎる奴って見ていてイライラしません?」


 クライシスは爽やかな笑顔を張り付けて毒を吐いた。


「君の好き嫌いで従者としての役職を放棄しないでよ」


 クライシスがへラードを快く思っていないことはゼルディノも知っている。理由は今しがた本人が言った通りだ。


「別に放棄していたわけじゃないですよ。神殿で調べ物をしていたんです」


 そう言ってクライシスは手に持っていた数枚の書類を掲げて見せた。


「何か分かった?」

「えぇ。気になることがいくつか」


 先日、クライシスにいくつか調査を頼んでいた。


「そう。神殿に様子は変わりない?」

「特には。でもいつも以上に騒がしかったかもしれません」

「神殿が騒がしいのはいつものことでしょ」

「そうなんですけど……珍しい人物の訪問があったのかもしれません。後で確認しておきます」


 神殿まで足を運んだのならそこまで確認してくれば良いのではないだろうか。


 ゼルディノは心の中で呟く。


「だって、用事もないのにいらない騒ぎに巻き込まれたくないじゃないですか」


 ゼルディノの心を読んだかのようにクライシスは言った。


 無駄や面倒事を嫌うクライシスらしい発言である。


「それから来月に行われる狩猟大会の件ですが……」

「僕は出ないよ」


 クライシスの言葉の続きを待たずゼルディノは言い切った。


「まだ何も言ってませんよ」

「どうせ、神殿側から参加するように促せと言われたんでしょ」

「あはは」


 来月開かれる狩猟大会は一年に一度の大きな催し物の一つだ。


 かつて魔物が生息していた森に低級魔を放ち、それらを狩り、大きさや数を競うのだ。


 先日、狩りで使う魔物を捕獲するために各地へ派遣した騎士達が城へ戻って来たが、魔物の数は昔と違って少なくなり、今年は特に数が少ないので競争率が高まりそうだと報告を受けた。


 獲物が少ないと参加者同士で獲物の取り合いになり、トラブルが起こり、無駄に怪我人が出る。


 元々は魔物の脅威に怯えた民が魔物を集団で討伐したことが始まりのこの行事だが、近年トラブルと怪我人が多発して面倒でしかないので自分の代で廃止したいとゼルディノは考えている。


 魔物を確保するための騎士団の要請や遠征費も馬鹿にならない。


 だが、この行事を重要視するのが神殿だ。


 神と天使の生まれ変わりである者達が多く所属する神殿はこの行事で参加者達に加護を与え、負傷した者達や魔物の瘴気で侵された者達の治療にあたる。


 昔から神殿は悪魔の穢れと対になる聖力を参加者や民衆に示すことによって信頼と威厳を保ってきた。


 神殿側が自分達の存在をアピールできる機会であり、恩を売った貴族や資産家からの支援を得るために重要な行事なのだ。


 その行事に王族のゼルディノが参加すれば、人も集まりやすくなり、行事の重要性が高いものであると世間に認識させることができる。


「神殿からの伝言をちゃんと俺は貴方に伝えましたからね」


 神殿側からしつこく頼まれたらしいクライシスがゼルディノに言う。


「とにかく、僕は参加しない。神殿に伝えといて」


 客寄せをするなら他に仕事もあるし、やりたいこともある。


「じゃあ、この話は終わり。君の報告を聞こうか」


 ゼルディノはクライシスの持つ資料に視線を向ける。


 クライシスにはファンコット家について詳しく調べるように命じてあった。

 その報告によりゼルディノはファンコット家に不信感を募らせることになる。  


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る