第6話 贈り物の山


 アマーリアは気分が良かった。

 ノバンを連れて屋敷に戻り、ハーディスに帰宅を告げた時の顔ったらない。

 

 本当はもっと怒り狂ってくれれば面白いのだけれど。

 姉が自分に怒りをぶつければノバンが自分を庇い、ノバンの心は姉から遠ざかる。

 そしてか弱い自分にハマってくれるのだ。


 ずっと目障りだったのよ。


 どうしてなのか分からないが、姉には自分の力が効かなかった。

 どうやっても思い通りにならず、自分の邪魔をする姉が目障りだった。


 婚約者は侯爵家のノバンだ。

 長男ではないが、家柄も容姿も悪くない。


 条件の良い男との婚約が決まっていた姉に対して母は自分には条件の良い男を見つけてはくれなかった。


 それも気に入らない要因の一つだった。


 だから姉から婚約者を奪い、姉の目の前でひけらかすのは気持ち良くて堪らない。


 


「お嬢様っ」

「何かしら?」


 廊下をノバンと腕を組んで歩いていると慌ててメイドが駆けてくる。


「すぐに玄関にいらして下さいませっ」


 頬を紅潮させて興奮気味のメイドに首を傾げながらもノバンと共に玄関へと向かう。


「まぁっ! これは⁉」


 玄関に積まれたのは贈り物の山だった。


 箱は大きな物から小さいものまで様々で、包装紙もリボンも美しい。

 壮年の男性がジェネットと言葉を交わしている。


 ジェネットはいきなり贈られたプレゼントの山に驚いていた。


「お父様」


 アマーリアは父の背中に声を掛ける。

 するとジェネットと壮年の男性が振り向いた。


 見知らぬ男性だが身なりを見ると仕立ての良いジャケットにネクタイ、背筋もピンと伸びて立ち姿も美しい。


 どこかの家門の執事のようだ。


「アマーリアお嬢様でいらっしゃいますか?」


 にっこりと微笑み、男性はアマーリアに問い掛ける。


「えぇ、そうよ」


 少し戸惑いながらアマーリアは返事をする。


「いきなりの訪問をお許し下さい。こちらは我が主から全てお嬢様への贈り物でございます」


 そう言って恭しく頭を下げた。


「一体、主というのは?」


「今はまだ名乗れない無礼をお許しください」

「名乗れない?」

「申し訳ありませんが、お伝えした通りでございます」


 そして積んだ箱を示して、微笑む。


「どうぞ、中身をお確かめください。怪しいものは何一つ入っておりません」


 少し警戒しながらもメイド達が次々と箱を開けて中身を確かめていく。


「まぁ」


 思わず感嘆の声が零れる。


 箱の中身はドレスや髪飾り、ネックレスや指輪にイヤリングなどのアクセサリー、化粧品や紅茶などが入っていた。


 ドレスはレースや宝石が縫い込まれたとても高価なものだ。


 こんな素敵なドレス、一着もないわ。


 しかし気になるのがアマーリアが着て似合うのかどうか。

 だけれどこんな素敵なドレスや宝石をくれるぐらいだ。


 その男は相当、アマーリアに夢中になっている。


「貴方のご主人にお礼を言いたいのだけれど」


「恐れながら……私はこれ以上の発言を許されてはおりません。しかし主は落ち着いたらこちらをお訪ねすると申しておりました」


 これだけの贈り物を用意できる人物だ。

 それなりの身分と資産のある者に違いない。


 ん?

 

 アマーリアは男性の視線が屋敷の奥に向けられていることに気付いた。

 ちらりとそちらを見ると姉のハーディスが様子を窺っていた。


 ふふ、これがお姉様と私の差よ。


 アマーリアは口元に浮かんだ嘲笑を愛嬌溢れる微笑みに変えて誤魔化した。


「お会いできる日を楽しみにしておりますと、お伝えくださいませ」


 愛想良くそう言って男性を見送る。


 主の代理で来たという男は乗っていた馬車も大きく、立派な物だった。


「アマーリア、心当たりはあるのかい?」


 ジェネットの言葉にアマーリアは首を振る。


「きっと相当、身分が高い方に違いない。いつお会いできるのか、楽しみだな」


 そんな父の横で青い顔をしているノバンにアマーリアはそっと寄り添う。


「どうしたの?」


 理由など分かり切っている。


 自分よりも裕福な男がアマーリアにアプローチをしてきたことで急に不安になったのだろう。


「大丈夫よ、こんなにいきなり贈り物だけされても誰だか分からない相手なんて困るわ」


 そう言うとようやく安堵の表情を浮かべる。


「そうだな。こんなに沢山のものをいきなり……逆に失礼だ」


 ノバンは侯爵家の人間であるが後継者ではなく、ファンコット伯爵家の領地運営や事業を手伝う予定なので今の段階で大きな資産はない。


 だから尚更、焦っているのだ。


「お金持ちでもしわしわのおじいちゃんだったら嫌だわ」

「その通りだ。年齢的に釣り合わないようでは困る」


 これは本心だ。

 臭い年寄りとの結婚なんて御免よ。


「お嬢様、こちらはお部屋に運んでもよろしいですか?」

「ええ、お願い」


 ちょっと驚いたけど……こんなにお金を使える貴族なら年寄りでもお茶の相手ぐらいはしてあげても良いわね。


 もしかしたら、もっと若い方かもしれないし。


 アマーリアは箱の中にあった扇を手に取り、広げて見せた。

 少し大人しいデザインだが、高価であることには変わりない。


 本当に今日は何て幸運な日なのかしら。


 アマーリアは扇を広げて口元に浮かぶ笑みを隠した。






 見慣れない馬車と玄関先が騒がしいと思い、ハーディスは様子を窺った。

 玄関に積み上がったのはプレゼントの山だ。


 その数の多さにハーディスは目を見張る。

 

 執事のような身なりの男性がジェネットとアマーリアに恭しく頭を下げているところを見ればどこかの貴族からの贈り物のようだ。


 こんなに沢山のプレゼント……一体、どなたなのかしら。


 自分には関係ないことなのでハーディスは廊下に引き返そうとプレゼントの山に向ける。

 しかし、ふと執事の男性と視線が合う。


 そしてアマーリアがハーディスに気付き、自慢げな視線を向けてきた。


自分はこんなに素敵な贈り物をもらえる女なのだと目が語っていた。


いつものことですね。



 

 ハーディスはアマーリアの視線を無視し、男性に会釈だけしてその場を後にした。







「只今戻りました、皇太子殿下」


 側仕えのマルコは主であるゼルディノに頭を下げる。


「あぁ、ありがとう。どうだった?」


 ゼルディノは先日、この場所から移動魔法でへラードの屋敷に移動する際に腕を巻き込まれて負傷した。


 その治療をしてくれた令嬢にお礼の品を届けるようマルコに頼んだのである。

 その時の令嬢はアマーリア・ファンコットというへラードの弟の婚約者の妹らしい。


「大変お喜びになっておられました。とても愛らしい方でいらっしゃいますね」


 ニコニコと感想を述べるマルコにゼルディノは引っ掛かりを覚える。


「そんなに愛らしかったっけ?」

「えぇ。流石は天使の生まれ変わりのお嬢様です。その愛らしさにすぐに引き寄せられてしまいました」


 ゼルディノから見た彼女は愛らしいという印象ではなく、どちらかといえば美人。引き寄せられるというよりは洗礼された近寄りがたい神秘的な雰囲気だった。


 人によって抱く印象は違うけど。


 ゼルディノは自分の抱いたアマーリアの印象とマルコの印象との食い違いに首を傾げる。


『名乗るほどの者ではございません』


 そう言って逃げるように去ろうとした彼女があの贈り物を素直に喜ぶだろうか。

 どちらかと言えばかなり戸惑った様子の方が目に浮かぶ。


 そして脳裏に思い浮かぶのは過去の記憶だ。


 ぼんやりとしか記憶がないのだが、ゼルディノは彼女に会ったことがある気がするのだ。


 幼くて記憶も曖昧だが、どこかの森の中、獣に囲まれた自分、そこに現れた少女がいた。


 名前も聞いたはずなんだけど……思い出せない。


 まるで記憶が削げ落ちたかのように一部分が欠落しているのだ。


 もしかしたら、彼女かもしれない。

 まぁ、良いか。

 会えば分かる。


「マルコ、手紙を書くから用意してくれる」

「かしこまりました」


 そう言って意気揚々とマルコは一度部屋を出て行く。


 ゼルディノは手紙を書き、ファンコット家の訪問を取り付けること

にした。



 

 

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